9.8.主の声
一夜を過ごした後、木幕たちは山頂へと向かって歩いていた。
山から出ようとしなければ問題なく進みたい方向に進むことができるので、とりあえずヌシを探してみることにしたのだ。
槙田の言っていたことが正しいのであれば、そのヌシを何とかするしかない。
だが、この山は山脈の近くにあるということで起伏が激しい。
なのでレミとスゥは息を切らしながら木幕の後をついていっていた。
こんな山に登る事など滅多にないのだ。
体が山に慣れていないというのもあるだろうが、経験をしていれば今後に役立つ。
彼女らにとってはしっかりとした修行になっている様だ。
「スゥちゃん大丈夫……?」
「っ!」
「げ、元気ね……」
子供の体力は無尽蔵だ。
ひょいひょいとステップを踏んで木を掴み、軽い足取りで山を登っていく。
スゥにとってはこれは修行というより経験であるようだ。
下山するときにだけ注意を払ってもらっておけば何も言うことはないだろう。
少し危なっかしいのはレミだ。
彼女は村での生活が長いので慣れているとは思ったのだが、山仕事は男たちがやっていたのであまり入ったことはないらしい。
それにあの時はもてはやされていたらしいし、体力がないのは仕方がないことだった。
今は別だが。
「明日筋肉痛で動けないかも……」
「そんなに情けないことを言うものではない」
「逆になんで師匠はそんなに動けるんですか……」
「慣れだ。どの様な地形でも戦えるようになれ」
「そ、それもそうかぁ……」
いつどのような場面で戦闘が起こるか分からない。
山の中での奇襲などよくあることだ。
それに対処できなければ、ただ死ぬだけなのだから。
歩くだけで精一杯のレミと違い、木幕は周囲の様子を確認しながら歩いている。
これができるようになれば一人前というものだ。
だが、少しだけ休憩を入れた方がいいかもしれない。
そう思った木幕は、少しなだらかな場所に出てから提案する。
「少し休むか」
「っ!」
「よかったぁ~……」
レミはその場に座り込む。
足をさすっているところを見るに、随分と疲れていた様だ。
スゥは相変わらず元気である。
「そういえば師匠、ヌシって結局なんなんですか?」
「それが分からぬから探すのだ」
「まぁそうですよね……。早く目的地に向かって歩きたいですねぇ……」
『それは無理だ』
「「「!?」」」
急に山中に響いた声を聴いて、三人は戦闘態勢を取る。
スゥの抜刀は素早く、驚いたからか獣ノ尾太刀までもを出現させていた。
レミは取り出すのに時間が掛かるので、魔法袋の中に手を突っ込んだままになっている。
だが周囲をどれだけ探そうとも、声の主は見受けることができなかった。
静かな森が続いているだけだ。
それでも声は更に警告をしてきた。
『君たちを出すつもりはない。この山の肥料になってもらわなければ』
「ほぅ……。まさか山のヌシが人間だとは思わなかったな」
『ヌシ? ああ、そうかもしれないね』
「にしても酔狂なものだ。人間がここまで山に尽くすとは」
『元より人間が招いたことだ。であれば僕たちが解決しなければならないだろう』
ヌシの言っていることは間違いではない。
であるからこそ、疑問であった。
「お主は流れ者だな?」
『……』
「始末をつけるのは、この山をこんな風にした者たちでなければならない。それをお主が肩代わりをする必要性はないとは思うが」
『では見捨てろというのか?』
「そうではない。何故協力という手段を選ばなかったのだ」
しばらくこの山を回って気が付いたが、この山には動物の食べ物となる木が一つもない。
鹿の仕業かとも思ったが、明らかに人の手が入っている。
それに加えて罠の跡も多く見受けられた。
彼らは何らかの目的で森にあった木々を選んで伐採し、動物を多く捉えてこの山の生態系を完全に壊し始めている。
加えて山が痩せているので、台風などの被害が多く見受けられた。
山崩れが起こるのも時間の問題だろう。
すべての木々が痩せているのは、管理が行き届いていない証拠である。
だからこそ、彼らにこの事実を伝えなければならないのだ。
もし、この山を助けたいというのであれば一人の力ではなく多くの者たちの助けがいる。
「一人で成せる事など、たかが知れているぞ」
『それは問題ない。僕の奇術はそのためのものだ』
「……師匠、奇術って……」
「同郷の者か」
奇術という言葉は、彼らからしか聞くことができない。
故に……ヌシは侍だ。
しかし今回の奇術は様々な力を持っているような気がした。
侮ってはならない人物だ。
『何はともあれ、僕は人間を逃がさない』
「では好きにせよ。某はお主を討とう」
『僕を討つ? できるものならやってみなよ。僕は山頂にいるよ……まぁ、これないとは思うけどね』
それを最後に、声は聞こえなくなった。
三人は警戒を解く。
「どうします?」
「やるしかあるまい。山頂と言ったな……」
「教えてくれるなんて親切ですね」
「そうとも限らん。地の利は向こうにあるのだ。何が来ても対処できるようにしておかなければならないだろう。スゥよ、お主の奇術には期待しているぞ」
「っ!」
「私は?」
「まず山に慣れよ」
「うぐっ……」
確かにそうだとレミは納得する。
今回はできる限り足手まといにならないようにするとしよう。
というところで、三人はまた山を登った。




