7.4.刀鍛冶
木幕に殺してくれと懇願して、大男は泣き崩れた。
こんな人間に会ったのは初めてだ。
言っていることの意味が分からなかったので、素っ頓狂な声が出てしまった。
理解しようと頭の中でその本当の意味を考えてはみるが、答えは全く見つからない。
三人が呆然としている間にも、大男は大声を上げて泣き始める。
それに苛立ちを覚えたのは、木幕だった。
「男が簡単に泣くでない!」
「うわああああ!」
「うるさっ!!」
どうやら拍車をかけてしまったらしい。
これでは収拾がつかない。
名前すら聞いていないのに、殺してくれと言われるのはなんだか癪だ。
一体どうしてそんなことを言いだしたのか、まずはそれを聞きたい。
しかし、ここまで泣かれていては話をしようにもすることができないだろう。
とりあえず一歩下がり、泣き止むまで待つことにした。
落ち着けば話もすることができるだろう。
そこで、心配そうにスゥが近寄って肩をポンと叩く。
「うおおおおおおん!!」
「っ!!?」
何をしても大声で泣いてしまう大男に、スゥは飛び跳ねて驚いた。
これだけで何故泣くの、と不思議そうな顔をする。
これは本当に落ち着くまで話はおろか、名前すら聞けなさそうだ。
三人は困った顔をしながら、彼が泣き止むのを待ったのだった。
◆
未だにすすり泣いてはいる大男ではあったが、ようやく落ち着いて膝を抱いている。
外ではなんだったので、彼が出てきた鍛冶場の中に入っていた。
さて、落ち着いたまでは良かったが、何か質問をするのも慎重にしなければならない。
この大男、見た目の割に繊細だ。
感情がすぐにでも爆発してしまいそうなことを言うのはマズい。
また話を聞くのに時間がかかってしまう。
なので木幕は、まず無難なところから聞いていくことにした。
「名前を、聞いてもいいか?」
「石動伝助……」
「見たところ、刀鍛冶だな。なのにどうして命を絶とうとするのだ。侍でもないだろう……」
「違うんだ……そうじゃないんだぁ……」
石動は両手をわなわなと震わせて、グッと握りしめる。
それから、ぽつぽつと身の上話をしてくれた。
女神によって転移させられた石動は、戦いよりも知らない鉄に興味を持っていた。
知らない武器、知らない鉄、そして知らない打ち方。
どれも新鮮ではあったが……程度が低すぎるということに気が付いて絶望する。
ここでは何も学べない。
それに気が付いてしまったのだ。
だが、刀を打つこと自体を止めたわけではない。
この国に立ち寄り、鍛冶師と知り合い、その技量からこうして鍛冶場も貸してもらうことができている。
だというのに打った刀は三本。
二年近くこうして生きている。
打った刀は、全て美しく自慢の子供となった。
だが、それを扱う人物を見た時、悲しくなってしまった。
彼らはこの子を大切には扱ってくれないんだなと、理解できたのだ。
その身なりから、容易に想像がつく。
刀を打てた時に使った素材は、全て高価な物だった。
一般人では手が出せない程の高級品。
どんな素材なのかはよく理解していなかったが、それを手に持った瞬間、どれもこれもが最高の鉄だということが理解できた。
それからだ。
石動の腕が、訛ったのは。
一瞬だった。
一度最高の鉄を使った武器を打ちきった途端、持っていた槌がいうことを聞いてくれなくなった。
他の武器を打とうとすると、まだ伸ばしている途中の鉄がぽっきりと折れてしまう。
こんな鉄で俺を使うなと言われている気がする。
そして刀一本まともに打てなくなった自分を酷く嫌悪した。
他にも二度、刀を作ることができたが、打てない期間の方が長い。
打てるようになったと喜んだ石動だったが、またすぐに打てなくなったと直感する。
自分の技量がないのだろうか。
それとも、槌が鉄を選んでいるのだろうか。
