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7.8.アテーゲ領の木工細工師


 周囲からコンコンという音が響いている。

 斧で木の皮を削り、刃物で木材を削り、形を作っていく。


 大きな屋根の下。

 壁が二面にしかないこの建物の下で、多くの職人が作品を作っていた。

 誰もが集中し、時には仲間たちと一緒に共同作業をしている。

 完成間近の作品を前にとても慎重な手つきで作業をしている者もいた。


 木工細工師たちが集まる大きな工房。

 ここは一つの作業場であり、まだまだ周囲には役割に沿った専用の作業場があるようだ。


 そこを通り過ぎ、木幕たちは小さな一つの小屋へとたどり着く。

 石動が先導し、その扉を叩いた。

 中からバタバタと慌てながら誰かだ走ってきているようだ。

 そこまで慌てなくてもいいのにと思いながら、四人は小屋の中から出てくる人物を待つ。


 勢いよく開け放たれた扉からは、木くずに埋もれた後なのかという程に木の匂いがする女性が出てきた。

 体中には木くずが付いている。

 中世的な顔立ちをしている様に見えるのは、髪が短いだからだろうか。

 ぼさぼさの髪は手入れをしていないということが良く分かる。

 半袖で腰には様々な道具を入れるための腰袋が付いていた。

 ペンやら定規やらがはみ出している。


 彼女は四人を一人一人見て、わなわなと腕を振るわせてガッツポーズを決めた。


「お客さんだああああ!!!!」

「相変わらずうるさいだね……」


 彼女の発言を聞いて、ここはあまりお客が来ない場所だということが理解できた。

 この性格であれば仕方がないのかもしれないなと思いながら、石動が説明してくれるのを待つ。


「この子はエティ。おいが武器の鞘を作ってもらう時に頼む木工細工師だんな」

「いつもありがとう石動さああああん!! 僕頑張っちゃう! 本当に頑張っちゃう!!」


 フンスと鼻を鳴らしながら、腕でやる気を表現する。

 石動が彼女の腕を見込んで頼むのだから、実力はあるのだろう。


 木幕がそう考えている最中でも、エティははしゃぎまわりながら部屋の中を乱暴に片づけて行く。

 何とか空間を作り出した彼女は、そこにちょこんと座った。

 手招きをしているので、おそらくここに来て座れと言っているのだろう。


 石動はこういう性格なんだ、とだけ言ってから開けられた空間に腰を下ろした。

 木幕もそれに続き、レミとスゥも同じように座る。


「で、で! 今回はどんなの!? どんな形!? 依頼料はどれくらい!?」

「ああ、面倒くさいからこれで」

「ピョ!? き、ききき金貨!!?」

「師匠……少しは節約してください……」

「某の大切な懐刀となるのだ。金に糸目は付けぬ」

「まぁいいですけどね」


 レミは少しだけ注意はするが、強くは言わない。

 持っている薙刀は木幕が回収して来てくれた鉱石で作って貰ったものなのだ。

 あれはお金では買うことができないだろう。

 それに金に換算してみれば、レミの薙刀は木幕が今作ろうとしている刀よりも高価かもしれない。

 なので強くは言えないのだ。


 それにまだ金はある。

 本当に使い切ることができるのか疑問だ。


 金貨を受け取って動揺しまくっているエティは、これをどうしたものかと右往左往し始めた。

 こんな大金は持ったことがないのだろう。

 とりあえず自分の財布に入れるに落ち着いたようだ。


「じゃ、お話を続けて!」

「おいが日本の刀を作る……。大きさはこれくらいと、これくらいの二つ」


 石動は手で大まかな大きさを表現する。

 だがエティは職人だ。

 その程度の曖昧な依頼では作れるものも作ることができない。


「石動さん……それはちょっと……」

「ああ、分かってるだよ。まだ作ってないんだ。だから作ったら持ってきて、それに合う鞘を作って欲しんだべさ」

「ああ~なぁんだ! だったら話は早いじゃーん! それ、作れるのいつくらい?」

「大体、二ヶ月後」

「……なんて?」

「二ヶ月後」


 石動は真面目にそう言った。

 折れた刀を小太刀と短刀にするのにはそれくらいかかる。

 手の速い職人であればもっと短い期間で完成させられるのだろうが、石動はそうではない。


 作業工程の中で難しいのは、茎作りと切っ先作り、そして研ぎだ。

 この世界の道具では加工が非常に困難なのである。

 だが作れないことはない。

 何とか工夫すれば茎も作れるし、切っ先も作ることができる。


 恐らく茎、切っ先の形を作るのに二日。

 そして研ぎに約二週間程かかってしまう計算だ。

 小太刀にする刀はそれくらい慎重に研ぎ、形を整えていかなければならないのだ。


 だが実際、二ヶ月はかからない。

 預かった日本刀は研ぐ前に十日から二十日ほどその刀を見る。

 石動は刀を研ぐ前に、刀をじっと見つめるのだ。


 それは、その刀のことを知るという意味で行われる。

 時間をかければかける程、刀が何を斬って来たのかということが理解できるのだ。

 どういう扱いをされていたのかも……分かる。

 刀を理解すれば、その研ぎ方が分かるのだ。


 それに加えて、石動は日本刀を打つ仕事も控えている。

 この鞘は木幕の鞘を使うので加工は必要ない。

 鞘に合わせて刀を打つ。

 難易度は跳ね上がるが、それが返って石動を燃えさせた。


 ようやく石動の言った言葉を理解したエティが、血相を変えて迫る。


「にっ、二ヶ月!? どうしてそんなにかかるのぉ!?」

「必要な事だぁ。ああ、それと鞘に合わせて柄も作ってもらうだ。これは絶対にこの形にしてくれ」


 石動は一枚の絵をサティに渡す。

 それをムムムムと食い入るように見たエティは、その柄を見て唸った。

 難しすぎる、と言いたいのだ。


 柄頭の金具、そして柄の中にある鉄の竜。

 これをどうして紐だけで再現するか悩みに悩んでいるようであった。

 しかしやろうとしてくれているということは理解できた。

 それだけで印象だけは良く思える。


「うぅ~……こんな難しい加工どうするって言うんだよう……。これ何? 木で作るものじゃないよね?」

「鮫皮と組紐……あとは木だ。漆もあったらよかっただけど……。龍はおいが作っだ」

「漆ってなあに……?」


 この世界に漆はない。

 あるのかもしれないが、普及はされていないようだ。

 周辺を散策してみたりはしたが、どうにもそれらしき木はなかったように思える。

 それに危ないものだ。

 あれに価値を見出せないこの世界の人間を少しだけ哀れに思った。

 作れるのであれば問題はなかったが……無いのであれば仕方がない。


 石動は鮫皮((エイの皮))とは何かということと、組紐の結び方をエティに伝授する。

 あとはこちらが何とかするので、ここまでしてもらえれば問題はない。


 蚊帳の外にいる木幕とレミとスゥは、その会話をただ聞いていた。

 眠くなってきたスゥは、レミの膝で寝息をたてはじめる。


「じ、時間が掛かりそうですね……」

「うむ」


 組紐の練習だけで一ヵ月が終わってしまいそうだ。

 不器用ではないので飲み込みは良いエティだったが、ギュッと結ぶときにずれることがしばしばあった。

 慣れるのに時間が掛かりそうだ。


 結局、この小屋から出たのは夕方だった。

 もう少し調べ物をしたかったが、仕方がない。


 木幕たちは石動の鍛冶場で寝させてもらうことにした。

 長旅で披露している三人は、くたびれながら鍛冶場へと帰ったのだった。

 明日は港に行って交渉だ。

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