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9.2.モルト山脈


「レミよ」

「……」

「レミよ、こっちを向くのだ。お主がそっぽを向こうとその表情は手に取るように分かる」


 今現在、木幕、レミ、そしてスゥは森の中にいた。

 レミは大きな地図をクルクルと回しながら冷や汗をだらだらとかいている訳なのだが、その様子を見て何が起こっているかはスゥでも理解できる。


 三人は村に立ち寄ってから一泊し、御者が再び動くのを待った。

 だが、彼の個人的な都合により一度引き返さなくてはならなくなったのだ。

 それによりグラルドラ王国へと行く足がなくなり、村でしばらく滞在することを余儀なくされてしまったのだが……。

 次の御者が来る予定もない。

 なのでもう徒歩で行こうという話になったのだ。


 元より日ノ本は馬車などではなく徒歩での移動が基本である。

 なので特に苦になる様な事はなかった。

 どちらかといえばレミとスゥの方が大変だろうが……。


 つまり、彼らは今遭難中である。


「どぅしまぁしょおぉおぉおお……」

「泣くでない……」


 地図を貰ったまでは良かったのだが……。

 どうしてか街道から抜けてしまった。

 普通であれば整備されている道を歩いていけばそれで良かったはずなのだが、何故か道から外れてしまったのである。

 どういう原理かは分からない。

 本当に気が付かない間に、森の深いところへと入ってしまっていたのだ。


「うわあん……あのお話もっと聞いておけばよかったぁ……」

「……うむぅ、それは確かに……」


 時間は少し巻き戻る。



 ◆



 小さな村とは聞いていたのだが、到着してみれば町と呼ばれるほどには大きな場所であった。

 御者はこの町に物資を届けている仕事をしているついでに、グラルドラ王国へ移動するつもりだったらしい。

 だが、到着して仕事を終えた後、とんでもないことを言いだした。


「ええー! じゃあここまでなんですかぁー!?」

「す、すまん嬢ちゃん……。忘れ物しちまって取りに帰らねぇといけねぇ……」

「商人が何してんですかー!」

「す、すまねぇ……」


 申し訳なくぺこぺこと頭を下げる商人を前に、レミは容赦なく文句を言った。

 彼を当てにしていた者たちも何か言いたそうにしていたが……レミがあんなにも文句を言うものなので逆に声を掛けられなくなっている。

 あれだけ説教されられれば十分だろうが……。


 仕方がないので他に来ている御者に話を聞いてみるのだが、誰もグラルドラ王国へ行く予定の者がいないようだ。

 ここへ来るのにも随分な時間を要してしまった。

 時間にして一週間程だろう。

 だがグラルドラ王国へはまだまだかかるらしい。

 残り一ヵ月ほどはかかるだろう。

 それを馬車なしで移動するというのは無謀なので、ここに来る新しい御者を待つ者がほとんどだ。


 だが木幕はそこまで長い間この村で待つつもりはない。


「レミよ。行くぞ」

「え、行くって何処にですか?」

「地図を探す。何処かに売っているだろう」

「え? え?」

「徒歩で行く」


 まさかとは思ったが、そのまさかを口にするのが木幕だ。

 だがこれは普通のこと。

 いつもいつも楽ばかりをしていたので、今回は久しぶりに昔の旅のやり方でいこうと思う。


「どぅえええ!? 本気ですか!? え、本気ですか!?」

「っ!! っ!!?」

「修行だ。行くぞ」

「っ~~!?」

「うっそだああああ!!」


 再確認しても行くことは確定しているということに、レミとスゥは頭を抱えた。

 馬車で一ヵ月の道のりを徒歩で行くなど正気ではない。

 何ヶ月かかるのか分かったものではないのだから。


 しかし、こうなってしまった木幕を止めることはできない。

 修行と言われてしまえばそれこそ従うしかないだろう。

 ガックリと肩を落としながら、レミとスゥは木幕に付いていった。


「……なんだ、この村は」


 しばらく町を歩いていて、木幕はそう思った。

 なんだか奇妙な感覚がある。


「どうしたんですか?」

「……よく栄えているな」

「まぁマークディナ王国とグラルドラ王国の間にある村ですからね。行商人が行きかいますし、旅の休憩所として使われていますし……」

「そう思うか?」

「え?」


 確かに傍から見ればそう感じてしまうだろう。

 だが木幕はそれとは違う違和感を持っていた。


 多くの人々が行商で来た者たちを向かい入れ、農作業をし、働いている。

 これからもここはもっと繁栄していくことだろう。


 ……しかし周囲を見て思う。

 この村ではない、山だ。

 残暑が続くこの季節であれば……真緑に染まっているはずである。

 まだ、葉っぱが落ちるのには早すぎるのだ。


 だがそれも一部。

 簡単に言ってしまえば……山が痩せていたのだ。


「手入れされてこその山……山あっての村……。ふむ?」

「なんだか良く分かりませんが……とりあえず地図ですね」

「うむ」


 木幕の話もそこそこに、レミは近くにいた行商人に話を掛けにいった。

 しばらく話をして、大きな紙束を受け取って金を渡す。

 無事にグラルドラ王国までの地図を購入することができた様だ。


 そこで、レミは地図を買った商人に声を掛けられる。


「お嬢さん、何処に行くんだ?」

「グラルドラ王国へ徒歩で」

「と……? 正気か……?」

「言っても聞かない人がいるもので……」

「じゃあ気を付けなよ。今のモルト山脈ちょっと異常だからな」


 その言葉に、レミは首を傾げる。


「モルト山脈?」

「ああ。グラルドラ王国へ行く為の通り道にある山だ。馬車で通ったりするには問題ないらしいんだが、何らかの仕事や、採取で徒歩で行く場合……変なことに巻き込まれるらしい」

「変な事って?」

「それが分からねぇんだわ。なんせ帰って来た奴が居ねぇからな……」

「え、こわ……」

「ま、精々気を付けな」

「わ、分かりました」


 その後すぐに木幕たちの元へと戻ってくる。


「とりあえず見つけましたぁ~……。あの、もう一回、もう一回聞くんですけど……本当に行──」

「行くぞ」

「はいぃ……。でも食料だけ買わさせてください……」

「その辺は任せる」


 あとは準備を整えて行くだけだ。

 長旅になるのでここで一泊することにはなったのだが、明日からは地獄が始まりそうである。

 気が重くなりながら、レミは旅の準備を進め、この村で一拍を過ごしたのだった。


 そして、現在に至る。



 ◆



「あの話?」

「あー、なんかこの森……モルト山脈って言うんですけど、ここに徒歩で入った人たちが変なことに巻き込まれるんですって」

「変、とは?」

「いやぁ、それが分からないらしくて……。帰って来た人がいないんですって」

「神隠しか……?」


 神隠しは山でよく起る話ではあるが……。

 それを経験した者が帰ってきていないというのに、その話が広がっているのには首を傾げる。


「何故そういうことを早く言わんのだ」

「すいません……」

「っ~」

「す、スゥちゃんまで……」

「まぁ良い。一度戻って街道へと出るとするか」


 迷子になった場合は、一度来た道を戻るのがいい策だ。

 だというのになぜ方向音痴の者は多分あっち、恐らくこっちだと言って適当に歩いてしまうのだろうか。


「フッ……」


 懐かしい人物を思い出してしまった。

 少し笑いながら、来た道を戻って行く。

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