7.6.足りない素材
石動の鍛冶場にある鉄は、どれもこれも質の悪い物ばかり。
練習用にと大量にこさえた物しかないので、全て溶かしてしまったとしても純度の良い鉄など雀の涙ほどしか手に入らないだろう。
なので早急に材料を集めに行く必要があった。
だがこの世界に疎い木幕と石動ではほとんど役に立たない。
とは言えレミも鉄に詳しいわけではなかった。
なので何処で鉄が採掘できるのかと聞かれても、分からないと答えるしかなかったのだ。
ギルドに頼めば持ってきてくれるかもしれないが、安いものではだめだ。
採掘時から品質が良いもの。
そして砂鉄も欲しい。
「ふむ、足りない物ばかりだな」
「ですね……。この辺は海ばかりで山なんてありません。交易が盛んなのでもしかすると鉄もあるかもですが……」
「おいにそれを買うだけの金はないだ」
「そんな自信満々に言われても……」
無いなら無いと言ってくれるのはそれで有難いが、もう少し控えめに言って欲しいものだ。
レミの持っている金には余裕がある。
しかし、彼らは金で購入した鉄で満足してくれるのだろうかという疑問がよぎった。
そもそも石動の目に敵うだけの鉄があるかもわからないのだ。
これは長丁場になりそうだなと、レミは思った。
しかし刀を作っているところは確かに見たい。
この世界とは全く違った製法で作られる武器。
興味がないと言えば嘘になる。
だから今回の材料探しはレミも乗り気だ。
スゥはなんとなく話についてきているだけなので良く分かっていなさそうだった。
「あっ」
石動が何かを思い出したようにそう言った。
明らかに拙い何かがある声である。
「どうした」
「いや……実は……。おいの作った武器をここの城主が見ただんな。そんで作ってくれって頼まれてるだ。だけど……期日は決められるわ、素材はくれないわで、もう蹴っとるんだ」
「それに何か問題が?」
「最近兵が来るだ。いっつも一人だけど……」
「さっき吹っ飛ばしてたあの人ですね……?」
無理難題とも言える依頼に、石動はその依頼を蹴った。
だが領主命令ということもあって兵士は蹴ったことに怒り、頻繁に納品しろとの催促が来るようになったのだとか。
期日を決められるは、完璧な仕事を重視して時間をかける職人にとっては痛手であり、手を抜けと言われている様にしか思えなかった。
素材もくれないのでは、作ろうに作れない。
何度も何度もそうやって追い返しているのだが、どうにも懲りる様子がなかった。
追い返し方は少し乱暴ではあるが。
「でもちょっと心配ですね。領主さんの依頼を無視したって事は結構問題になっているかもしれません」
「ふむ……。レミよ、依頼を無視した場合、考えられる最悪の状況はどれほどある?」
「んー……まずは兵士で拘束されるとか、領主命令を蔑ろにした罰が課せられたりとか……ですかね? 葛篭さんみたいにはなりません」
「葛篭殿を知ってるだか!?」
「ああ。お主がいると聞いて、ここに来た」
「……てことは……」
「……うむ」
木幕は石動が言いたいことを察して、頷いた。
ここに転移させられた時、聞いたことは全て同じだ。
否応にも理解することだろう。
もう既に葛篭はこの世界にいない。
それを少し寂しく思ったが、強い武人が最高の相手と立ち合うことができたのだ。
同じ職人として意気投合した仲ではあったが、やはり武人の性というのは止められない。
石動は少し感傷に浸ったが、納得したように頷いた。
「強かっただか?」
「ああ。葉隠丸が折れなければ、斬られていたのは某だったからな」
「本当に、いい刀だなぁ……」
主のために折れる刀。
そんなことは刀匠をやっていても聞いたことがなかった。
だがあの手入れのされ方を見れば、刀が主人に尽くそうとする心意気も見て取れる。
最高の相棒だったのだ。
その新しい相棒を、自分に作れと命じられた。
これはもう引くことはできないし、やり切るしかないともう一度覚悟を決めた。
まだ刀は打てないのかと若干震える右腕を、もう少し待てと左手で抑え込む。
そこでレミが話しかけた。
「えーと、話を戻しますね。今は兵士一人が来ているだけで済んでいるみたいですけど、これからどうなるかは予想がつきません」
「そうだか。だけど、おいはもう木幕殿の刀を預かった。だから城主の話は無視すっぞ」
「領主です……」
どちらも変わらないだろうと思ったが、どうなのだろうか。
ここは国ではなく領と呼ばれている。
何処かの大きな国に属する小さな土地だとは思うのだが、それにしてはしっかりとした作りをしていた。
国と形容しても問題がない程に。
何はともあれ、これだけ大きな領地を持っているのだ。
ここでの権力は相当あるに違いない。
もしかするともっと大きな邪魔が入るかもしれないので、石動としては早急に鉄を回収して刀を打ちたかった。
「じゃ、とりあえず……材料となる鉄を探しましょう! まずはそれからです」
「目利きはおいができる。一緒に行こか」
「情報収集であるな。分かった」
やることが決まった。
四人は立ち上がって各々の武器と手に取り、アテーゲ領の中を散策することにしたのだった。




