8.10.孤高軍三強、ローダン・アレマテオ
肩を掴んできた人物は男だ。
華奢な体をしてはいるのだが、彼にはある程度の強さを感じ取ることができた。
肩から伝わってくるその手の感触は、何度も何度も剣を握って素振りを繰り返してきたものであった。
目深にハット帽子を被っている彼は目元があまり見えない。
服装はレザー装備一式であり、重い鉄製の防具は一切纏っていなかった。
そして彼の腰には、細剣が携えられている。
「お、お会いしとうございました!! いやや、私は孤高軍三強が一人、ローダン・アレマテオ! ルーエン王国にて命を救ってくださった者でございます!!」
「……知らん!!」
「そうでございましょう! 貴方様がルーエン王国を出てからのお話なのですから! されど! スラム街からお救いの手を差し伸べてくださったライア殿が、すべては木幕様のお陰だと口癖のよう申しておりました! よもやこんな所でお会いできるとは……!! 私ローダン、感激にございます!!」
見た目に反して暑苦しいこの男を何とか引っぺがす。
感極まって暴走してしまったことに気が付いたローダンは、申し訳なさそうに帽子を取って頭をさすった。
そこからは柔和な表情をした顔が現れた。
彼のような顔で、あそこまでまくしたてるのはなんだか似合わない。
それはエリーも思ったのか、意外な一面を見てしまって若干引いていた。
ローダンは一度咳ばらいをしてから、再度礼儀正しく礼をする。
「失礼、少し取り乱してしまいました。しかし木幕様には覚えはなくとも、私どもを救ってくださったきっかけを作ってくださった貴方様には、感謝が尽きないのでございます。木幕様のことは何度もライア殿に教えてもらいましたからな」
「ライアの奴……余計なことをべらべらと……」
「はははは。まぁそう言わないでやってくださいませ」
やはりあれは一度しっかりと叩きなおす。
そう決意した木幕は、軽く指を鳴らした。
それはさておき、このローダンという男のことまったく知らない木幕。
一体どのようにしてここに来たのかを聞いてみると、ライアに助けられた時のことから話をしてくれた。
どうやら彼もスラム街の住民だったらしく、ルーエン王国では酷い仕打ちを受けていたのだとか。
幼い頃は両親がいたが、父親に借金ができて家は売られ、母親は何処かへと連れて行かれ、父親も姿を隠してローダン一人だけが残ってしまったらしい。
それからがスラム街生活の始まり。
それから数年経ち、もう生きる気力も見いだせなくなった頃、ライアが声をかけてくれたのだという。
資金に余裕ができたライアは、新しい人材を確保すべくスラム街にいる強そうな人物に声をかけていた。
その一人が、このローダンである。
ローダンを合わせて二人のスラム街出身者を連れ出したライアは、まず料理を振舞ってくれた。
それから次第に体に肉がついていき、働けるようになったところでライアから剣術を教わることになったらしい。
バネップも参戦して当時は大変なことになったと言っていたが、それはなんだか想像に難くない。
短い鍛錬ではあったが、幼少期剣をある程度握っていたことも幸いして、ローダンは目まぐるしい速度で力を付けていった。
戦えるようになったところでギルドへと放り投げられ、無茶苦茶な依頼を何個かさせられたこともあったがこうして生きている。
それで資金を集め、今度は自分たちがスラム街の人物を助ける番となり、バネップとライア協力の元しばらくはルーエン王国で活動をしていた。
だが少し経った時、ライアからここマークディナ王国の孤児やスラム街にいる者たちを、ここと同じ様にして助けてやって欲しいと言われたのだ。
資金を渡され、託された。
まだ救える者たちを、いつかあの人のために役立てるために。
「……で、今はお主がここを指揮していいるのか」
「はい。ルーエン王国での修行から時間が経ち、こうして新しい国へ兵力を整えるための準備に参りました。初めはどうなることかと思いましたが、やはり金があれば何でもできますね。エリー殿にもご助力していただき、こうして何とか人々を助けている所存にございます」
「三ヵ月……だというのに、良くここまで育て上げたな。大儀であるぞ」
「おぉ……! ありがとうございます!」
ここまで長い道のりだっただろう。
飢餓状態の人を普通の生活ができるまでに回復させるのには時間が必要だ。
次第に助ける人々を増やしていき、その者たちが新たな労働者となる。
そしてまた人々を助けることができるという連鎖を、何度も繰り返した結果だ。
中々できる事じゃない。
それができたのは、彼の行動力と、孤児院出身の冒険者たちが協力してくれたおかげだ。
一人でできることには限りがある。
だがこうして集まり、協力し合うことができれば、様々なことを成しえることができるのだ。
それを具現化したローダンは、良い人材である。
ライアが選んだというから少し心配だったが、杞憂だったようだ。
人を見る目はあるらしい。
「お、そうだ。ルーエン王国の子供たちは元気か?」
「それはもう! 最年長のアネッサ殿は大人でも従う程のリーダーシップを有しておられます。若いながらに負けてはいられないと、張り切ったものです。イータ殿、ウィリ殿、ウルス殿、ヨーク殿は四人で一つのパーティーを結成していますね。エンリム殿は……あの恐ろしいメランジェ殿直々に魔法を学んでいるようですが……私でも勝てるかどうか……」
「ほぅ。皆、強くなっているのだな」
「子供の成長速度は速いものです」
皆元気であり、尚且つ強くなっているということであれば、何も言うことはない。
彼らも鍛錬を怠ってはいないようで一安心だ。
「さ、立ち話も何ですし、中へどうぞ」
「すまんな」
木幕たちは屋敷の庭を歩いていく。
そう言えばレミにこの場所を教えてはいないが……まぁ何とかするだろう。




