9.13.山頂
標高はそんなに高くない山ではあったが、悪路が続いたので結局山頂に到着するのに三日ほどかけてしまった。
歩けるような道がほとんどなかったのだ。
だがとりあえず山頂付近には到着した。
障害物も何もないので、強い風が良く吹き付けてくる。
遠くに山脈があるので、そこからも風が流れ込んでくるのだろう。
細い幹の木が大きく揺れる。
強い風が吹きつければ折れてしまいそうだ。
葉も木も土も、元気がない様に見える。
「そろそろだ」
「はいっ」
「っ!」
この辺りは道がいい。
山道として作られた場所がまだ生きていた。
大きな石に注意を払いながら、三人はその道を歩いてようやく登頂する。
そこには広い空間が広がっていた。
元から何も生えていない場所だったようだが、ここだけは下層植生が未だに点在している。
近場の木々は太く、元気そうだがその数は非常に少ない。
ここだけは何としても守り抜くという山の意思を感じ取ることができた。
小さな花が咲き、その付近には実がなっている。
数本の巨大な大樹は根をしっかりと地面に食い込ませ、青々とした姿を見せつけていた。
そして、そこには女性が座っていた。
大きな網笠を被り、肩には振分荷物がぶら下がっている。
腰には一振りの日本刀が携えられていた。
明らかに旅の道中だと思われるような姿をした彼女は、一つため息をしたあと、編笠を取る。
そこからは強気そうな女性の顔が現れた。
すっと立ち上がり、柄に手を置いたままこちらへと近づいてくる。
「……」
「ヌシだな。女子とは思わなかったが」
あの時聞いた声は男性とも女性とも捉えることのできる声だった。
それ故に判断ができなかったのだ。
しかしまた女性が刀を持っているということに、木幕は渋い顔をした。
水瀬の時とは違い、今回は普通の日本刀であるようだ。
歩いてくる姿からも、しっかりとした武芸を嗜んでいたということが伺える。
一定の距離を保って立ち止まった彼女は、木幕の顔を見た。
恨めしそうな様子で。
「出ていけ。そうすれば命は助けてやる」
「女子に情けを掛けられるほど落ちぶれてはいない。それにお主が来いと言ったのだぞ」
「……本当に来るとは……思わなかったよ僕は」
「それはそうとヌシよ。名は何と申す。某は木幕善八だ」
「…………船橋……牡丹」
「では船橋よ」
一拍おいた後、木幕は口を開く。
「お主は、何を願うつもりだ」
「えっ……? 師匠、それって……」
真剣なまなざしでそう聞いた。
彼女も同郷の者であるのならば、あの天女の言葉を聞いているはずなのだ。
だから聞いてみた。
一体何を願うつもりなのかと。
船橋は少し思案していたが、すぐに答えに辿り着いた様だった。
鋭い目つきのまま、口を動かす。
「山を救う力を求める。これが成せれば人々も救うことができるから」
「神にでもなるつもりか。人の成せる技の範疇を逸脱すれば、それは妖の成せる業だ」
「それでもいいよ。別に帰ることなんてできそうにないからね」
「……潔いのか、はたまた愚者なのか」
これ以上の問答は不要だと判断した木幕は、葉隠丸を抜刀した。
下段に構え、腰を落とす。
それを見た船橋も同じく抜刀した。
鍔を中指と薬指で摘まみ、引き抜く。
こちらの動きに若干焦ったようだ。
「貴方はこの山がどうなろうと、その下に住まう民がどうなろうといいというのか」
「これは奴らの不始末だ。某が関与したところで次に起こる結末は変わらない。それはお主も同様だ」
こればかりは、木幕たちにはどうしようもできない話だ。
人一人で何とかしようという方が無理なのである。
既にこの山は朽ちかけている。
その原因を作った彼らの尻拭いをする気は毛頭ない。
報いを受けるべきだとは言わないが、山の変化に気が付いて彼らが行動しなければこれからも同じようなことが起こる。
自分たちが行動してはならないのだ。
「某はお主を斬る」
「僕が斬る。八人斬った僕に勝てると思うなよ」
「……ほぅ、それは見事な」
自分の戦績を誇る愚か者かと、木幕は心中で嘲笑った。
所詮は女性だ。
相手より強いということを、行動で示しているということは称賛に値すれど、今の発言はいただけない。
今回彼女と敵対する理由がとんでもなく下らないということは自覚している。
ただそこに標的がいるから斬る。
この状況は木幕たちが悪役となっているのだ。
山を守ろうとしている者を殺そうとしているのだから、悪役と言っても過言ではないだろう。
だが彼女も自分たちを殺そうとしてきたのだ。
であれば、殺される覚悟もなければならない。
「負けないよ。奇術……」
船橋がそう呟いて集中すると、周囲の木々がざわめき始めた。
そこでスゥが反応する。
「っ!」
「えっ?」
スゥはレミの服を掴んで一点を指さす。
そこは木の上。
枝に、大きな鷹が翼を広げてこちらを凝視していた。
そしてその鷹は、口に炎を燻らせている。
敵意を剥き出しにしているということが、この二人にも分かった。
あの鷹は自分たちを獲物と認識しているのだろう。
「ギュエアアア!」
「レミ、スゥ。そっちは任せた」
「了解です!」
「っ!」
鷹は飛び立つと同時に、炎を飲み込む。
毛の色が紅蓮へと変わり、目の色も黄色から白色になった。
体が肥大化して骨格が変形し、全長三メートル、翼を広げれば十メートルになるのではないだろうかという巨大な鷹が現れる。
凶悪な爪を携えた炎の鷹は、上空を飛び回って通り道に筋を付けた。
バサッと翼を動かす度に火の粉が舞い散り、体の周囲に炎の帯が漂っている。
明らかに普通の動物ではない。
炎を操る鷹の姿をした魔物……。
レミはこれに見覚えがあった。
「フレアホーク!?」
「っ?」
普通の鷹は、船橋の奇術付与によって魔物へと成り変わった。




