6.24.説教
大地が揺れ、そして割れ、建造物に使用されている柱が瓦解し屋根が落ちている。
これは何処だ?
何の冗談なのだろうか。
あちらこちらで兵士たちの絶叫が響き渡り、その辺には肉塊が転がっている。
襲い掛かる敵は無差別に殺さんとしているその悪魔は、誰であろうと容赦していない。
少しでも身構えた者は敵。
逃げる者は追ってはいないようだが、こちらにだけはずっと歩みを進めてくる。
人間じゃない。
獣か何かの化け物だ。
今まで付き従えていた執事も、尽くしてきてくれた兵士も全ていなくなった。
正確にはまだいるかもしれないが、目の前には既に誰もいない。
だが自分だけはまだ生かされていることに、少しだけ安堵した。
やはり立場の壁は超えられない。
自分を殺せば、いや、手を出せば何が起こるかくらいこの男も分かっているはずだ。
だから毅然に振舞おう。
「ごほん、これは一体どういぅぐぅ!!?」
「ああー? 手前さ殺すん決まっとろーが」
「!!?」
首を片手で握られ、宙に浮く。
その握力だけで失神してしまいそうだ。
だがそれを男は許さず、ブンと投げ飛ばされて壁に背をぶつけることになった。
肺の中の空気が全て吐き出される。
じりと、悪魔が歩み寄る。
その姿は恐ろしすぎて形容ができなかった。
体が委縮し、息をするのにも苦労する。
「思い出したわ。手前あん時ん小童か。子供轢きかけっちゅーに謝らせんとげな事しょーんかえ」
「ヒゥ……」
「立て」
「いだだだだだだ!!」
ガシッと頭を鷲掴みにして、その軽い体を持ち上げる。
そしてまた投げ飛ばした。
地面を何度か跳ねて転がっていき、次第に勢いを無くして止まる。
それだけでクレマの体はボロボロだ。
これだけ痛めつけているというのに、まだ男は物足りなさそうに歩いてくる。
首をゴキゴキと鳴らし、腕の関節も同時に鳴らした。
それが何を意味するのかは、馬鹿でもわかる。
逃げなければならない。
これ以上ここに居ては確実に殺される。
だが腰が抜けて思うように体が動かなかった。
何とか地面を無様に這って逃げようとしたところで、自分の魔法袋が破れて中にあった物が零れだす。
だが構ってはいられない。
無視して這いずり、できるだけ男から距離を取ろうと懸命に腕を動かしていく。
「…………おい」
葛篭は出てきた宝石の山を見ながら、一つの武器を手に取った。
綺麗な黒い鞘に黒い柄……。
美しい日本刀の姿をしているその小太刀は、明らかに見覚えのある品だった。
抜いてみれば淡く青色に輝き、半透明の刀身が向こうの情景を美しく映し出す。
これは、木幕の弟子のスゥの物だ。
葛篭はそれを懐に仕舞い込み、ギンッとクレマを睨む。
背中越しからの圧倒的強者の威圧。
体重の数倍の枷がのしかかる様な重さが直撃し、一切の身動きが取れなくなった。
恐怖からくる委縮。
筋繊維が硬直し、脳内から発せられる電気信号が一時的に意味を成さなくなる。
そこで、ざっという足音が耳元で聞こえた。
すぐ隣にあの男がいる。
動かなければ殺されると分かっていても、体が言うことを全く聞いてくれない。
「手前ぇ……。わてん毛をよぉーけこたぁ逆撫ですっじゃあねぇか」
「ヒッ、ヒィ!!」
「獣や獣、おういおい」
葛篭はググググッと拳に力を入れた。
全身の力を動力とし、一撃のために全霊をかける。
ギョロっと目を剥き、焦点を一点に合わせて狙いを定めた。
「犬猿の犬よ!! おういおい!!!!」
竜の咆哮の如し大声と、トマトが潰れるような音が鳴る。
奇術と葛篭の全力の一撃をまともに喰らったクレマは、体中の内臓を押し潰されて穴と言う穴から臓器や血液が飛び散った。
その一撃は人間越しに床を貫き、地面がひび割れ、溝ができる。
溝の中にクレマの体だけが落ちて行き、それを見届けた葛篭は奇術でその溝を閉じた。
犬猿の犬と、犬猿の猿。
これは葛篭が考えた体術であり、犬は正拳突き、猿は受け流しからの返し技などを行う。
同じ拳から違う種類の攻撃と、攻、防の違いから、この名前を付けてやった。
葛篭の気に入っている技の一つである。
ようやく落ち着いた葛篭は、長らく抜刀していた獣ノ尾太刀納刀する。
チンッという音を立てたのを確認し、鍔と鞘に紐を巻いて固定した。
「葛篭!」
「おお、丁度ええなぁ」
タイミングよく三人が葛篭の元に到着した。
誰にも怪我がないことを確認した後、しゃがんでスゥに武器を手渡す。
それとレミにクレマが持っていた魔法袋を投げ渡した。
「もう失くすじゃねぇで」
「っ!」
小太刀を受け取ったスゥは、嬉しそうに帯刀して葛篭の腕を掴んだ。
そしてブンブンと腕を振る。
スゥなりの感謝の表れだ。
葛篭もそれを理解することができたのか、スゥの頭をワッシャワッシャと撫でまわす。
少し乱暴だが、気にはしていないようだ。
「よし!! 逃げっか!!」
「賛成だ」
「私も!」
「っ!!」
満場一致。
出口は分からないというより、破壊され過ぎてないに等しいのでその辺から脱出することにした。
窓を割って脱出する。
足場は葛篭が奇術で作ってくれたので、とても歩きやすくなった。
兵士たちももう追ってくる程の気力がないらしい。
気が付いてすらいないようなので、四人は気取られないようにしながらヴォルバー家を後にしたのだった。




