7.30.打つ音
カーン、カーン!
テンテン。
カーン、カーン!
テンテン。
大きな槌を力強く振るう音と、小さな玄翁でここを叩けと相槌を行う音が響いていた。
指示を出す玄翁の力加減を考慮し、大きな槌を振るう男性は加減を変える。
それによって打たれた鉄を見て、今度はここをこの力加減で叩けと指示を出す。
熱く燃え滾る炉が真隣にあった。
その火の光のみが頼りとなっており、打つ場所をよく見ることができる。
火の光に照らされた二人の男性は、汗を流しながらまた槌を振るう。
どちらも熟練した手つきで、止まることなく一定間隔で槌を振る姿はまるで音楽を奏でている様だ。
その姿を近くで見ている少年がいた。
正座をしてただじっとその光景を見ている。
邪魔にならない位置にいるつもりなのだが、彼ら二人にとっては見られているということが頭に掠っただけでも意識が若干ずれるらしい。
かと言って子供にそんなことが分かるはずもない。
仕方なしに置いて見せてやってくれてはいるようだが、彼らは既に少年が近くにいる事すら忘れているようだ。
鉄を練って練って、また練っていると温度が下がって硬くなる。
それをまた炉の中に突っ込んで熱し直し、また打ち始めた。
いったい何度やれば気が済むのだろうと思う程、同じ作業を繰り返し続ける。
だがそれは唐突に終わった。
次炉から出した時、玄翁は違う音を出したのだ。
それが合図だったかのようにして、大きな槌を振るう男は打ち方の加減を変えた。
練り続けていた鉄を、今度は伸ばし始めたのだ。
ようやく工程が変わったと、少年は少しだけ目を見開いて凝視する。
塊となった鉄がどんどん伸びていく。
だがそれもゆっくりだ。
冷めれば熱し、また叩く。
同じ作業の繰り返しだったが、鉄が伸びていきようやく日本刀の形になってきていることに、少年は歓喜した。
次第に形になっていく日本刀は、まだ切っ先が作られていない。
今はただ伸ばす。
だがその際にも力の入れ加減を玄翁を持った男性が教えている。
それに合わせて大槌を振るう男性も加減を変えて打ち続けた。
どれくらい時間が経ったか分からなくなったころ、ようやく形が出来上がった。
また直刀ではあるが、今はこれでいいらしい。
大槌を持っていた男性は一度そこを離れていく。
次の工程の準備をしているようだ。
玄翁を持った男性は、切っ先を作り始めた。
道具を手に取って、切っ先を作る為に刀身の先端を斜めに切り落とす。
すると、また玄翁を手に取った。
また熱しながら丁寧にしのぎの部分を叩いて作っているようだ。
今作っているのは刃部分。
それを一人で淡々とこなしていく。
その表情は真剣そのものだ。
一点にしか集中しておらず、焼き直す時にもその表情は崩さない。
丁寧に、また力強く、そして完璧に。
何度も何度も赤い刀身を叩き、長い時間を掛けて刃の形を作りだした。
形が整った後、先ほど何処かに行った大槌を持った男性が帰って来た。
籠に何かの土を入れているようだ。
それを形を整えた刀身に塗りたくっていく。
遠くで見ているので、何処をどのようにして塗っているのかは分からないが、刀全体に塗っているように思える。
それが終わった後、慎重に炉へと刀身を入れた。
細心の注意を払い、熱し続けていく。
最後にその赤い刀身を、水に漬けた。
大きな音を立てながら、刀身が冷却されていく。
普段聞き慣れない水の音は、なんだかおもしろい。
水から上げられた刀身は……反っていた。
どうしてそうなるのかと、少年は驚いたが声には絶対に出さない。
そうすれば追い出されるのが分かっていたからだ。
二人は刀身の出来を確認した後、大きく頷いて片づけを始めた。
どうやらこれで刀身は完成らしい。
後は研ぎなどの工程が待っているのだが、ここでの作業はこれで終了だ。
そこで少年の存在を思い出したのか、大槌を持っていた男性が近寄って来て頭を撫でる。
「ったく、善八様よぉ。来るのは構いませんが、御父上には許可を取ったのですか?」
「取っておらん」
「またですかー……。これで叱られるのは我々なのですぞ……?」
「自分の刀ぞ。楽しみに決まっておるではないか。できるまで家で待つなど、退屈で仕方がない」
「ほんっと、誰に似たんだか……」
苦笑いを浮かべた大槌の男は、また少し乱暴に善八の頭を撫でる。
その後ろから、怒声が飛んできた。
「ごりゃ内丸! さっさかたせい!」
「まぁまぁ親方。折角若が来てくれているんですから、少しは構ってあげましょうよ」
