2.9.勇者
勇者を見つけた。
だが違和感が拭えない。
あの一行はおそらく勇者の仲間なのだろう。
誰もが強そうに見える。
そして一際目立つ腰に携えられている勇者の日本刀。
燃えるように赤い鞘は、赤漆の美しい色だ。
黒の柄がよく似合う。
他三人の顔立ちは、この世界の人物とさほど変わりない……。
だがしかし、勇者だけはこの世界の人とは違う顔だちをしていた。
木幕が見る限り、勇者は日の本の住人である顔だちをしているため、パット見は何も違和感がない。
しかしまじまじと見ていると、その違和感がどこからかに出てくるのだ。
違和感がにじみ出ている正確な場所はわからない。
だが確かに、何かが違う。
「……考えるのは面倒だ」
木幕は大通りに飛び出した。
右手で葉隠丸の鯉口を斬り、そのまま勇者一行へと向かって足を運ぶ。
道中呼吸を整え、準備を完了させる。
周囲の声が次第に遠くなる。
だが、近くにいる者のほとんどが、木幕に何かを言っているという事がわかった。
だが今は確認したいことがある。
これが確認するための一番早い方法なのだ。
勇者一行も、木幕の姿に気が付く。
周囲にいた兵士たちが、木幕の前に立ちふさがり、勇者一行は足を止める。
「……勇者様と同じ武器……?」
「本当だな。レプリカか?」
「わからんが……おい! そこの者! 直ちにその場をどけ!」
木幕はすらりと葉隠丸を抜刀する。
まだしっかりとした構えはせず、下段に刀身を置いておく。
兵士はそれに気が付いて、旗を捨てて剣を抜刀した。
その数八人。
剣を持っている人物が五人で、槍を持っている人物が三人である。
「勇者様に徒成すものは切り捨てるぞ!」
随分と猶予を残してくれる兵士だ。
あれではいつか寝首を搔刈れるだろう。
兵士の言葉に一切引かない木幕を見て、兵士たちはぐっと刀を握りなおす。
その後、兵士の一人が勇者に近づき、声を潜めて質問をした。
「勇者様。どうされますか?」
「多分僕と戦って見たくて前に出てきた人だろう? 生憎僕にはその趣味がない。だからやっちゃっていいよ。多分……今ここにいる人たちもそれが望みだろうし」
勇者の言う通り、今この瞬間、木幕には様々人々から嫉妬の念や、無礼であるという目で見られていた。
中には兵士たちにやってしまえと声をかけるものまで現れる始末だ。
呼吸法を戻していた木幕は、それら全てが耳に入っていたが、何を構うものかと無視を貫く。
すると、指示を受けた兵士の一人が前に出てきた。
槍を持っている兵士である。
「おい! 貴様は何が目的だ!」
「一度勇者と手合わせ願いたい」
「却下だ! どうしてもと言うのであれば、ここにいる俺たちを倒してから行くんだな!」
「分かりやすくて非常に結構」
槍を持つ兵士は、この中でも槍術に長けた人物であり、槍を使わせればまず負けることは無いと、他の者からも言われていた。
その実力は隊長クラスにまで匹敵するのだが、木幕がそれを知ることは無い。
木幕は相手が構えたのを見て、ようやく左手を柄頭に添えて握り込む。
下段の構えだ。
一方相手方は、普通の中段の構え。
やはり槍は構えは種類が少ない。
しかし、それだからこそ強みがあるし、長さを利用した攻撃が厄介となる。
だがそれだけなのだ。
別に木幕が槍兵を侮っているわけではない。
あの構えからして、訓練こそ積んできているようだが、槍使いには決定的な弱点が存在する。
それをあの兵士がどのように捌くのか、少々見物なのだ。
「はぁあ!!」
兵士が中段の構えのまま突っ込んでくる。
完全に突きを狙った構えだ。
木幕は相手が突きを繰り出してくる瞬間を見極める。
相手が踏み込んで槍を突き出した瞬間、木幕は左側に半身でそれを躱して懐に潜り込む。
槍の弱点は懐に潜り込まれることである。
さて、どうしてこれを回避すると、思いながら見ていた木幕だったが、兵士は不意を突かれたようで、目を大きく見開いて驚いていた。
ああ。この程度か。
木幕は左手を離し、右手だけで相手の喉仏目がけて柄頭を撃ち込む。
それは顎に命中し、兵士は少し浮かんで後方にどさりと倒れ込んだ。
男はすでに意識を手放しているようで、起き上がってはこない。
「……借りるぞ」
木幕は葉隠丸を納刀し、槍兵の持っていた槍を拝借する。
長さ約六尺。
木幕にとっては丁度いい長さである。
だが穂先についている毛が邪魔なため、葉隠丸で少し切った。
申し訳ないとは思ったが、こんな邪魔な物を付けていたら、戦いの邪魔になる。
見てくれを良くしても、己の技量が変わるはずもないのだから、無意味なことは先ある兵士にやめさせるようにと享受してやりたい。
木幕は槍の石突を数回地面にコンコンと打ち付け、その強度と重さを確かめる。
この槍は、刃先から穂先から石突まで、頑丈な鉄でできているようで、少々重い。
だがこれは槍本来の力を発揮するのに丁度良い物だ。
針の刃の形だけが気に食わないが、その事は今は放っておこう。
「レミがいないのが残念だ。せっかく槍術を見せれると思うたのだが」
とは思ったが、レミが居たら十中八九止められていただろうという事に気が付き、やはりいなくてよかったと一人で頷く。
槍を構え、次の相手に目線を向ける。
「ほぉ」
勇者が声を漏らす。
その一行も、先ほどの技を見ていたのか、興味深そうに見入っている。
とりあえず、興味を示してくれたことには成功したようだ。
だが、まずは目の前の七人を始末しなければならないだろう。
先ほどの兵士は全身を甲冑で覆っていた。
この者たちも例外ではない。
もし、普通に無力化しようと思ったら、葉隠丸で武具の隙間を狙うしかないだろう。
でなければ刀身に傷が入る。
なので……槍を拝借したのだ。
理由はただそれだけである。
木幕の構えは先ほど倒した兵士と同じ中段の構え。
だが、兵士と違って、握り込むのではなく支えているといった表現が一番正しい握り方をしている。
優しい手つきでその槍を包む。
「お主の主人は乱暴であるなぁ」
何処までこの槍を酷使してきたのだろうか。
柄には傷が入り、穂先もよく見てみれば酷い物だ。
柄の傷は歴戦の証として見てくれるかもしれないが、穂先は別だ。
手入れが行き届いていないという事がよくわかる。
「後で手入れをしてやろう。身を貸してくれる礼である」
鉄の塊であるこの槍と会話し、礼のために身を綺麗にすることを宣言する。
その直後、七人の兵士が突っ込んできた。