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2.17.槙田正次


「何奴かぁ」


 ドスの利いた恐ろしい声を聞いて、レミは固まった。

 恐ろしくて仕方がない声だというのに、叫びたいのに、口を動かすどころか息をすることさえ躊躇われるほどの恐ろしさがあった。


 これは圧倒的強者の圧。

 レミの本能が、この人物は危険だと叫び続けている。


 今すぐ動き出して逃げたい。

 そう頭では叫んでいるのに、動くことが出来なかった。

 目を向ける事すら躊躇われ、その顔すらも見えていない。


「──! ────!」

「……んん……? すまぬぅ。おなごだったかぁ……」


 すると、いきなり体が軽くなった。

 息が出来るようになり、こわばったからだが崩れて床にへたり込む。


 心臓がバクバクと波打ち、肩で息をして呼吸を整える。

 胸が苦しいが、先ほどよりは全然楽だ。

 先ほどの状況と今の状況に困惑しているが、とりあえずまずは落ち着くことを優先させる。


 声の主はレミが息を整えるのをじっと待ってくれていた。

 レミはその人物がまだ恐ろしいと感じてはいるが、謝ってくれたという事に少し安心感を覚えて、ゆっくりと落ち着きを取り戻させる。


「はぁっはぁっ……」

「…………」

「あ、貴方は……? い、今のは……」


 まだ酸素が足りないのか、目の前がちかちかとしてその人物の顔は見えない。

 だが気配で動いていないという事はわかった。

 おそらく今は、何もする気はなさそうだ。


「俺はぁ……槙田正次……。今のはすまぬぅ……。殺気だぁ……」


 本物だ。

 この喋り方と言い、名前の言い方と言い、師匠とそっくりだとレミは思った。


 そこでようやく槙田正次の姿を見る。

 槙田正次がいる部屋は本当に妙なところだ。

 部屋の中が牢屋になっており、扉のあった所に鍵穴がある。

 その中に、槙田正次はいた。


 立派な顎髭を蓄えており、額には額当てをしている。

 鋭い眼光を持ち、その目だけで相手を殺しそうなほどの圧を感じ取ることが出来た。

 服はすでにボロボロで、木幕と似たような形の服を着ている。

 だが羽織は材質が硬いのか、肩の部分は無駄に上がっていた。


 屈強そうな太い腕を持ち、足の皮は非常に分厚そうだ。

 何処で育ては、このような立派な体格に恵まれるのかレミは少し疑問だった。


 そして、足と腕には一つずつ、枷がついて壁に固定されている。

 牢の中で拘束されているようだ。


「貴方が……本物の勇者なのですね」

「……大将だぁ」

「あ、はい」


 ここは偽勇者と何ら変わりないらしい。

 おそらく偽勇者が、この槙田正次を真似ているのだろう。


「と、とにかくここを出ましょう?」

「……信じ騙された俺だぁ……。情けないぃ。おなごに救われようとするなどぉ」

「失礼な」

「だが背に腹は代えられぬぅ。おなご。鍵を探せぇ」

「鍵?」

「この鍵だぁ」


 そう言って槙田は腕についている枷を動かして鳴らす。

 ここに鍵があるとは思えなかったが、とりあえず部屋の中を探すことにした。


 部屋の中は非常に簡素だ。

 なので探し物がしやすいといえばしやすい。

 机の上、下、そしてタンスやら物置を調べる。


「あったー……」


 物置を調べると、三つの鍵がぶら下がった鍵束があったのだ。

 まさか本当にここにあるとは思っておらず、レミは驚きを通り越して呆れていた。


 とはいえ、あの偽勇者が馬鹿なおかげで救出は簡単にできそうだ。

 だが、それが少し怖かった。

 先程のあの殺気をもろに食らったレミは、息すらも出来なくなったのだ。

 このまま普通に解放するというのは、レミにとってはハイリスクである。


 なので、鍵束を戻した。

 場所は把握したので、救出は木幕と一緒にすることにしたのだ。


 一度帰ってそのことを報告する。


「無かったので、あの偽勇者の宿に侵入して探してみます」

「そうかぁ……」


 あからさまに落胆した槙田をみて、嘘をついたことを少し悔やむが、レミは自分の方が大切だった。

