2.13.お断り
本物は何処だ。
その言葉に反応をしたのは一人だけだった。
勇者はピクリと眉を動かしたが、それ以外は平静を装っている
他の三人は、まず木幕の言っている意味が理解できていなさそうだった。
「本物……? どういうこと?」
「その刀の主のことだ」
「ああ、そういうことね。これは貰った物なんだ。だから前に使っていた人のことはわからない」
嘘だ。
いや、嘘と本当のことが混じっている。
貰ったというのは本当だろうが、表現が適切ではない。
正しくは奪った物だろう。
そして、前の主のことはわからないというのは完全に嘘だ。
侍が易々と自分の魂である刀を渡すわけがない。
奪われそうになったなら、何としてでも死守するはずだ。
木幕はこの勇者が偽物だという事を、初めて見た時の違和感より感じていた。
まず髪の色。
これはこの世界に溶け込むための偽装かと思ったのだが、よく見てみれば地毛である。
その様な髪の色をしている侍は、見たことが無いし、おそらくいないだろう。
そして、移動中に見たこの勇者の足取り。
足音をタンタンと鳴らしながら歩いていた。
それにより鎧がガッシャガッシャと煩かったが、それにも無関心を示していた。
まるで、それが普通であるかのように。
確かに鎧を身に着ければ音はなる。
しかし、あのように足を投げ出す歩き方はしない。
それがこの勇者が偽物であるという事を教えてくれた。
さて、ここで問題が発生した。
それは、本物の槙田正次は無事なのかということだ。
ガリオルならともかく、この勇者からはあまり強者の圧を感じない。
なので正面切っての戦いであれば、本物の槙田正次が負けるという事はないはずだ。
であれば、普通に盗んだのか、もしくは毒か何かを仕込んで殺したのか。
だが、この勇者は確実に槙田正次を知っている。
でなければ名前を知らないだろうし、腰にある武器も奪えなかったはずだ。
槙田正次は……生きているのか?
武器が手に入れば必要なくなるだろうし、生かしていれば勇者に危険が迫る。
普通であれば殺しているに違いない。
「えっと……モクマクさん……?」
「用は済んだ。帰る」
「えっ! ちょ!」
リットとメアが木幕を呼び止めるが、すでに聞く耳を持っていない木幕はさっさと来た道を帰っていく。
勇者はその様子を笑顔で見送っていたが、そのうちに隠れた本性だけは隠しきった。
だが、ガリオルは、今までともに旅をしてきた仲間を、この瞬間一度だけ疑ったのだった。
◆
宿に帰ってきて、ベッドに横になる。
槍はベッドの隣に置いている。
あとで手入れをするためだ。
ここまで帰ってくる道中、様々な人の目線を感じた。
先ほどのこともあり、もう噂として広がっているかもしれない。
ガリオルと一騎打ちをしたのは失敗だった気がする。
だが、一人として声をかけてくる者はいなかった。
そのため、宿まではスムーズに帰ってくることが出来たのだ。
「……行き詰った」
勇者が槙田正次の偽物という事が分かったまでは良かった。
だが、本物の槙田正次が生きているのかすらわからない今、今木幕がやれることがなくなってしまった。
本当であれば、勇者一行を尾行したいのだが、すでに顔がバレているのでそれは難しい。
そこまで考えてふと思ったのだが、なぜあの偽勇者は勇者と呼ばれているのだろうか。
強者の気配は感じなかった。
勇者と呼ばれているのだから、それなりに強いとは思うのだが……。
これは実際に手合わせしてみなければわかりそうにない。
さて、どうしようかと考えていると、眠たくなってきてしまった。
ここは一度寝て、頭の中を空っぽにするのがよさそうだ。
そう思い、目を閉じた瞬間。
「師匠ー!」
「……」
レミが扉を開けて入っていた。
そういえば、鍵をかけるのを忘れていたことに気が付く。
失敗だ。
「なんだ」
「さっきですね! 勇者が──」
「そいつは偽物だった」
「……へっ?」
状況を飲み込めないレミに、先ほどあったことを掻い摘んで説明していく。
槍で勇者一行の一人、ガリオルと戦ったという事を話すと、それに食いついた。
「槍で!? なんで連れて行ってくれなかったんですか! 見たかった!」
「レミは寝ていたからな」
「うぐっ」
あの時は下でカリンの話を聞いていた。
わざわざレミを起こしに行くなど面倒くさいし、そもそも部屋に入れなかっただろう。
ここは寝ていた者が悪い、という風にしておいた方がいい。
「あ、これで戦ったんですか?」
「いかにも」
「へ~」
レミは槍を手に取る。
ずっしりとした重みが槍から伝わってきたようで、少し体勢を崩したが、持てないことはなさそうだ。
「お、重い……」
「男が使っていた槍だからな」
「え!? 盗ってきたんですか!?」
「失礼な。借りているだけだ。これから手入れをして返すつもりでいる」
これは本当の事だ。
あの男が今どうしているかはわからないが、その辺にいる人に話を聞けば、そいつの居場所くらい聞き出すことが出来るだろう。
レミから槍を受け取り、刃を外してみようと試みる。
研ぎは刃を取らないと出来ないからだ。
しかし……取れなかった。
「……」
「なにしてるんですか?」
「刃が取れぬ」
どうしてくっついているのかと、槍をまじまじと見て気が付いた。
どうやら柄に合わせて鉄を筒状に作り、深く嵌めてしまっているようだ。
ほぼ一体化している。
「研ぐ気が無いのか?」
「と、取れそうにはないですね……」
こうなってしまっては、砥石を動かして刃を研ぐしかない。
砥石に相当な負荷がかかってしまうし、綺麗に研ぐことは叶わないだろうが、しなければならないのだ。
後で何処からかで砥石を工面してもらうことにする。
一度槍を置いて、レミを見る。
「……む」
「?」
「そうか。レミならば行けるではないか」
「な、なにがですか?」
「勇者一行の尾行だ」
それを聞いたレミは、顔から血の気が引いていった。