8.36.引継ぎ
とんでもなく剣呑な空気が漂うなか、八人の人物がそこに居た。
木幕とレミとスゥは近くに座り、西行とエリーはその正面に座っており、ローダンは机の近くで立っている。
辻間は苛立たし気に少し離れた場所で床に座ってミュラといた。
西行と辻間の殺気がヤバイ。
今にでも爆発しそうな雰囲気だが、暴れたらまた不安を駆ることになってしまうので自重している様だ。
とりあえず話ができる状況に持ってこれた。
「まず聞きたいのだが……どうしてそこまで仲が悪いのだ」
「ケホケホッ……。どうしてって、そんなの決まってますよ」
「ああ、決まっている」
「「ただただ嫌い」」
「理由になっていない……」
何か理由がなければ嫌悪することはないはずだ。
だがこの感じだと、あまり話をしたくはなさそうだ。
であればこの話はこれで終わりとしよう。
「ではそれはいい。西行、ここを任せる者を決めよ」
「ケホッ……。そうですね。まぁエリーしかいませんが」
「え、私ですか……?」
「貴方意外に誰がいるのですか。当初よりこの孤児院を助けて来たのですから、最後まで責任を持ちなさい。僕は兼任に過ぎませんから」
「……てことは……」
「はい。僕は死ぬかもしれない戦いをします」
西行はエリーの目を見てそう言った。
元より病弱であるため、命もそこまで長くは持たないだろう。
だからこそ体が動くうちに、あの因縁の相手と戦うことを選んだのだ。
とは言っても負けるつもりはない。
負けるとすれば木幕にだ。
辻間に勝ったとしても、どの道西行は死んでしまう。
それが分かっていたからこそ、エリーにこの孤児院のことを任せるのだ。
それに、今はローダンもいる。
彼女一人がここを経営していくわけではない。
他にも沢山の仲間ができたので、エリーを助けてくれる人物は大勢いるだろう。
「いいですね、エリー」
「……分かりました」
「ローダンもそれでいいでしょうか?」
「はい。ここを任されている孤高軍の一人として、救える者たちを救って行きます」
「よろしい」
あとは彼らが何とかしてくれるだろう。
これで心置きなく、西行は戦いに身を投じることができる。
だが、ローダンは気になった。
「一つ、いいですか?」
「なんでしょう」
「……総大将、そして西行さん。貴方たちは何故、戦うのですか?」
その言葉は、やはり彼らに深く突き刺さる。
何度も同じ説明をしては来たが、慣れないものだ。
「神からの信託だ。某らは、戦うことを強制させられている」
「……私は、神は信じることができません」
「私もです」
「ミーも~」
ローダンの言葉に木幕と西行は驚いたが、それに続いてエリーとミュラも同じように続いた。
「神は我々をどん底に追いやった。誰も好き好んでスラムで放浪しない。誰も好き好んで孤児院での生活をしたくはない。親の温かさを知らないというのは……悲しいことです」
「私もローダンさんと同意見ですね。ここは教会などではない。だから信徒も居ない……。そもそも神様なんていませんよ。もしいたのであれば、どうして救ってくれなかったと小一時間問いただしたいです」
「ミーはその辺分からないけど、教会から追い出されたから嫌いかなぁ~」
それぞれが、思っている本音を口にした。
彼らの言っていることは間違ってはいない。
だから訂正させようなどということも思わなかった。
ローダンの言葉に便乗したのではない。
エリーも、ミュラも同じようなことをずっと思ってきていたのだ。
何故救ってくれなかったのか。
神という存在に祈りを捧げて何かが変わったことはあるのだろうか。
今でもそれは分からないのだ。
だから彼らは、行動して今の生活を勝ち取った。
救いの手を差し伸べてもらった。
だがその手は、神のものではなく、人一人のものである。
しかしそれを神のお導きだという者もいる。
だからここだけでしか口にしないことだ。
「……お前たちは、この世の神のことを良く分かっているようだな」
