6.5.久しい
スラム街は案外しっかりとした建物が並んでいた。
風化しているものもいくつかあるが、それでも使えない程にまでボロボロというわけではないようだ。
だがここで寒い冬を過ごすのは堪える事だろう。
ここに住んでいる者はやはり貧しく、物乞いをしに大通りへと向かう者も見て取れた。
やはり放置するのは普通なのだろうか。
彼らが戦力になればもっと国は強くなるというのに。
そんな事を考えながら、木幕たちはスラム街を歩いていた。
目的は同郷の者を探すこと。
貴族を殴って逃げているのであれば、この辺に身を隠していてもおかしくはない。
だが当てずっぽうでの捜索だ。
簡単に見つかることはないだろう。
「そこの者。このような赤い服を着た者を見なかったか」
そう言いながら自分の着ている服を示しながら座り込んでいる人に話しかけた。
だが首を横に振る。
また顔を伏せて眠り込んでしまったようだ。
何度もこうして聞いているが、誰も知らないという。
襲い掛かってきたり物乞いをしてきたりする者はいないが、この反応を見ていると少しいたたまれなくなりそうだ。
「見つかりませんねぇ。食べ物持ってない代わりに武器持ってるんで、怖がってるのかもしれません」
「かもしれんな」
「どうします? もう少し探してみますか?」
「だな。この辺に孤児院はないのか?」
「どうでしょう。ルーエン王国と同じ様にあれば良いのですが……」
あるかどうかは分からないが、そういう集団はいるかもしれないとしてもう少しここを捜索していくことにする。
炊き出しをしている人もいるかもしれない。
とりあえずまともに話ができる人を探してみたいところだ。
すると、ほとんどの人が座っているこの街の中で、しゃんと背を伸ばして普通に歩いているローブ姿の人物がいることに気が付いた。
相手は背を向けており、何処かに真っすぐ向かっているらしい。
レミもそれに気が付いたようで、木幕の顔を見て頷く。
ルーエン王国で奇襲を仕掛けてきたローブ姿と同じなのだ。
ここにもまたそう言った暗殺集団がいてもおかしくはない。
「っ!!」
「えっちょ」
スゥがレミの手を振り切ってそのローブ姿の人物に走って近づいていく。
ぎょっとして追いかけるが、その足音を聞いて向こうもこちらの存在に気が付いてしまった。
これは面倒くさいことになったぞと思いながら、走りながら葉隠丸に手を置いた。
スゥは足が速い。
木幕とレミにどんどん差を付けて引き離す。
そして、そのローブ姿の人物に体当たりをした。
「っととー! わぁ、久しぶりだねスゥ!」
「っ! っ!」
「ぬ……?」
「ええ?」
そう言うと、ローブ姿の人物はスゥを抱えて空中で振り回す。
やけに楽しそうだ。
どうやらスゥとこの人物は知り合いであるようだが……未だに顔が見えないので誰か分からない。
しかし、声は聞いたことがあった。
「ああっ! ライアさん!?」
「ははっ! 久しぶりですねレミさん! 木幕さん!」
そう言って、彼はフードを外す。
彼はルーエン王国で孤児院に冒険者活動をして稼いだお金を寄付してくれていた人物だ。
ライア・レッセント。
沖田川の弟子である。
長年姿を見続けていたスゥは、彼の後姿だけで誰かを察して飛びついたらしい。
あまり驚かさないでくれと木幕は思ったが、そのおかげで警戒をする必要はなくなった。
だがあとでこういうことは止めるようにと注意をしておかなければならないだろう。
ライアは相変わらずスゥを可愛がっている。
腰に携えている刀を見てしっかり修行を行っているのだなと直感する。
しかしどうしてライアがこんな所にいるのだろうか。
ルーエン王国で孤児院を任せていたはずではあるが……。
「ライアよ。向こうはどうした」
「あっちですか! そりゃもう凄いことになってますよー!」
「な、なに?」
あれから半年も経っていない。
こんな短い期間であの状況から大きく変わることなどあるのだろうかと思ったが、どうやらそれ以上に凄いことが行われていたらしい。
「バネップ様が全面的に協力してくれましてね! 今ではあそこにいたスラム街の人々は皆冒険者になっています! しっかりした食べ物を食べて体つきも良くなっていますし、健康そのものです! 更に更に! クオーラ鉱石を採取できる人が僕含めて三人になったんで、資金には困らなくなったのですよー! まーやっぱあそこは差別が激しいのでスラムメンバーでしか冒険活動できないんですけどねー」
「う、うむ……。早いな……」
「いやー、これも木幕さんが来てくれたおかげです! いや、総大将ですね!」
「……ん?」
最後の言葉を聞いて変な声が出る。
前半の説明は大体理解できた。
二、三ヵ月しっかりとした食事を取れば確かに体は強くなっていくだろうし、冒険者活動を行うことも不可能ではなくなるはずだ。
それにクオーラクラブを倒せるようになったということは大きな進歩だ。
倒さなければあそこまで大きな鉱石は回収することができない。
金に困ることは本当にないだろうし、何ならバネップが協力している。
そうそう形が崩れるようなこともないし、他の貴族からの嫌がらせも公爵であるバネップの存在があるから手を出すこともできないはずだ。
しかしそこまで成長しても尚、差別というものはやはり存在する。
他の冒険者はスラムの人間と組みたがらない。
それは仕方がないかと諦めている様だが、スラムのメンバーだけでも冒険者活動はできているのだという。
本当に凄い成長だと思う。
しかし、だがしかし。
総大将と言うのは一体何なんだ。
木幕がそう呼ばれたことは今までに一度もないし、ここに来てからもそういったことを言いふらしているわけでもなければ、活躍もしていない。
総大将と呼ばれるいわれは一切ないのだ。
「なんだ、その総大将と言うのは……。某は筆頭ではないぞ」
「あれ、師匠が総大将っていうのはその軍のリーダーのことだって言ってたんですけど……」
「いや、それは間違ってはいない。だが某の下に兵はおらん」
「何言ってるんですかー! いるんですよこれが!」
「……な、なに?」
更に混乱してくる。
一体何処にそんな兵力がいるというのだろうか。
今までそんな約束をしたこともなければ、兵を指揮したこともない。
ローデン要塞では指示を出しただけだ。
直接指揮したのは木幕ではない。
だが、それでもライアは兵がいるという。
何処に、と聞くと、得意げな表情を浮かべて笑った。
「スラム街の人々全員です! 今では彼らは孤高軍と名乗り出ておりまして、僕がその副大将です!」
「で、某が……」
「総大将、つまり軍のトップですね! 我々は今現在資金を持って様々な国で勢力を拡大するために奮闘しています! 何処にも属さないスラム街の兵力は、一国を覆すでしょう!!」
ライアは孤高軍を作るきっかけとなった木幕のことを、スラム街の人々全員に教えている。
だとすれば彼がリーダーであるべきだと、誰もが賛同した。
まだその兵力は小国程の軍事力しかないが、これから活動を行って行けばどんどん増えていくことになる。
そして、勝手に木幕は持ち上げられ総大将と言う立ち位置に配置されたのだ。
なんてことしてくれるんだと、木幕は心の中で叫び散らしたのだった。




