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8.34.一段落


 マークディナ王国は今、盛り上がっていた。

 殺人鬼と対峙した者が大勢死に、勇者も死んだかと思われて国民、兵士たちの不安は一層深まっている中で勇者の帰還があったのだ。

 誰もが彼に称賛を送り、そして言葉を信じた。


 殺人鬼及びその仲間は討った。

 だが、自分も危なくて証拠となるものはこれだけしか持ってこれなかった……。


 千切れた鎖、土埃で汚れた装備、石がぶつかってできた傷はその説得力を更に強めたらしい。

 疑う者は誰一人としておらず、彼の帰還を喜んだ。

 だが剣を失ってしまったことは非常に痛手だった。

 とは言えこれだけの功績を残した彼であれば、国王から何か新しい武器を授けられてもおかしくはない。


 暫くすれば授賞式が行われるだろう。

 だが、それに参加はしたくなかった。

 勇者ルドリックとその弟のリードは、彼らが生きている事を知っている。

 本来であれば討つべき敵を、見逃さざるを得ない状況になってしまった。

 その事に不甲斐なさを感じる。


 だが、これ以上の被害は出ない。

 その確証はなかったが自分たちが黙っている限りあいつは動くことはないだろう。

 死んだというのにわざとまた大きく動く様な事はしないからだ。

 それだけは、確かであるような気がした。


 不甲斐ない。

 勇者である自分が、討つべき敵を討てず、ましてや生存の手助けをするなど。

 だから王からくるであろう授賞式や報酬はすべて突っぱねるつもりだった。

 とは言えその謙虚さをまた称賛されることになる。


 何はどうあれ、マークディナ王国の脅威は取り除かれた。

 表向きにはであるが、ひと段落がついてしまった……ようだ。

 ルドリックは帰って来たリードと共に、死んでいった者たちに謝罪をしに行ったのだった。



 ◆



 パキパキと体を鳴らす。

 やはり硬い地面で寝ると体が固まってしまう様だ。

 慣れたものではあるが、できれば敷物が欲しい。


 マークディナ王国に入った三人は外套を纏っていた。

 夏だというのに外套を羽織っているのは少しだけ目立つ。

 とはいえ顔を出すわけにもいかないのでこうしているしかない。


 熱が籠るフードの中に、手で風を送って行く。

 汗がだらだらと噴き出て下に着ている服を濡らしていった。


「あづぅーい……」

「あ、あと少しです……。孤児院までは辛抱してください……」

「情けねぇ奴らだなぁおい」


 額についた汗を拭う二人を見て、辻間は呆れてそう言った。

 逆にどうして彼はこの暑さで平然としていられるのかまったく分からない。

 普通であれば自分たちと同じ様になっていてもおかしくはないのだが……。


 暑さのせいで歩く速度も遅くなる。

 だらだらと歩いているからそんなに暑いのではないかと辻間は心の中で呟いた。

 そこで、そう言えば聞いていなかったことを思い出す。


「あ、そういえばレミちゃん。槙田の兄貴を知ってるのか?」

「槙田正次さんですか?」

「おうよ。あの……炎上流っていう妖を模した技を使う……」

「師匠の一番最初の敵でしたね。驚くくらい楽し気に戦ってましたけど」

「へへへへ、兄貴らしいや」


 彼の笑う様子を見て、レミはおやと思った。

 今回は不気味な表情ではなく、心底懐かしそうに笑っている。


 彼とはどういう仲なのだろうか……?


「辻間さんは、槙田さんと知り合いなんですか?」

「おう。兄貴は志摩(※今の三重県東部)の侍だぁ。俺たちのことをガキの頃から面倒見てくれてなぁ……。そうか、兄貴もここになぁ……」

「ん? 辻間さんって忍び……ですよね? 槙田さんもそうだったんですか?」

「いや、ちげぇよ。兄貴は俺たち忍び衆を支えてくれた一族の大将なんだ。城主やその家臣からはなんだか嫌悪されてたみてぇだが、忍び衆と親密な関係にあるってことでよくこき使われてたぜ」

「へ、へぇ~……」


 槙田がリーダー的立ち位置にいたことに驚いた。

 あの恐ろしい外見と剣技などからみて、放浪している人物だと思っていたのだが……。


 そもそも、あまり話す機会がなかったので彼のことをよく知らない。

 だがまさかここで繋がりが出てくる人物がいるとは思わなかった。

 これも神の仕業なのだろうか?


「ま、簡単に言っちまえば恩人だな。どんな忍び衆の長でも兄貴には逆らわねぇし、裏切らねぇ」

「いや槙田さん何者……?」

「その辺の忍びよりは強かったな……。俺よりも……」

「あ、槙田さんの奇術は炎でしたよ」

「うぇ!? はっははははは! そいつぁますます似合うじゃねぇか!」

「勇者みたいな火球じゃなくて……炎の壁とか……敵の広範囲攻撃を炎だけで処理してましたし……」

「え、兄貴の奇術……俺よか強くねぇか……?」


 今まで出会ってきた者たちの中で一番強い魔法使いと言えば、西形正和だろう。

 だが範囲攻撃から考えてみると、圧倒的に槙田正次の方が上だ。

 土魔法を使う葛篭も強かったが……そう言えば石動の魔法は良く分からなかった。


「ねぇ~ミーが分からない話しないでぇ~?」

「知るかよ……」

「はははは……あ、やっと見えてきましたよ孤児院!」

「やっとかぁ……」


 レミたちが訪れた孤児院は、移動した方の新しい孤児院だ。

 しっかりと情報を聞いてやってきたので、移設前の孤児院へと行くことは無かった様だ。


 ようやく休めそうだと思いながら、レミは歩く速度を速めたのだった。

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