8.38.犬猿の仲
飛び込んだ西行は、迫りくる辻間の分銅を何度も防いだ。
彼の攻撃は既に力のないものとなっている。
もう力が上手く入らないのだ。
とは言えこのまま黙ってやられるのは癪にもほどがある。
だからこそ、精一杯の力で西行を討つ。
だが……彼の速度が速すぎた。
「終わりです」
「速いんだよくそが……」
辻間に肉薄した西行は、持っていた二振りの小太刀を肺へと突き刺した。
体を貫通し、切っ先が背中から飛び出る。
そこで、辻間は笑った。
自分でも分からないが、何故かこういう時は笑いたくなる。
恐らくこれではもう助からないだろう。
だからだろうか、異常なまでに力が湧いてくるのは。
持っていた鎖を、思いっきり引いた。
それは左手に持っていたものなので……鎌が西行の後ろから迫る。
咄嗟の行動を見て身を引こうと思った西行だったが、辻間は分銅を操っていた右手で彼の腕を握った。
有り得ないその力は、握るだけで辻間の腕の骨に罅を入れる。
「んぐっ!?」
「逃がさねぇ……」
狂気的な笑みが、西行に恐怖を与えた。
戻って来た鎌が自分を通り越して後ろへと戻る。
だがそれをまた引いて掴み、左手で西行の右肩から左脇までを切り裂いた。
「ギッ……ぐぅ……」
「へへ、っへへへへ」
双方、ドサリとあおむけに倒れる。
もうどちらも立つ力は残っていない。
あとは死にゆくのを待つだけとなった。
二人は同じ空を見ながら、寝転がっている。
こんな状況でなければ、皮肉の一つくらい言えるのだが今はそんな余裕もない。
「うご、けるかぁ……?」
「……無理です……」
「俺の勝ち……だなぁ?」
「は? 何を、言っているのですか……。貴方も、助かる傷では、ない……」
足音が近づいてくる。
それを横目で見てみると、木幕が彼らの前に立っていた。
「引き分けだな」
「あーぁあ。こ、これじゃあ……格好がつかねぇ……」
「格好なんて、君は元から……ついてない」
「んだとこの野郎……」
「フッ、犬猿の仲とはよく言ったものだな。だが仲は良いか」
「「良くない!」」
彼らが言葉を合わせたとのと同時に、木幕は少しだけ口元を緩める。
やはり仲がいいようだ。
「あぁ~くそ……こいつと引き分けとか……。最悪だ」
「僕もですよ……ゲホッ」
「ああ……そうだ木幕だったかぁ……?」
「なんだ?」
「止めは……お前が刺してくれや……」
「初めて君と、意見があったな……」
何を言っているんだと首を傾げたが、彼らは至極真剣らしい。
だがさすがに手を出すわけにはいかないだろう。
「いや、それでは良くない……」
「「こいつに殺されるくらいだったらお前に殺されて死ぬ!!」」
「……叫ぶな……」
もう瀕死だというのに、何処からその力強い言葉が出てくるのだろうか。
案の定痛みに顔をしかめていた。
だがそれでいいのだろうか。
本人たちがいいというのであればそうしてやりたいが、なんとなく木幕の自尊心がそれを否定していた。
自分が何もしていない者たちに止めを刺していいのだろうか。
だが彼らはそれを望んでいる。
「……見届け人の役目でもあるか」
木幕は抜刀した。
そこで、西行は何とか自分の二振りの小太刀を取り出して木幕に渡す。
「これをエリーに」
「ふむ。いいのか?」
「彼女の武器は、お粗末……ですから」
「そうか」
木幕はそれを受け取った。
その後、静かに切っ先を西行に向ける。
ドッと鈍い音がなって、西行は沈黙した。
辻間を見てみると、彼は未だに笑っていた。
それが不気味ではあったが、なんとなく懐かしい感じも見受けられる。
「お主は?」
「……い……ぃ」
「左様か」
ドスッ。
また鈍い音が鳴る。
血振るいをした後、葉隠丸を納刀してレミたちが待っている場所へと歩いていく。
エリーの前に立ち、西行の持っていた小太刀を渡す。
「……」
「形見だと思って持っているといい。武器の名は分からぬがな」
エリーは小さく頷き、それを抱きしめた。
レミが彼女の背中をそっと触る。
心配そうにしていたスゥも、同じ様に背中をさすった。
「む?」
「ふんふ~ん」
いつの間にか消えていたミュラを探してみると、彼女は辻間の服をまさぐっていた。
そこから鎖鎌を取り出して、自分に装着している。
楽し気にしているのが何だか不気味だ。
「ふへへ、私も貰っちゃったぁ~」
「……」
「あ、師匠。あの子頭おかしいんです」
「その様だな……。スゥ、頼めるか」
「っ!」
地面の中から獣ノ尾太刀が顔を出し、スゥはその柄を握って奇術を発動させる。
土が動き、彼ら二人の体が地面へと沈んでいった。
ミュラは足元から死体がなくなると、レミに向かって手を振った。
「じゃあねレミちゃん! また何処かで会おうね~!」
「え? 何処かに行くんですか?」
「うん! ばいばーい!」
軽快なステップでその場を後にするミュラを見送る。
本当に彼女は何者なのだろうか?
さて、ここでの目的は図らずも達成してしまった。
これで、九人目。
後三人の侍を倒すことができれば、木幕は神の元へと行くことができるはずである。
倒せるかどうかはやはり分からない。
だが、やろうとすることに事意味があると信じ、木幕は踵を返して孤児院へと戻った。
明日にはここを出よう。
これ以上の長居は無駄である。
そう言えば、まだ消えた死者たちのことも分かっていない。
できれば早く解決したいところではあるが……。
考えているとなんだか気が遠くなる。
今は次の国に行く準備を考えよう。
暑さに顔を上げて太陽を見る。
遠くにあった火山が、やけに赤く燃えていた。




