6.22.結託
屋敷の中は意外と静かだった。
まだレミたちは地下に捕らえられているということは葛篭の索敵により分かってはいるのだが……。
他に兵士は中にはいない。
全て外に配置されていたのだろうかとも思ったが、流石にそこまで不用心なわけがない。
というよりか、誰も居なさすぎるといった方が良いだろうか。
「逃げたんなぁ」
「チッ」
兵士はおろか、使用人すらもいない。
流石に外で暴れすぎただろうか。
もう少し早く中に侵入していればよかったと後悔する。
だがそれにしてはなんだか妙だ。
家の中が片付きすぎている。
まるで引っ越しでもしたかのような、そんな感じがした。
嫌な予感がした木幕は、すぐに走る。
だがそれを葛篭が止めた。
「待てや。罠かもしれんけぇわてがいかぁ」
「……では某はここで待つ」
「おう。索敵はわてができっけ、なんかあったら土盛り上げて知らせっけぇ」
葛篭の言葉に、木幕は小さく頷いた。
それを確認した後、葛篭は走ってレミたちが捕らえられているであろう場所へと急行した。
木幕はここで見張りとなる。
外の兵士はあらかた片づけたが、まだ力の残っている兵士は入ってくるかもしれない。
援軍が来たら最悪だ。
なんとか葛篭が帰ってくるまでここを守らなければならないだろう。
囮になるのは久しぶりだ。
目を閉じて集中し、周囲の音を聞き逃さないように拾い取る。
すると、遠くの方で割れたガラスを踏みつけるような音が聞こえた。
ゆっくりとそちらの方を見てみると、分厚い剣を背に担いだ背の低い男性が、軽装姿で歩いてきていた。
グッと槍を握る手に力を籠める。
「お主は……」
「どーも。名乗ってはいなかったね……。僕はウォンマッド・エースロディア。斥候兵の隊長さ」
「通りで動きが素早い兵ばかりがいたのか」
「そういうこと」
ウォンマッドは剣を手に持ち、地面に剣先を突き刺す。
刺さりこそしないが、硬い地面に小さな傷がついた。
「僕に指示されている命令は、ここに来た不届き者を殺せ」
「……」
「だけど、残念ながら僕にその気はない……」
「む?」
予想外の言葉に、手の力が緩む。
こうして脱力していた方がいいのかもしれないが、やはり面倒な相手には力が入ってしまう様だ。
それを再確認した木幕は、心の中で動きを修正する。
だが腑に落ちない。
上からの命令をこの兵士はやりたくないと言っているらしい。
どういう風の吹き回しだろうか。
昨日はあんなにも捕らえようと躍起になっていたというのに。
「何故」
「だって……君とあの人、名前は知らないけど僕の兵士たち殺さないでくれたじゃん? 副隊長のエルマともう一人の兵士だけはボッコボコにされてたけど……」
「そんな確証もない事実だけで上からの命令を無視するのか? 殺し損ねただけやもしれぬのだぞ?」
「ああ、確証がないわけじゃないんだ……」
「ほう?」
木幕は何を企んでいるのかと探りを入れてみたが、どうやら彼は本心でそう言っているらしい。
ウォンマッドは頭を掻きながら説明する。
「彼、あの時初めて戦ってくれたんだよね。逃げ足が速いだけかと思ってたけど、もしかしたらあの人は僕の兵士を傷つけまいと逃げていたんだって、水に放り込まれたあの時分かったんだ。敵だったら普通殺すだろう?」
「……都合よく捉えるのだな」
「まぁね。でもあれだけの実力を持ってるのに逃げ続ける方がおかしいんだもん。彼が本気になったら僕たちは外の兵士みたいに真っ二つになってるところだ」
親指で後ろを指しながらそう言った。
「それに、僕たちウォンマッド斥候兵は言わばライルマイン要塞の目なんだ。兵が一人でも死ねば情報収集にかかる負担は大きくなる。だから本当に感謝してるんだよ。兵士を殺さなかった彼に」
斥候兵は、思ったよりも危険な役回りを任されることが多い。
更に絶対に生きて帰ってこなければならないので、危険な存在と遭遇してもそれから逃げなければならないのだ。
勿論死ぬ気はそうそうないのではあるが、いつも死と隣り合わせの情報収集。
小さな物音一つ立てただけで存在がバレることもある。
これであれば気軽に大きな声を出しながら、真正面から戦う前衛部隊の方がよほどやることも簡単で分かり易い。
意外と斥候兵は苦労しているのだ。
だからウォンマッドは葛篭に感謝していた。
重傷を負わされてしまったとはいえ、生きているのだからまた前線に復帰できる。
「して、目的は?」
「じゃあ早速。ここに君たちの仲間はいないよ」
「……」
「こ、怖い目で見ないでくれ……。本当の居場所を教えるために来たんだから……」
木幕は一度息を吐いて落ち着かせる。
この者は葛篭に恩義があるようだということが分かったので、とりあえず彼の言うことは信じることにした。
圧を解いた木幕にウォンマッドはほっとして胸をなでおろす。
普通に戦ってもウォンマッドは木幕に負けるだろうなということを想像していた。
明らかに勝てない相手に挑むほど、彼は馬鹿ではない。
一拍おいたところで、ウォンマッドは説明を始めた。
「まずこの屋敷だけど、君と彼を殺すためだけに用意された場所。貴族の家なんていくらでもあるからね。建て替えなんて朝飯前さ。二人がいるのはヴォルバー本家。まぁ……王城の近くだよ」
「地図を」
「ああ、僕が案内するよ。個人的な恨みもあるんでね。でも僕が協力したっていうのは言わないでね?」
「であれば名乗らなければいいものを……」
「いやこれ貴族のしきたりだから許して……」
妙な雰囲気になってしまったと、木幕は完全に力を抜いた。
だが案内するとなると、これは裏切りに近い行為だ。
本当に信じていいのか分からなくなってきそうである。
すると、階段を駆け上がってくる音が聞こえて来た。
葛篭が走って来て、状況を報告する。
「木幕! 二人がおらん!!」
「本当だったのか……」
「言ったでしょう?」
「ん? 敵かえ?」
「ちょちょちょちょちょちょ!! 違う違う!! 今は味方だから!」
獣ノ尾太刀を向けようとした葛篭に説明をして、とりあえず納刀してもらった。
教えてくれた情報は正確なものだったので、とりあえずは信じてよさそうだ。
どうやら葛篭が感知していたのは姿を似せた人形であったらしい。
奇術とて生きているものかどうかなのかは分からないようだ。
地下にいる子供と女の姿を見つけたので、葛篭はここに居ると勘違いしたらしい。
話を終えると、ウォンマッドは改めて葛篭に礼を言う。
「ありがとうございました。兵たちの命を取らずにいてくれて」
「ほう、礼儀っちゅーんを学んだかえ」
「さ、流石にあそこまでされては……」
「はっはっはっは! で、手前はなんせ主を裏切る?」
「き、聞きます……?」
「……いや、ええわ。わてらん役に立つだったらよか」
その言葉を聞いて、ウォンマッドは何処かほっとした様子を浮かべた。
彼がなぜ裏切るのかはこの際どうでもいいだろう。
目的が同じなのであれば、詮索はよすことにする。
「じゃ、付いてきてください」
ウォンマッドの案内の元、三人は屋敷を出た。
次に向かった場所は、クレマ・ヴォルバー家の庭にある小さな小屋。
そこから、地下へと進むことができるようだった。