「え?」
「西行、話してもいいだろうか」
「はい。僕は構いません」
「では孤高軍のローダン。しかと聞け。お前に向けて某は語る」
「! は、はい!」
今まで、宣言はしたことがないことを、ここで言う。
これは木幕の覚悟であり、最大の侍の敵討ちだ。
何が何でも成し遂げる。
「某は、神より同じ同郷の者を殺せと命じられた、異世界の人間だ。その数は十二名。恐らく西行も、そこに居る辻間も、同じことを言われてここに来ている」
「か、神に会ったのですか……!?」
「うむ。だが……この世に来ている人物は十二名ではない……」
「え?」
木幕が知りうる中で、この世界に来ている人物は十九名。
ここに居る者たちを合わせてだ。
津之江が四人殺し、葛篭は六人をすでに殺していた。
これで十人。
そして槙田、西行、水瀬、津之江、葛篭、石動、西行、辻間……そして、木幕。
これで、十九名となる。
神から言われていた十二名よりはるかに多い。
多くの者たちが遊び感覚でこの世界に投げ出されているのだ。
あの神がいる限り、この行為は幾度となく行われていくだろう。
だから木幕は、ローデン要塞で誓った。
「某は、あの神を斬る」
十二名の侍を殺せば、願いを一つ叶えてくれる。
その時、必ずあの場所へと訪れるはずだ。
そこで斬る。
これしか今は策がない。
「良いかローダン。某は神を斬る為に同郷の者共を斬る。負の連鎖を終わらせるために。お主らは某に付いて来れるか? 神を相手にしようとしている者の力になる……それがどういうことか、分からないわけではないだろう?」
「……私は、賛同します。ですが……他の者たちがどうか……」
「まさにそこだ。故に孤高軍は総大将である某の言葉を聞いて、素直に動いてくれるか? 謀反を起こされるのも考慮しておいた方がいい」
木幕は、ただ子供たちを助けたかっただけだ。
だがそれがここまで大きな組織へと発展してしまった。
それを悪いとは言わないが、彼らが自分についていくというのに問題がある。
この世界では、神という存在は強大だ。
誰もが信仰し、祈りを捧げている。
それを斬ろうなどという人物など、ただの異常者であるのだから。
さすがにローダンも押し黙った。
木幕も直球で言ってしまったのだが、これは大切な事だ。
隠さずに話すのが筋というものだろう。
だが、それを回避する方法もある。
「だからローダン。某のために兵は絶対に動かすな。他の役に立てよ」
「そんな……! ですが、孤高軍は……」
「頭が必要であれば、名前だけ某のものを使えばいい。それで彼らは納得するだろう。活動もこれから同じように続けて行くのだ。これは某のためではなく、未来ある子供たちのためだからだ。お主らは人々を救う孤高軍。某のための駒ではない」
言いたいことはすべて言えた。
孤高軍がここまで大きくなることは予想していなかった。
これが最善の策なのだ。
自分のために使われなければ、それは普通の兵士と同じである。
ローダンは何も言い返せなかった。
リーダーの一人として今まで頑張ってきたが、一番上の人物の意見に反することはできなかったのだ。
筋も通っている。
孤高軍のこれからの在り方も指示してくれた。
存在理由すらも、明言してくれたのだ。
木幕が居なくなっても、その志が消えないように。
話は終わった。
あとは木幕一人の戦いだ。
「ではまず……西行、辻間。お主らを見届けよう」
「かたじけない」
「へへっ、最初からそうしやがれ。長すぎて欠伸が出ちまいそうだったぜ」
場所は、西行が準備してくれる。
とは言ってもただ移動するだけだ。
とっておきの場所があるので、そこで戦いたいのだという。
場所が決まっているのであれば、もう迷うことはない。
西行、辻間、木幕、レミ、スゥ、ミュラ、そしてエリーは部屋を出た。
「……」
残ったローダンは、未だ悔し気に握り拳を作っていたのだった。




