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2.16.偽勇者尾行


 歩き続けてみると、ようやく様になってきた。

 背筋を伸ばし、つま先を前に運んでつま先から足を地面につける。

 これを繰り返していくと、先ほどよりも楽に、そして静かに歩くことが出来た。


 歩くのが楽になったことで、これは鍛えられているのか疑問を抱いたレミだったが、木幕が教えた歩き方はこれなので何も問題はない。


 今レミは絶賛尾行中だ。

 一定の間隔を保って勇者一行をつけている。


 周囲の取り巻きが何人かいるが、それらがいることによりレミの存在は非常にバレにくくなっていた。

 いつもはうざったらしく絡んできそうな男たちも、勇者の前ではそういう事はしない様だ。


「離れろ~じゃ~ま~だ~」

「……実は嬉しい?」

「馬鹿言え」


 勇者たちは歩きにくそうにしているが、その状況をひそかに楽しんでいるようにも思えた。


 それから勇者たちは、なんとかその取り巻きをあしらいながら、一件の建物の中に入っていく。

 どうやらそこは酒場のようだ。


「……勇者も酒場に入るんだ……」


 あの大きい人は確かに酒好きっぽいから、それに三人が付き合わされている感じが否めない。

 ちょっと意外だなと思いながら、調査をするべくレミもその酒場に入る。


 お金はちゃんと持ってきているので、何かを食べるくらいは問題ない。

 だが、こんなことなら果物食べるんじゃなかったなと、ちょっと後悔した。


 中に入ってみると、意外と小奇麗な場所だった。

 勇者が来るからと言って掃除したんじゃないかなというほどだ。

 店主は勇者一行につきっきりで、他の客のことはほったらかしである。

 そのため、他の店員がわちゃわちゃと忙しなく動き回っていた。


「私にとっては都合はいいけど……なんかな~」


 いくら何でも対応に差がありすぎるのではないだろうか。

 尾行以外の目的でここに来たのなら、速攻で店から出る自信がある。

 全く失礼な店である。


 そうしていると、座っているレミに一人の店員が声をかけてきてくれた。


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、じゃあ……水とスープとパンを」

「かしこまりました」


 何を頼もうか全く決めていなかったので、適当なものを頼んでしまったとちょっと後悔した。

 だが何も頼まないというのもおかしな話なので、何とか自然になるように繕う。


 とりあえずすぐに用意された水を飲みながら、勇者一行の会話に耳を立てる。


「でよでよ! リットが弓の糸切りやがってよ!」

「まだ言いますか! 敵のファイヤーボールで少し焼き切れていたのですから仕方ないでしょう!?」

「……言い訳?」

「言い訳ではっ! ないっ!」

「言い訳だね」

「だな」

「ちょっと!?」


 しばらく話を聞いていたが……どうでもいい話しかしてくれない。

 話の内容は全て今回の仕事のはなしだ。


 どうやら勇者一行は火山へと赴いていたらしい。

 その理由は、魔王軍の行軍で使用する道を断つことだ。

 このリーズレナ王国は、魔王軍と戦っている軍の前線基地が近いため、時々魔王軍の残党がこちらに流れてくる事があるらしい。

 なのでこうして勇者が魔王軍の小隊が使用するであろう道を破壊するのだとか。


 今回は簡単な仕事のはずだったのだが、思わぬ敵が現れたらしい。

 それは、その火山のヌシであるラバーホース。

 溶岩の意味合いを持つその馬は、溶岩を食事としている変わった魔物だ。


 それにラバーホースの恐ろしい所は、溶岩をそのまま体に纏ったまま攻撃してくることにある。

 何千度にも熱しあがった溶岩は、近くにあるだけでも肌が焼けそうにあるくらい熱いのだ。


 火属性の魔法はほとんどを使用でき、減った魔力は体に纏わりつかせている溶岩を食べて補充する。

 長期戦になればなるほど、ラバーホースが優位になっていく。

 そのためラバーホースはSランクの魔物として登録されているのだ。


 実際に勇者一行もラバーホースと敵対して、不利な戦いを強いられたらしい。

 だがその戦況をひっくり返したのが、あの魔法使いだそうだ。


 魔力を練るのに相当な時間のかかる大魔法をなんとか発動し、ラバーホースそのものを凍り付かせたのだという。

 流石に弱点である氷系魔法をもろに食らえば、ラバーホースも無事では済まない。

 溶岩は一瞬で凍り付き、ラバーホースは逃げる暇もなく氷漬けにされてしまったらしい。