「おいは……もう刀が打てん……」
「何故」
「何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も同じように打っただ。刀を打った時と全く変わらないやり方、手順、打ち加減、火加減……。だけど……だけどこの二年で打てたのは三本だ……」
「二年で刀を三本か。凄いではないか」
「刀じゃない……。刀と言っているが、おいが作ったのは解体用の刃物、指示された通りに作った両刃の直刀、あとは……暗器だけ……。子供だから刀と言うが、あんなの刀じゃねぇ!!」
石動が打った武器は、確かに最高の出来栄えだ。
他の鍛冶師もそれを見て彼に鍛冶場を貸す程に。
誰もが認める技量。
だが石動はどうしてもそれに満足することはできなかった。
刀とは。
芸術作品である。
反っている刀は、あたかもそれが普通であると言わんばかりに違和感を示さない。
刀身の輝き、刃紋に現れる継承され続けた流派。
そこに鍔が重なり、柄が現れる。
見えなくなってしまった茎の代わりに美しく見せようと、鍔が様々な形で見る者を魅了する。
それが納められている柄は、波紋とは違う均等な美しさを醸し出し、配色によって刀の印象を変えていく。
かの刀身を守らんと、鞘が刀身を包み込む。
美しく輝くいていた刀身が見えなくなったとはいえ、鍔、柄、鞘がそれとは違った美しさを醸し出す。
見えぬ中にも、美しさを。
見えている時の美しさを。
彼らは互いを尊重し合うように、一本の刀として顕現する。
それを作り出す鍛冶師の腕は、まさに神に託された財産だ。
だからだろうか。
その腕で、他の武器を作ることを……この槌が嫌ったのは。
石動は木幕に愚痴をこぼす様にそう言った。
だが、言葉にして気が付いたこともある。
こいつは、この神に託された腕であんな武器を作ることを良しとしていないのでは、と。
「……」
「……打ちてぇなぁ……!」
木幕は黙って見ていた。
彼が飢えた手で刀を打ちたいと力を籠めるのを。
打ちたくないわけがないのだ。
あの芸術作品を、ここでも作ってやりたい。
だが持ち込まれた鉄は全て少量であり、刀を作る程の量がなかった。
両刃の直刀に使った鉄の量さえあれば、刀を作るには十分だったが、あの時は特注として形の指定をされてしまったのだ。
作ろうにも作れなかった。
だが、打ちたい。
打ちたくて仕方がなかった。
最後に、最後に一本……一本だけ打たせてくれと、心の中で懇願する。
「石動」
木幕は鯉口を切った。
それに石動は勿論、レミとスゥも驚く。
止めようとしたレミだったが、それよりも早く木幕は葉隠丸を抜刀する。
折れた、葉隠丸。
力をとうに失い、綺麗だったあの淡い青色も消え失せていた。
それに全員が驚く。
「師匠……! そ、それ……」
「っ……」
「石動。打てるか?」
石動は押し黙る。
ここ数ヵ月、まともに武器を打てていない自分に、本当の日本刀を作れと命じられて作れるのかと悩んだ。
腕は飢えに飢えている。
だが今までの失敗続きから、自信が消失していた事もまた事実。
頷きたい。
だが、それだけの覚悟が石動には既になかった。
首を横に振るおうにも、飢えた体がそれを拒む。
「打てるな? 打つんだ。打てると言え!!」
「っ! う、打つだ!!」
勢いに任せて頷いてしまった。
言ってしまったと後悔したが、体だけは妙に喜んでいた。
やった、やったぞ。
体中の細胞が歓喜に満ち溢れ、石動が悩ませていた憂いを一気に消し飛ばす。
こんな簡単な事で、前を向ける物なのかと素直に驚いた。
知らないことばかりである。
木幕は、葉隠丸を横にして石動に向ける。
その意味を理解した石動が、両手を前に出して折れた葉隠丸を丁寧に、丁寧に預かった。
「頼む」
「お任せ下さい」




