7.49.真剣勝負
レミとスゥが話を終え、外に出てみれば、両者は距離を保って得物を構えていた。
石動は肩に担いだ金城棒をしっかりと握りしめ、木幕は葉隠丸を抜刀して下段に構えている。
石動の持っている武器は重い。
故に上や横からの大振りの攻撃が基本となる。
下段では持つのは楽だが、振るうのに時間を有してしまう為肩に担いでいるのだろう。
仁王立ちの構え。
動くことをする気配もないその立ち姿に、木幕は彼の強みを感じた。
不動とはよく言ったもので、あれではどう頑張っても動かすことはできなさそうだ。
地面に根が張っているかの如くずっしりとしたその体格。
太っているのではなくただの筋肉の塊だという表現の方が正しいかもしれない。
では、自分は一歩でも彼を動かしてみようではないか。
新しい葉隠丸を握る手に力が入る。
柄は昔と変わらない。
故にしっくりとくる。
馴染んだその柄は数々の戦場を駆けまわった証だと言えるだろう。
「行くぞ、石動」
「んだ!」
スッと足を動かした。
そしてだんだんと勢いをつけて石動へと肉薄する。
下段からの構えを崩すことなくすり足で歩み寄るその姿は、確かな殺意を持っていた。
それに石動は一瞬動揺する。
彼は本気なのだ。
歩み寄られるだけで感じられるこの重圧は、戦場を経験したことのない石動にとっては未知の領域。
ゾワリとした悪寒が背中を走り抜ける。
だがその感覚は何処かで覚えがあったような気がした。
それは何処だったか覚えてはいない。
だが懐かしい感覚だということは分かる。
油断していれば本当に一撃でやられかねない。
そう望んだが、こうして対峙すると本能が生きろと呼びかけてくるような気がした。
金城棒を握りなおす。
若干力を加減して握ったそれを、木幕が来る瞬間に思いっきり横に薙ぐ。
「石動流、炉崩し!!」
炉を崩す時に槌を振るう要領で、金城棒を振り回す。
その勢いはすさまじく、そして速い。
金城棒の見た目からの重さとはまったく違ったその速度に木幕は思わず回避する。
伏せて回避したその攻撃は、見事に空を切って振り回された。
そのまま大上段へと構えられ、金城棒の柄頭付近が握られる。
最大火力。
金城棒の鉄としての重さ、石動の純粋な力量、そして一番武器に頼った振るい方をできる柄頭の付近を握った攻撃。
その速度は、先ほど横に金城棒を振るった物とはまったくの別物だと考えていいだろう。
伏せた状態のままの木幕。
その攻撃を目では追っていたが、到底回避できるものではないと悟った。
無理にでも躱せば、足を折られてしまうだろう。
いくら何でも石動の攻撃速度が速すぎるのだ。
本当に鉄の塊を振るっているのかと疑いの目を向けるほどである。
この状態からであれば、受けるしかない。
そこで一瞬の不安が木幕をよぎった。
また折れるかもしれない。
折角新しく作ってもらった葉隠丸。
こんな鉄の塊とぶつかり合えば、いくら名刀だと言っても折れてしまうのが普通だ。
では回避するか?
刀は無事だろうが、自分の体は怪我をすると直感していた。
ではどうする、避けるのか、受けるのか。
「ッ!」
木幕は歯を食いしばる。
曲げていた膝を伸ばし、その勢いに乗せて刃を上へと持ち上げた。
木幕は受けるとも避けるともせず、斬ることを選択した。
相手の攻撃が威力を増す前に斬り、勢いを殺す。
手持ち付近の細い場所を狙えば折れることはないだろう。
石動もろとも斬る勢いで、そのまま立ち上がって下段からの攻撃を繰り出す。
刃を信じろ。
日本刀を信じろ。
長年時を共にしてきた愛刀、葉隠丸を信じ、渾身の力を持って刃を振り抜く!!
パカン!!
ズバチッ!
「……は?」
木幕は刃を天へと振り切った。
刃は折れているどころか、刃こぼれすらもしていない。
そして、石動は胸から喉にかけてを大きく切り裂かれていた。
彼の持ってる金城棒に目を向ける。
先端は何処かへと吹き飛び、後方でゴドンゴドンという音を立てながら転がっていっていた。
木幕は、鉄の塊であるはずの金城棒を斬った。
普通有り得ないことである。
それに大きな違和感があったことが、この手から伝わってきた感触が脳に伝えてきた。
もう一度倒れ行く石動を見てみれば、その顔は笑っている。
何故そんなに満足そうなのか。
理解できず、斬り抜いた状態のまま、石動が倒れるまで固まっていた。
「え……!? ええ!?」
「っ!!?」
レミが飛んでいった金城棒を追いかける。
あんなに重い物がどうして飛んでいくのか理解できなかった。
重いだろうと思いながらそれに手を近づける。
だが手に取ってみると、想像の何倍も軽かった。
「……え?」
断面を見てみると、鉄の断面は顔を出しておらず、その代わり木材が顔を覗かせていた。
レミでも片手で振るえるほどの軽さ。
だが表面にはとても薄い鉄のプレートが巻かれている。
木幕も、石動が未だに持っていた得物の手持ちを見てそれを理解した。
ぐっと歯を食いしばり、葉隠丸を握る手に力が入る。
「この……! 死にたがりが!!」
「……」
始めから、この男はこうするつもりだったのだ。
であれば、彼の持っていた本物の金城棒はどこにいった?
そう一瞬考えたが、それは自身の手に収まっているということに気が付いて押し黙る。
石動は、砂鉄と共に自分の武器を炉の中に放り込んだのだ。
となれば、この葉隠丸を形成したのは明らかにあの金城棒の中に入っていた玉鋼だろう。
やはりこの世界の鉄では、日本刀は作れない。
良質な鉄は作れるかもしれないが、日本刀の原料になる程の純度の鉄にはならないだろう。
石動は、砂鉄を見た時からそれは分かっていた。
この鉄では日本刀を作ることができない。
であれば、自分の金城棒を使うのがいい。
だから、炉の中に金城棒を入れた。
彼の、日本刀を作る為に。
石動は笑ったまま、事切れた。
木幕はそれに舌を打ち、血を振るって葉隠丸を納刀する。
何と気分の悪い勝ち方だ。
やはり職人の考えていることの一部は、本当に理解しがたい時がある。
「レミ、スゥ。この領地を出るぞ」
「……分かりました」
木幕が石動に背を向けて歩きだす。
その間にスゥが獣ノ尾太刀の力を使って、石動を地面へと潜り込ませた。
最後に手を合わせて頭を下げたのち、木幕と待っていたレミについていく。
この時間からであれば、どこかしらに向かう馬車が出ているだろう。
できれば航路は避けたいなと、レミはこれからの事について考えだす。
それが彼女の仕事だ。
若干重い雰囲気のまま、彼らは鍛冶場を後にしたのだった。




