6.30.二度と来れない国
葛篭の死体は土に埋めた。
獣であれば、燃やすよりもこちらの方が良いだろう。
その上に葛篭の持っていた獣ノ尾太刀を突き刺す。
この獣ノ尾太刀、主が死んだというのに自分で奇術を使い続けていた。
地面を盛り上げ、絶対に主を守らんとする強い意志が感じ取れる。
獣ノ尾太刀も、誰かに抜かれまいと自分で土の中に潜っていってしまった。
なんという刀だろうか。
本当に見事なものだと感嘆した。
「……」
木幕は折れた葉隠丸を撫でる。
折れた刃は回収し、布に包んでしっかりと紐で結んでいる。
それを懐に仕舞い込む。
恰好だけはしっかりしておかなければ。
折れたとはいえ、見てくれは大切である。
納刀して、そのまま腰に帯刀しておいた。
少しバランスが悪いが、ないよりはましだろうということで、柄に手を置いておく。
よくやってくれたと、木幕はもう一度葉隠丸を撫でた。
葉隠丸は、奇術が使えなくなっていた。
主が死ぬ、もしくは刀に激しい損傷があった場合は奇術が使えなくなるらしい。
これから暫くは、この槍だけで何とかやっていくしかなさそうだ。
こんな事であればローデン要塞からあの刀を回収しておけばよかったなと考えはするが、それをすぐに払拭する。
そんな事をすれば葉隠丸に嫌われてしまう。
折れていても、まだ小太刀として使えるかもしれない。
何とか研いで形に直せるか……?
思案しながら、木幕はレミとスゥの待つ馬車へと向かった。
暫く歩いていくと、未だに焚火に火が付いていた。
場所が良く分かったのでありがたかったが、今の今まで待っていてくれたのだろうか?
ひょいと馬車の中に顔を覗かせると、スゥだけがそこで寝ている。
寝相がひどい。
布団を掛け直し、木幕はもう一度外を確認する。
レミはどこに行ったのだろうか?
この辺にはいないようだ。
薪を集めに言っているのかもしれないなと思い、木幕はとりあえず焚火の前に腰を下ろす。
「……」
鎖骨が痛い。
あの時の攻撃は、未だに木幕の中に残っていた。
結果的に勝ちはしたが、なんとも締めの悪い勝ち方である。
だが悪いとはいうまい。
運も実力の内。
今回は刀に勝たせてもらったようなものではあるが……。
すると、足音が聞こえて来た。
焚火の火に照らされて、薪を持って帰って来たレミが暗闇から姿を現す。
途端、泣き始めてしまった。
「!? れ、レミよ、どうしたというのだ……」
「よ、よかったぁ……師匠が、無事、無事だったぁ……」
なんだそんなことかと、木幕は頭を掻いた。
だがレミは今の今まで眠ることすらできない程に不安だったのだ。
葛篭は異常なまでの強さを持っていた。
もしかしたら木幕は帰ってこないのではないだろうかとも考えたほどだ。
彼が居なくなれば、レミの旅は終わる。
スゥの旅も、修行も終わってしまうのだ。
それがとんでもなく寂しかった。
不安に駆られてじっとしていられず、どちらが帰ってくるのか不安で不安で仕方がなかったのだ。
それに、旅が終わるから寂しいのではない。
木幕がいなくなってしまうから、レミは寂しかった。
「下らんことで涙を流すな……」
「だってぇ……」
「……フッ。しかし、待ってくれている者がいるのだ。某も、負けられぬ理由ができてしまったな」
もう、自分だけの戦いではなくなってしまった。
一度、レミとスゥを家族のような存在だと錯覚してしまったことがある。
悪くないとは思っていたが、もうここまで来るといなくてはならない存在だ。
葉隠丸は、それすらも守り抜いてくれたらしい。
刀だというのに、もう頭が上がりそうになかった。
「さぁ、レミよ。今日は某が番をしよう。寝るといい」
「……」
「……レミ?」
気になって突いてみると、レミはコテンと寝転がってしまった。
あの一瞬で眠りに落ちてしまったらしい。
感情があふれて泣いた後とは思えない寝つきの良さ。
と言うより奇術か何かで強制的に眠らされているのではないだろうかと、心配してしまう。
だが、不安で仕方がなかったのだろう。
安心して眠ってしまうということはよくあることだ。
「ったく……弟子だというのに手間のかかる」
木幕はレミを抱き上げ、馬車の中に転がした。
それでも起きることがなかったのには流石に呆れる。
その後、スゥと同じ様に布団をかぶせてやった。
木幕は焚火の前に戻り、火をくべる。
パキパキと薪が割れる音だけが、強い月明かりの下で聞こえていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今作最強の葛篭は私の理想像です。
次章『死にたがり』は明日より公開です。
さて、刀が折れてしまった木幕。
これからどうするのでしょうか……。
お楽しみに。




