8.28.夢の中の死者
また、あの空間に出てきた。
同郷の者を見つける度に見るのだろう。
まぁそれは置いておいて、久しく会う者たちの元へと歩いていく。
そういえば寝る前に西行が何処かへと行く気配を感じ取った。
また何かするつもりなのだろう。
彼が帰ってきた後の話が少しばかり楽しみである。
レミのことは心配ではあったが、スゥから話を聞いたので任せることにした。
とりあえず無事だったということが分かったので良しとしよう。
あいつであれば何とか解決して戻ってきてくれるだろう。
そう考えながら歩いていると、誰かがこちらに手を振った。
人数が二人ほど減ってしまっているが、それを補うようにしてもう一人の人物が胡坐をかいて申し訳なさそうな表情で木幕を見ている。
「……石動」
「まさかまた会うことになるとは思わなんだべ……。悪かっただよ」
「はぁ……。まぁ良いわ」
蒸し返すのもなんだか嫌だったので、この話はここで終わらせる。
ふと周りを見てみれば、どうやら石動は沖田川と葛篭と一緒に会話をしていたらしい。
職人同士気が合うのだろう。
そこで、珍しく槙田が上機嫌で木幕の肩を叩いてきた。
「木幕ぅ……」
「なんだ、不気味だな」
「フフフフ……フハハハハ! はよぉあいつこっちに引っ張ってこぉい……!」
「あいつ?」
「西行だぁ……!」
言われなくてもそうするつもりだ。
だが何故槙田がそんなに乗り気なのかが分からない。
不思議なこともあるものだ。
そういえばここに居る者たちは、木幕の周囲を観察することができるのだった。
視界を共有するとは違うらしいのだが、外の世界を見ることが可能らしい。
そこで槙田は西行のことをいたく気に入ったようなのだ。
だが、その理由は教えてくれなかった。
「とにかくぅ……早くしろよぉ……!」
「ええい、分かったから離れろ」
「グフフフ、フハハハハ!」
槙田が笑うとやはり恐ろしい。
その場にいた者たちは若干引いていた。
彼の性格上仕方がないことなのかもしれないが。
元より妖を参考にして剣術の型を作っている槙田だ。
その考えは誰から見ても異常だと言わざるを得ないだろう。
その笑い方に若干の嫌気がさしたのか、津之江が渋い顔をしながら槙田を注意する。
「ちょっと槙田さん、その笑い方やめてくださる?」
「雑魚がうるせぇなぁ……?」
「ざっ……! ぐぬぬぬ……なんでここに居る人たちは私より強いんですか……!!」
「知るかだらず」
「何言ってるか分からない方言やめてください」
水瀬との戦いのあと、津之江はここに居る者たちと一通り戦った。
だが、まさかの一勝もすることができずに負けてしまったのだ。
槙田には踏み込みで押され、沖田川には二秒で負け、葛篭には殴り飛ばされた。
その負けっぷりには話を聞いた木幕も同情する。
逆によく彼らに自分が勝てたものだ。
とは言え、沖田川と葛篭との戦いは単純に運が良かっただけだ。
自分の実力ではない。
沖田川が万全の状態で、葛篭に折れた刀が刺さっていなければ負けていたのは自分だろう。
木幕は謙遜し続けているが、沖田川と葛篭は彼の実力を認めていた。
なにせ沖田川の雷閃流を何度も何度も受け止めたのは木幕が初めてだし、葛篭に至っては真の侍と認めた人物なのだ。
これは誇っていいことなのだが、木幕はそれに気が付かないし、彼ら二人もそのことを口にする事はない。
それに比べて津之江はどうだ。
確かに躊躇のなさから言えば彼女の攻撃は苛烈極まるものだろう。
あの連撃に押され続ければ負けは見えている。
しかしそれだけなのだ。
長物は接近されると途端に弱る。
木幕はその弱点を補ってはいるが、津之江は補うことをしていなかった。
今までは一方的に斬ることのできる相手しか切っていない。
故に弱点を身をもって知ることができなかったのだ。
しかしあの器用さには驚かされた。
沖田川も一瞬で勝負を決めていなければ押されていただろうし、槙田も不意を打ったからこそ勝てたのだ。
津之江のペースに持ち込ませなかったという判断が、彼らに勝利をもたらせた。
ちなみに才能の塊である葛篭に負けという文字は一筆も書かれてはいない。
相性云々の話ではなく、単純に葛篭が強すぎるだけである。
なので彼との戦いは参考にはまったくならない。
「で、木幕や」
「なんだ?」
「西形と水瀬がおらんなった理由は分かったんか?」
葛篭の言葉に、首を横に振った。
結局どこにいったかもわからないし、そう言った話も聞かない。
情報がないので手詰まりもいいところだ。
「しかし心配じゃの」
「既に天に上っとーかもすらせんけぇどな」
「それなら老いぼれから先に行かせてくれんかのぉ」
「話し相手がおらーなっけぇやめてごせぇ」
「それもそうかのぉ」
沖田川と葛篭はそう話して笑いだす。
本当に仲がいい。
「木幕殿。葉隠丸の調子はどうだべ?」
「問題ない。良い腕だな石動よ」
「戦いはこれっぽちも才能がないだけどなぁ」
「お主はただ力任せに金砕棒を振るうだけでその辺の雑兵は恐れおののくだろうな……」
「そ、そんなに怖いだべか、おいは……」
その体躯で鉄の塊を振るえば、誰でも恐れるだろう。
見合った力量がないとできないことだ。
そこで、木幕の体が薄くなり始めた。
「む、今回は随分と早いな」
「早く西行を連れてこいって言ってんだよぉ……! 頼むぞ木幕ぅ……!」
「なぜそこまで頑なに……。まぁいいだろう……」
不気味な笑みを見届けて、木幕は目を覚ました。
スゥが腕を枕にして寝ている。
起こさないようにそっと腕を抜いてから立ち上がった。
朝早くだというのに、外が騒がしい。
だがこれは孤児院ではなく、その外から聞こえてくるものだ。
なんだろうと首を傾げながら、木幕は部屋を出て行った。




