6.20.奇術索敵、奇術動乱
ライルマイン要塞。
魔王軍と戦うための最前線防衛都市であり、その屈強すぎる砦は敵であれば何者も寄せ付けない。
地上を走る魔物であれば礫やコルドロンが火を噴き、空中を飛ぶ魔物に対しては特大のバリスタや大砲が迎え撃つ。
小さな魔物であれば精鋭なる部隊の魔導兵が相手をする。
何処をとっても不足はない城塞だ。
だがしかし、このライルマイン要塞の一角でおかしなことが起こっていた。
魔物に攻められたわけではない。
かと言って反乱が起ったわけでもない。
だというのに、クレマ・ヴォルバーが配下に置く兵士たちが地面に転がっていた。
被害がある場所はそこだけであり、他は一切の被害は出ていない。
そしてそれは二人の人間によって作り出されていた。
どうしてこんなことになったのか、それは少し時間を遡る必要がある。
◆
数刻前。
地図を持った木幕と葛篭は目的地へと足を運んでいた。
そこで、葛篭が自分の奇術について詳細に話をしてくれた。
「わてん奇術は土と火力」
「土? 火力?」
「ああ。一定の距離であらば索敵もできる。地面中潜るんも朝飯前。息もできる。地面は庭だけぇ。火力っちゅーんはそのまんまの意味だえ。なんか力が増す」
「某は葉だ。様々な種類の葉を生み出し、それを刃とする」
「範囲攻撃かえ? 物騒なもんもっとーなぁー」
「……お主が言うのか……」
踏み込みのみで地面を隆起させた奴が何を言うのか。
その余波で家屋も倒壊していった。
槙田正次よりもこいつの方が鬼なのではないだろうかと思ってしまう程だ。
だが武器の重さに頼らない槙田の火力は、普通の葛篭の力を圧倒的に凌駕している。
実際に攻撃を受けている木幕であるからそれは分かることだ。
ただ器用さでいえば、やはり葛篭の方が上だろう。
「でぇ? 策は?」
「正面から道場破り」
「おぉ~ええなぁ。わてんも賛成ーじゃ」
こそこそなど面白くない。
正面から叩き潰して間違った性根を叩きなおしてやるというのが、二人の辿り着いた結論だった。
葛篭はドンッと足を鳴らす。
目を瞑って感覚を頼りに周囲の索敵を開始した。
地面を伝って情報が頭の中に流れ込んでくる。
そこで、数人の兵士がこちらを監視しているということを把握することができた。
目を開けて順々に木幕に伝えて行く。
「あそこ、あそこ、そこに二人と、奥にもう一人。最後に真後ろ」
「相分かった。葉我流奇術、広葉樹林」
キンッと鯉口を切った。
数十枚の葉が浮かび上がり、葛篭が指定した場所に向かって飛んでいく。
標的を発見した葉はすぐに回転して突撃し、兵士の着ていた服を破壊して吹き飛ばす。
小さな悲鳴が何処からか聞こえたことを確認した木幕は、親指だけで葉隠丸を納刀した。
小賢しい真似をする者にはこれで十分だ。
監視していたのはこれだけだったようで、もう居ないと葛篭は言った。
「家まではあとどげほどかぁね」
「もう着く」
屋敷を確認した木幕は地図を捨てた。
そして二人は門の前に立ち、開いているかどうかを確認するため手をかける。
だが鍵が閉まっているようで、開きはしなかった。
「フン」
葛篭が抜刀した。
頭の後ろで刃を抜き、鞘を腰に携えなおす。
そして脇構えに構えた後、乱暴に振り上げる。
ギャンッ!!
刃は当たりはしなかった。
ただの素振りだ。
だが、門の下から土が隆起して門を大きくひしゃげさせる。
壁までもが持ちあがり、石造りの壁は崩壊していく。
土を元に戻した後、葛篭は何の躊躇いもなく中へと侵入した。
自分が蒔いた種なので、ここは先陣を切らなければならないだろうという考えだ。
だが兵士がいないとはどういうことだろうか。
それにレミとスゥは何処にいるのだろうか。
葛篭はまた足を踏み鳴らした。
地面がこの地形の全景を頭に叩き込んでくれる。
「おぁーおったおった。二人は地下だんなぁ。んでもって……来っぞぉ」
「意外と早かったな」
葛篭が言った通り、庭に隠れていた兵士たちが一斉に二人を取り囲んだ。
あの時戦った兵士ではなさそうだが、誰も彼もが頭にまで甲冑を着こんでいる。
これは面倒くさいなぁと思ったが、今回は奇術を惜しげなく使うつもりだ。
弟子の命がかかっているのだ。
ここで自尊心を守って奇術を使わないというのは、本当に助ける気があるのかと思われてしまう。
早く終わらせた方がいいのは確かだし、さっさと始めることにする。
「葉我流奇術、針葉樹林」
「奇術!」
木幕は針葉樹の葉を出現させ、葛篭は地面を隆起させて兵士を吹き飛ばした。
何が起きたか分からない兵士たちは、逃げ惑うことしかできなかったらしい。
叫び声を上げて走り回る。
だがその中でも何人かは向かって来た。
葛篭は獣ノ尾太刀を薙いでそれを剣と鎧ごと真っ二つにしてしまう。
「おぉ……やるではないか」
「はっはっはっは! 奇術のお陰だんな! さて、もぅ手加減はせんぞ糞ガキどもが」
「然り」
ズンッズンッと、彼らに重圧がのしかかる。
公爵家の命令ではあったが、これは一体何の冗談なのだろうか。
悪魔か何かではないかとも捉えられるその表情を見て、兵士たちは震えあがった。
ただでさえ未知の魔法に襲われて、怪我人が続出しているのだ。
こんなのとどう戦えというのだろうというのが本音だ。
彼らはクレムから妙な赤い服の男を捕らえろと命じられている。
目立つ服装なのですぐにわかったが、これでは仕事にならない。
逆にこちらが蹂躙されている。
報告ではウォンマッド斥候兵は一人も殺さなかったという話だったので、今回もそうなのではないかと高をくくっていた。
だが今回は簡単に兵士を真っ二つにして見せた。
聞いていた話と違う。
兵士たちは口々にそう言いだし、士気が一気に落ち込んでいく。
葉の刃が宙を舞い、甲冑を切り裂く。
土が隆起して地面が割れ、綺麗だった庭が崩壊していく。
ここだけが動乱の世のように乱れ狂い、そしてその元凶がゆっくりと主の首を狙わんと歩みを進めていた。
敵にする相手を間違えた。
実際に戦った兵士たちは、誰もがそう思ったであろう。
魔法を使う余裕もない。
接近もできなければ遠距離武器を使用することさえ許されなかった。
圧倒的強者と言うのはこういうのを差すのだろうと、彼らは学んだ。
二人は怒りを露わにしたまま、屋敷の扉を蹴破った。




