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6.28.正々堂々真剣勝負


 季節が春に近づいてきたということもあって温かくなってきたが、夜風は非常に冷たくなっている。

 外套を羽織らなければ風邪をひいてしまいそうだ。

 遠くの山では狼の遠吠えや、近くの木々は風に揺らされてかさかさという音がしていた。


 満月が顔を出し、月明かりが地面を照らしている。

 影ができる程に強いその月明かりは、昼のように明るかった。


 その下で、二人の男性が向き合っていた。

 馬車は近くにはなく、ここには本当に二人だけしかいない。


「二回目、だんな」

「ああ」


 木幕は槍を手に持ち、葛篭は鍔と鞘を紐で結んでいる大太刀を肩に担いでいた。

 スゥは既に寝ていたのだが、念のためにこの場所から離している。

 レミはスゥについていてもらっている。


 これから、二人は二度目の立ち合いをする。

 木幕は本気で相手を殺しにかかるが、葛篭はまだ余裕と言った様に肩を回していた。


 これは初めから決めていた立ち合いだ。

 この葛篭を越えられなければ、神には手が届かない。

 もし死んだとしても、それはそれで戦えられれば良かった。

 だが、死ぬつもりは一切ない。


 葛篭もこの戦いには乗り気であった。

 戦場を生きて来た兵と今一度しっかりと戦うことができるのだ。

 それを嬉しくないと思わない武人はいない。

 だが二回目。

 仏の顔も三度までという諺を大切にしている葛篭は、未だに刃を抜くことはない。


「わてが死ぬこたぁなからぁが(ことはないだろうが)、死んだらこの獣ノ尾太刀を、山の何処かに突き刺してくれ。こいつぁ獣だ。自然ん中に返してごせぇや(くれな)

「大した自信だ」

「はっはっはっは! ええだらぁ(いいいだろう)!」

「まぁ構わん」


 一拍、静かな間が訪れた。

 葛篭がゆっくりとした動作で獣ノ尾太刀を脇構えに構える。

 その動きは流麗であり本当の獣の尾のようにも見えた。

 動きだけで獣と錯覚させる葛篭はそれだけで牙を向いているようにも思える。


 木幕も槍を中段に構えた。

 久しぶりに槍での立会となるが、貴族の屋敷を襲撃してその動きは大体思い出している。

 あとはこれで何処まで葛篭と戦うことができるか。

 それだけである。


 お互い、礼はしない。

 戦場の猛者と獣。

 戦場での立会で礼などしていてはそれだけで首を掻かれてしまう。

 獣が相手を尊重するとは思えない。

 敵を見つければすぐに自身の身を守るために牙を向くだろう。


 互いが互いの理由を今自分に押し付け、得物を握る。


「獣や獣、おういおい」

「葉我流槍術、一の型」


 葛篭は一歩踏み込み、跳躍した。

 それに対して木幕も一歩踏み込み、グッと槍を握り込む。


「跳ねる兎よ、おういおい!」

「旋風!」


 木幕が攻撃をする前に地面にズダンッと着地した葛篭は、獣ノ尾太刀を後方に引き込む。

 攻撃してくるのは分かってはいたが、恐れていては勝つことはできない。

 そう踏んだ木幕はそのまま左側から穂先を葛篭に振るった。


 木幕の持っている槍は左側にある。

 両手でしっかりと握り込んだ槍は、大きな弧を描いて音を鳴らす。

 葛篭はその攻撃を半歩下がって躱した後、ググッと力を入れてばねを弾き出すかのように獣ノ尾太刀で突き技を繰り出した。


 木幕の攻撃は回避された。

 獣ノ尾太刀の切っ先は木幕の腹部へと向かっていたが、それを紙一重で回避する。

 刃がないのだからここまで接触しても問題はない。


 その後、木幕は石突で打撃技を繰り出した。

 穂先は葛篭の眼前を通り過ぎたが、まだ石突は木幕の左側にある。

 左手を押し込み、右手を引き込んでその威力を増大させた。

 間合いは十分であり、重い大太刀を握っている葛篭の行動は大きく制限される。

 一撃だけだが、それは確実に葛篭の肩を捉えた。


 葉我流槍術、一の型、旋風。

 左側より穂先を殴るようにして振り回し、それが回避、もしくは受け流されたとしても追撃として石突で殴りにかかる技。

 体をひねっての攻撃なので少し負荷がかかってしまうが、槍は勢いを増して打撃を繰り出してくれる。


 バチィッ!!