 その魔法使いもすごいのだが、もっとすごいのは時間を稼ぎ切ったあの三人だろう。

 二人は接近武器を携えているので、あの溶岩の塊に立ち向かったはずだ。

 だがどうだろう。

 今酒場にいるあの二人には火傷どころか、かすり傷一つない。


 それだけで二人の実力を測ることが出来そうだ。

 流石、勇者と呼ばれるだけのことはある。


 偽勇者だが、実力が確かなものなのだから誰も疑わないのだろう。


「……勇者の戦い方……喋らないかなぁ……」


 少しでも何か情報を掴もうとするレミだったが、結果と経過だけしか話さないので余り有益な情報は得られない。

 戦いの参考になればと思ったのだが……残念である。


 そうこうしていると、料理が運ばれてきた。

 とりあえずパンを千切り、スープにつけて食べる。


「あ、おいし」


 意外と当たりな店だった。

 レミはそのまま料理を食べていく。

 勿論聞き耳は立てながらだ。


「あぁ。これ包んで持って帰ってもいいかな」

「勿論です勿論です! こちらですね!」


 店主がヘコヘコしながら、偽勇者が指定したパンや果物を包んでいく。

 随分と大量に抱え込んだなと思って見ていると、それを受け取った偽勇者はすっと立ち上がった。


「あ、またですか。もの好きですねぇ」

「いいのさ。じゃ、ちょっと待っててね」

「おう! お前の仕事だ行ってこい!」


 お前の仕事とはなんだろう。

 それが非常に気になったので、今度は勇者一行から偽勇者の尾行に切り替える。


 偽勇者の後を追いかけるようにして勘定を払い、店を後にする。

 とととっと歩いていくと、勇者がローブを被って路地に入っていくところが目に入った。

 レミはすぐに走り出して追いかける。


 こそっと路地を見てみると、物乞いをしている子供や老人がいた。

 偽勇者はその人たちに、先ほど包んでもらったパンや果物を分け与えていたのだ。

 こんな近くに貧乏な人たちがいることなど思いもしなかったレミは、少し驚いてしまったが、何とか声は押し殺した。


 暫くしていると、偽勇者が奥へと進んでく。

 物乞いの前を通るのは少し怖かったが、それでも勇気を出して偽勇者を追いかける。


 複雑な路地を何度も曲がり、ぎりぎり気付かれない程度の距離を常に保ちつつ尾行を続けた。

 すると、偽勇者の持っている袋はすでに空になり始めており、今は片手で持てる程度の量しかない。


 偽勇者は、その少なくなった食料を持ち、一つの家に入り込んだ。

 流石に部屋の中に入られては追いかけられない。

 部屋まで入れば見つかる可能性が高い。

 そして、用事が終わればあの酒場に帰るはずなので、おそらく今レミがいるこの通りをもう一度通るはずだ。


「か、隠れないと……」


 周囲を見渡して隠れれそうな場所を探す。

 だが、一切隠れれそうな場所がない。


 流石にこれはまずいと思い、何とかしようと隠れるのに役立ちそうなアイテムを探し出す。

 すると、地面に落ちているぼろっぼろの大きな布を見つけた。

 踏みつけられ、破られ、汚くなりまくった物だ。


 咄嗟にそれをひっつかんで、物乞いの近くに行って、それを頭からかぶる。

 これでほとんどその辺の物乞いと変わらないはずだ。


「くさいぃ……」


 酷い匂いだが我慢。

 汚いだろうが我慢だ。

 ここで耐えれなければ、偽勇者に尾行していることがバレる可能性がある。

 いろいろ耐えながら、偽勇者が前を通ってどこかに行くのを待つ。


 待つこと数分。

 偽勇者は意外と早く戻ってきた。

 レミは気が付かれることもなく、無事にその場をやり過ごし、完全に偽勇者がこの場所を去ったことを確認してから、汚い布を投げ捨てた。


「最悪……」


 服についた匂いを確認しながら、先ほどまで偽勇者がいた場所を確認してみることにする。

 とりあえず扉の前まで行き、軽くノックをしてみる。


 だが返事はない。

 取っ手に手をかけ、ゆっくりと開けてみる。


 キィ……。


「空いた……」


 レミは警戒しながら中に入る。

 部屋の中は普通の部屋だ。

 最低限の家具しかないが、良く使われているのか、埃っぽさはない。


 すると、もう一つだけある扉を見つけた。

 その扉を開けてみると……鉄格子は前に出現する。

 訳の分からない作りに首を傾げていると、声がした。


「何奴か」


 ドスの利いた、恐ろしい音程だった。


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