 幸い、槙田に外傷らしい外傷はないので、このまま暫く囚われていても、特に問題はないはずだ。


 だが、レミは気になった事があった。


「なんで捕まったんですか……?」

「あれは一か月前ぇ……」

「普通に教えてくれるんだ……」


 槙田はそれから、今までの言ことを教えてくれた。

 槙田は、木幕と同じようにこの世界に転移してきた人のようだ。

 そして、天女から依頼を受けたらしい。


『十二人の侍を殺せ』


 十二人という侍の多さに驚いたが、それよりもこの広すぎる世界で十二人もの侍を見つけて殺すというのは非常に骨の折れる作業だ。

 レミは木幕と同じ理由でこの世界に転移させられてきたことに驚いたが、そのことは槙田には教えないようにしようと思い、口をつぐんだ。


 転移してこの国に辿り着いた槙田は、とりあえず名を轟かせれば侍がここにいるという事が周囲に知れ渡り、勝手に自分を探しに来てくれるだろうと考えた。

 そこでわざわざ探しに来てくれた者を始末しようとしたのだ。


 だが何もわからない地で生活をするほうが大変で、周囲の力を借りなければすでに飢えて死んでいただろう。

 そこで世話になったのが……。


「俺の偽物ぉ……アベンだぁ」

「あの偽勇者、アベンって言うんですか?」

「うむ……」


 この世界の常識を教えてくれた人物であり、槙田はアベンに恩義を感じていた。

 しかし、槙田がようやくこの世界の立ち回り方を覚え、勇者として名を轟かせるきっかけとなった、魔王軍討伐任務の途中、睡眠薬を盛られたのだ。


 アベンはその魔王軍討伐依頼を、槙田の持っていた紅蓮焔で蹴散らしたらしい。

 槙田の性格を知っていたアベンは、槙田の猿真似をして自分を大将と呼ばせ、自らを槙田正次と自称し始めた。


 そして、槙田が眠っている間に、このような場所に囚われてしまったとのことだ。


「えっと……てことはアベンの力は、槙田さんの持っていたぐれん……ほむ……っていう刀のお陰なのですか?」

「紅蓮焔だぁ。あいつはここに来て異能の力に目覚めよったぁ。鞘から刀身を抜けば業火が刀身を包むぅ」


 そこでレミはピンときた。

 勇者一行がラバーホースと戦った時、アベンとガリオルという人物は接近武器だというのに怪我一つ負っていなかった理由にだ。

 ガリオルは見た目からそのすごみという物が素人でもわかる。

 だがアベンからその様なものは感じられない。

 普通の一般人である。


 それがどうしてラバーホースと同等にやり合えたのかは……おそらく武器の性能によるものだろう。

 槙田の言っていることが本当であれば、紅蓮焔は木幕の持っている葉隠丸と同じ、国宝級のマジックウェポンとなる。


 転移させられてきた人たちの武器は、全て国宝級のマジックウェポンなのだろうかと思うと、気が遠くなる。

 そんな簡単に国宝級のマジックウェポンが存在していいはずがないのだ。


「そういえば何で生きてるんですか?」


 その言葉に槙田は首を傾げる。

 レミも今言った言葉を頭の中で復唱して、自分が今口にした言葉が失言だったことに気が付いた。

 だが、槙田はすぐにその意味を理解したようで、特段怒ることもせずに頷く。


「わからん……。囚われて二日は何もくれなんだが、それからは定期的に食事を運んできておるぅ」

「あ、え……? そうなんですか?」


 レミは、武器を盗んで満足するはずのアベンが、何故まだ槙田を生かしているのかが気になった。

 普通であれば殺すか、適当な所に放置して餓死させるか……とにかく口封じをするはずだ。

 だが槙田を生かしている。

 この理由がわからない。


「まぁ……そんなことはどうでもいいぃ。夜……来てくれぇ」

「あ、はい。そのつもりです。師匠も連れてきますのでご安心を」

「ああ……」


 レミはすぐに立ちあがって、このことを木幕に説明するため、急いで外に出た。

 扉を開け、勢いをつけて走り出した瞬間、ドン! と何かにぶつかる。


「いったぁ……」


 扉の前には何もないはずである。

 顔を抑えて、一体何にぶつかったのかを見てみると……。

 そこにはガリオルが立っていた。


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