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8.19.遅い

活動報告更新いたしました。

転小龍に関するお話です。

よければどうぞ。


 炊き出しも終わり、今は片付けに入っている最中だ。

 大きな鍋などを井戸の水で洗い、孤児院の中へと仕舞って行く。

 それらの作業をすべて任せた西行とローダンは、一度中へと戻って会議を行うことになった。

 勿論木幕も同行している。


「ケホッ……さて、どうしましょうかね」

「とっちめた方が早くないですか?」

「先に手を出したのはこちらだと言われて終わりです。先手を向こうに譲らなければ、こういう戦いは勝てません。この場合は、その証拠を探さなければなりませんけどね」


 西行は頬を掻いて思考を巡らせる。

 潜入自体は簡単だが、場所を絞らなければ有益な証拠を探し出すことは難しいだろう。

 証拠さえ手に入ってしまえば、あとは成るようになる。


 だがそこまでが難しい。

 西行はこの世界に疎い。

 疎すぎると言っても過言ではない程だ。

 今までの仕事とは一線を置くこの世界での仕事。

 家の形も違えば、夜に出歩く者たちも違うし、彼らの階級も見ただけでは分からない。


「……さて、では誰が怪しいか見当のついている人は居ますか?」


 そう言って、西行はローダンとエリーを見る。

 だが二人は怪しいと思われる人物に目を付けていた。


「「あの騎士かと」」

「……兵士ですか。まぁ妥当ではありますね」


 会話からしても、彼らが嘘をついているというのは分かった。

 しかし、彼らすらも騙されているという考えは捨てきることができない。

 予測ではなく、確証が欲しい。


 今は怪しい人物を上げて行くしかできないのだが、それで調べる先の方向性は決まる。

 西行が一番知りたいのは、その金がどういう道で運ばれてくるかである。

 いつもは騎士の一人が持ってきてくれていた。

 だがその彼は先ほど訪れた騎士の中にはいなかったはずだ。


 その人についても気になる。

 心配だ、と言った方がいいのかもしれない。


「では、ローダンとエリーは騎士とその上層部について調べてみてください。ケホッ、僕は一つ当てがありますので、今日の夜にでもそちらに行って調べてきます」

「分かりました」

「了解です」


 三人が同時に頷き、ローダンはすぐに部屋を出ていった。

 残った二人は夜の調査の方が得意なので、日が落ちるまではここで待機だ。


「難儀なことになってきたな」

「まったくです……。ケホケホッ。あの騎士が嘘をついているのか、その上層部か、もしくはその両方か……。どちらにせよ、証拠を探すのは難しそうですねぇ……」

「お前は文字が読めるのか?」

「フフッ、一通りは」

「ほぉ……」


 文字が読めなければ、情報収集などはできないだろうと考えて聞いてみたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 この世界の文字を覚えるのは大変だっただろう。

 よくやったものだ。


 そこで木幕は窓の外を見る。

 同じ様にスゥも少し心配そうに窓を見た。


「……遅いな」

「っ」


 あれからずいぶん経つが、レミが戻ってこない。

 宿を取って帰ってくるだけなのでそんなに時間はかからないとは思うのだが……。

 何かあったのだろうか。


「どうしました?」

「……一人連れが居てな。集合場所はここなのだが……」

「前の孤児院と間違えているかもしれませんよ」

「それもそうだな。スゥよ、一度戻って待ってみるか」

「っ!」

「では僕たちはここで待ちますよ。夜になったらここに戻ってきてくださいね」

「分かった」


 そうしてくれると、すれ違いが起こらないのでありがたい。

 スゥと一緒に外へ出た木幕は、先ほど通って来た道をなぞるようにして前の孤児院へと足を進めた。


 二人が出ていった後、西行とエリーは椅子に座る。


「師匠」

「ん?」

「……あの人と戦うんですか?」

「片割れに勝てたらだけどね」

「勝機は?」

「三割ってところですかね。接近戦では木幕殿に勝てないと思います」


 忍びは、勝てない戦いはしない。

 生きて帰るからこそ、その価値が発揮されるのだ。


 西行は今まで一度も不必要な殺人はしていない。

 見つからなければ使う体力も少なくて済むからだ。

 協力者の館へ侵入した時三人ほど殺したが、あれは協力者が叫んでも問題がないようにする為である。

 不必要というわけではなかった。


「そんなに……」

「強いですよ。相手の力量を測れないのは致命的な弱点です」

「うっ……。いや、今はそう言う話をしているわけでは……」

「ケホケホッ、確かにそうですね。でもまぁ……簡単に負けるつもりはありません」


 その言葉を聞いて、エリーはやはり腑に落ちないといった様子で口を尖らせた。

 西行は、負けることを前提に話を進めているのだ。

 それが彼らしくないのである。


 不服そうな表情を読み取った西行は、小さく笑ってエリーの目を見た。


「忍びは道具です」

「え?」

「忍べと言われたら忍び、死ねと言われたら死に、殺せと言われたら家族であろうと友人であろうと殺す。僕たちは必要時に使われて、不必要になれば捨て置かれる。言わば、常に死兵です。僕たちの強みはそれだけなのです。その強みだけで、彼にどこまで通じるのか……僕はそれが知りたい」


 至極真剣な様子でそう語った西行は笑ってこそいたが、その笑顔は非常に冷たかった。


 忍びが強いと言われているのは、闇夜に紛れ、有利な状況で有利な武器を使い有利な戦い方をするからだ。

 しかし、それは奇襲を成功させた場合の話。

 失敗すれば不利な状況へと一気に持ち込まれる。

 既に抜刀した侍へ戦いを挑むというのは、火に飛び込む蟲の如く無謀な行為なのだ。


 なので、木幕との一騎打ちは現実的ではない。

 正面切ってやり合えば確実に負けるだろう。

 だが西行は片割れとの戦いが終わった後は、彼との一騎打ちを受けようと思っていた。


 自分が、武に何処まで抵抗できるのか。

 ただ純粋な興味だ。


「それで……いいんですか?」

「僕はそれでいいと思っています。どうせ短い命なのですから、体が言うことを聞くうちに……」


 それ以上、エリーが言葉を発することはなかった。

 彼女の表情を見てみるに、自分の中で葛藤が渦巻いているらしい。

 であれば静かに待とう。


 あまり旨くない紅茶を、西行は口に運んだ。

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