「じゃかしゃー。げなんどぎゃでもええわい」
「もー、堅物なんだから……」
「勝手にしとんなはれ」
そう言いながら、親方は奥の方へと引っ込んでいってしまった。
少しは素直になればいいのにと、内丸は頬を掻く。
「さて、善八様。刀の名は決まっておりますか?」
「む、お主らが決めるのではないのか?」
「ここだけの話、親方はああ見えて気に入った人にしか刀を打たないんですよ。それも自分の名前を打たないときた。その代わり作った日本刀を譲り渡す者に刀の名前を決めさせるんですよ。だから決めちゃってください」
「む、むぅー……」
急にそう言われると悩んでしまう。
まだ子供であるために、文字や言葉の引き出しは非常に少ない。
屋敷で勉学に励んではいるのだが、それでもまだ足りないのだ。
だがこれは自分の刀。
自分が名付け親になるのだから、しっかりとしたいい名を与えてやりたい。
うんうんと悩んでいると、格子戸から葉っぱがひらりと舞ってきた。
おやと思って、内丸はその葉っぱを掴んでまた外に出す。
少年が考えている内は片付けに専念するようで、またごそごそと作業し始めた。
ふと外を見やる。
ここは森の奥に立つ小さな鍛冶場だ。
なので多くの木々が天に向かって立っている。
どれもが手つかずであり、自然に形成された森がそこにはあった。
巨木は深々と地面に根を張り、地面からもむき出している。
「……葉隠丸……」
「んぇ?」
「葉隠丸というのはどうだろうか」
「葉隠丸? なんで隠してしまうんですか? もっと縁起のいい名前にすればいいのに。葉陽丸とか……葉勝丸とか」
「いや、これがいいのだ」
「ふむ、理由を聞いても?」
内丸は子供が考えるものは少し心配であったのだ。
この刀の名前は、善八の父親の元に届く。
半端な名前であればお叱りを受けるかもしれないと考えていた。
なので変な理由であったらすぐにでも変えるように説得するつもりだ。
とはいえ真剣に考えてくれた名前。
それを簡単に無下にすることはできないので、その理由を尋ねてみることにした。
話はそれを聞いた後からでも遅くはないだろう。
善八はずっと真剣な表情で、その理由を教えてくれた。
「葉は、様々な姿を見せてくれる。樹木についている時も、落ちた時も」
「ほぉ」
「刀にも、様々な姿を見せて欲しいという願いを込めた。その代わり、某も刀に様々なものを見せるつもりだ」
「はっはー、なるほど。確かに葉は色んな色があるし、年中枯れないものもある。葉の色が四季によって変わることから臨機応変、そして変わらぬ葉には不動の硬さを……。様々な姿とご自身もその考えを貫くという意思の硬さ……よく考えているじゃないですか善八様!」
「ま、まぁな」
若干思っていた以上のことが帰ってきたことに少し狼狽したが、すぐに姿勢を正す。
意味が増えるということはいいことだ。
どれだけあっても、困りはしない。
「では、隠はなんですか?」
「これは隠と丸を一緒につけたのだ」
「ほぉ。聞かせてください」
善八は、にこりと笑って内丸を見た。
「お主と、じいだ」
「……え、お、おいらですか?」
「うむ。じいは刀に名を残さぬと言ったな。お主も名を残すことを許されておらんのだろう? であれば、某がその名の入った刀を持ちたいのだ。刀匠の名が二つ入った、名刀を」
「ぉ、ぉおおお……! 師匠! 師匠ぁああああ!!」
「んじゃやかましゃー!」
「うっせぇ聞け!!」
「!?」
突然の砕け方に師匠である人物も驚いた。
だがそれに足る理由をまくしたてて聞かされれば、その怒りも収まるというものである。
「ったく……ガキが気ぃ使いやがって……」
「師匠ぅ~おいら涙がぁ……」
「わーったわーった。げな名さ付ける奴なんざ初めてだわ。善八、こっちゃこい」
呼ばれてすっと立ち上がった善八は、師匠と呼ばれた男性の元へといく。
何か言われるのかなと思っていたら、その大きな手で頭を撫でられた。
「お前、ええ侍になっぞ」
「フフ……っ」
突然、善八の膝がカクンと折れて膝をついた。
何事だと思って二人が伏せて体を確認してみるが、特に外傷はない。
なんだなんだと焦っていると、善八が小さく手を挙げた。
「あ、足が痺れ……た……」
「はぁ? ……ふっ、はっはっはっはっはっは!」
「脅かさないでくださいよー。へへへへ」
滅多に笑った姿を見せない老人。
木幕善八の前で、数十年ぶりになる大笑いを上げた。




