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7.1.もう嫌だ


 メラメラと燃え滾る赤い炎が、炉の中にある。

 赤よりも明るく、輝く橙色のような炎。

 燃やし続けているからこそ見ることができる一つの色だ。


 その中、これまた輝く橙色に染まった鉄が顔を出す。

 引っ張り出されたその鉄は、金床の上に置かれて槌を振るわれる。


 ゴンゴッゴッ。

 綺麗な音は今は鳴らない。

 溶けて柔らかくなった鉄はよく変形し、よく伸びる。

 叩いている内に温度が下がり、色がどんどん黒くなってきた。

 額に浮き出た汗を拭ってから、もう一度炉の中へと突っ込む。


 炉の中に空気を送るカラクリを動かしながら、炉の中の温度を一気に高めていく。

 そしてもう一度取り出し、また打つ。

 これを何度も何度も何度も何度も繰り返す。


 相槌を打ってくれる者がいないため、彼は一人でその作業を黙々とこなす。

 頭に手拭いをした大男。

 その体躯はがっしりしており、薄い白の和服を着て槌を握っていた。


 ギンッと睨む先は鉄。

 それ以外の物は見ていないし、聞こえてもいないといった風で、有り得ない程の集中力を鍛冶場の中で発揮していた。

 彼の手は大きくゴワゴワしている。

 皮膚も分厚くなり、触ってみれば固いということが分かるだろう。


 また鉄を取り出し、叩く。

 それを水に漬けると大きな音を立てて水が沸騰する。

 取り出してみれば、その鉄は真っ黒になっていた。

 もう一度槌で軽く叩いてみると、ボロッと崩れて壊れてしまう。


「はぁ~~……」


 大男は、大きなため息をついた。

 最近はこんな事ばかりである。


 この男の技術は、非常に高い。

 それはこの世界の鍛冶師でも認める程の物なのではあるが、彼が鉄を打つとほとんどの確率で壊れてしまうのだ。

 だがそれには心当たりがある。


 鉄が、悪いのだ。

 どういったわけか、この大男が打つ鉄は高級なものでなければならない。

 全て同じように打っているはずなのだが、品質の悪い鉄だとこうして壊れてしまうのだ。

 品質の悪い鉄でも、技術があれば打てないことはないと豪語した大男だったが、かれこれ何百本目かの剣を駄目にして流石に意気消沈した。


 どうして自分は悪い鉄だと打てなくなってしまったのだろうか。

 今まではそんな事はなかったのだ。

 この世界にきて、仕事を求めて鍛冶師を選び、鉄を工面してもらって最高の一品を作ったまでは良かった。

 だが、それまでだった。


 まるでこの腕が、槌が、炉が、お前はこんな駄鉄(だてつ)で武器を打ってはいけないと言われているような気さえしてくる。

 更に、自分は鉄と語り合えないのだろうかと考えてしまう。

 そうすると、また落ち込んでしまった。


「もう……嫌だ……」


 ここに来て作った武器は、三本のみ。

 その全てが最高傑作と言っても過言ではない程に良い品だ。

 高ランクの冒険者が主となってくれたようだが、やはりあの鉄たちは悲しそうにしていたように思う。


 あんなのが主では、満足などできるはずもないだろう。

 あれが高ランクの冒険者?

 雑兵の間違いではないのだろうかと、大男は思っていた。


 武具を見れば、彼らが武器に、防具に、どれほどの愛情を注いでいるのかが良く分かる。

 だがあの三人は、全員が武具を物としか思っていない。

 その証拠に、手入れなどはほとんどされていない武具を身に付けていた。


 彼らなりに何か丁寧に手入れをしようと言う気持ちがあれば、見え方は変わってくる。

 だがそれは一切見受けられなかったのだ。


 主を選べない自分を許してくれと、何度あの子たちに謝っただろうか。

 これ以上兄弟も作れない自分を、許してほしい……。


 すると、鍛冶場に誰かが入って来た。

 兵士だ。

 またかと思いながら、隣にあった金砕棒を握りしめる。


「おい! 石動伝助! 納期はとっくに終わっているぞ! なのに武器の一本も出せないとはどういうことだ!」

「……おいは……おいの子供たちは作ろうと思って作れるんでねぇ! おいを認めてくれるから作られに来てくっだぁ!!」

「何を訳の分からないことを!! で、武器は!? できたのか!? できてないのか!?」

「おめぇらは……! おめぇらは何も分かっとらん!!」


 泣きそうな顔をしながら、石動は金砕棒を握りしめる。

 何度握られたのか分からないその武器は、手持ちにしめ縄が巻かれていた。

 使われ続けた為か、そのしめ縄は絶対に取れない程に引き締まり、艶が出ている。

 これ以上握りつぶせないだろうと思われたしめ縄を、伝助はギュギュギュという音を立てて握りなおした。


 親が子供のために殺人を犯すのは普通だ。

 自分の両親が夜盗から身を守ってくれように、自分の子供である鉄と槌を守らなければならない。

 こんな奴に、この場を穢されてなるものか!!


金城棒(かなじょうぼう)


 ゴォオオン!

 重い大きな鉄が、地面を割った。


「な、何だ貴様!」

「出てけ……出てけ!!」

「納期の武器を納品してくれればすぐにでもな!」

「ふん」

「ギョパッ──」


 金砕棒が、横に振るわれた。

 片手で振るわれたそれは、相手の顔面を捉えて外へと放り出す。

 数十回のバウンドの後、ようやく勢いを失って止まったが、彼は既に意識を手放していたようだ。

 

 石動は金城棒についた血を拭き取って、また鉄を選別する。


「怖がったなぁ……。もー安心していいからなぁー……」


 石動伝助(いするぎでんすけ)

 鍛冶師である。

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