 石突が肩に当たる音がした。

 だがその感触に木幕は眉を顰める。


 固すぎる。

 おおよそ人を殴っている感触ではなかった。

 まるで、分厚い毛皮を着こんだ熊を殴っているかのような……。

 その一瞬の疑問が、木幕を危ぶませる。


「獣や獣、おういおい」

「!!」

「犬猿の犬よ! おういおい!!」


 いつの間にか片手で握り拳を作っていた葛篭が、正拳突きを繰り出した。

 だが木幕はローデン要塞で体術を今一度見直していた。

 ぱっと右手を槍から放し、飛んできたその拳を右手で上から叩きつける。

 それに乗じて体を右へと滑らせ無難に回避した。


 一度距離を取る。

 葛篭も同様に一度距離を取って脇構えに構え直した。

 そして追撃をしてくる。


「獣や獣、おういおい! 猪突の猪、おういおい!」


 一歩大きく踏み込み、二歩目で反転しながら獣ノ尾太刀の柄を上へと持ち上げ、三歩目にて牙突を繰り出す。

 向かってくるその攻撃は恐ろしい。

 地面すれすれを走っているので、防ごうにも中々防ぐことができないのだ。

 防ごうとすればまたあの時の二の舞いだ。

 であれば。


「葉我流槍術、五の型、低木!」


 ババッと槍を身に寄せ、縦一文字に構える。

 穂先を下にしており、相手が間合いに入った瞬間ガクッと身を落としてできる限り下段から突き技を繰り出した。

 地面を摺り上げるようにして持ち上げられた穂先は、真っすぐに葛篭の眼前を捉えようとしていた。

 だが葛篭の獣ノ尾太刀も、木幕の眼前を捉えることになった。


 シュァッ!

 両者の突きは、顔の横を通過した。

 葛篭の頬には小さな傷ができたが血は垂れていない。

 木幕は硬い毛が顔にチクチクと刺さっている。


 両者、獲物を思いっきり引いて身に寄せた。

 木幕は槍を引きながら次の技に転じる。


「葉我流槍術、七の型、観音一閃!」


 僧侶から会得した技だ。

 棒術が得意な人物であり、刀で対峙するのは時間が掛かった。

 だがそれだけの技量があったのだ。

 本当に参考になる技であった。


 槍を身に引いた瞬間、後ろに槍を回して一回転させ、逆手持ちにて槍を横薙ぎに振るう。

 観音様には背に円がある。

 それを模したものだと、僧侶は言っていた。


 遠心力を乗せたその攻撃は、大抵の武士であれば受けた刃を押し込まれて隙ができる。

 だが葛篭はそもそも受けない。

 であれば回避しかないのだが、この攻撃は既に葛篭の元まで迫っていた。


 葛篭は獣ノ尾太刀を引き込み、次の技を練っていた。

 大太刀を上段に構え、切っ先は下段へと降ろす。


「獣や獣、おういおい。毛深い羊よ、おういおい」


 日本は世界の中でも、羊とは最も無縁の国だ。

 だが、羊は江戸時代、龍などといった空想の世界で存在しているように考えられていた。

 葛篭も羊という存在を見たことはなかった。

 しかし絵巻には山羊のような存在として描かれている事が多い。


 それを元に、葛篭は考えた。

 羊とはどのような獣であるのか。

 この角でど突きあうのか、それとも鹿のような足で速く動くのか。

 角の割には見た目はひょろく、力がなさそうだ。

 どちらかと言えば早く動く動物だと捉えるのが普通である。


 そうか、速いから逃げるために角があるのか。

 葛篭はそう考えた。

 羊の角は攻撃をする為にあるのではない。

 身を守るために、あるのだと。


 実際は全く違う姿をしているが、葛篭が生きてきた情報がない時代では、こう考えるしかなかったのだ。

 故に、葛篭は獣ノ尾太刀で、木幕の攻撃を初めて弾く。


 ガチャンッ!!

 予想していなかったその行動に、木幕は動揺した。

 次の瞬間、槍を大きく上へとかちあげられる。


「ぐっ!」

「獣や獣、おういおい。朝鳴く鳥よ、おういおい!」


 弾いた後、葛篭は霞の構えを取った。

 切っ先は木幕の喉元を狙っている。

 間髪入れずに、葛篭は獣ノ尾太刀を突き出した。

 その攻撃は、鶏が餌を突くかのような動き。


 ガスッ!!

 鎖骨を打ち付けられた木幕はよろめき、たたらを踏んで結局こけてしまった。

 痛そうに鎖骨をさする。


「次は、抜くぞ」

「構わん」


 その言葉を聞いて、葛篭は紐を解き、捨てた。

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