5.41.一斉攻撃
朝になった。
夜が明けるにつれて風が強くなり、吹雪に見舞われている。
だがこれでも優しいほうらしい。
しかしこれでは弓が使えない。
それを見越してのことだったのか、遠くの方から地鳴りのような音が聞こえてくる。
誰もがその音の正体を理解してしまう。
ランランと敵意に満ち溢れた目をこちらに向けながら、三千の魔物が進軍して来ていた。
その速度は早い魔物と遅い魔物とで様々ではあるが、そのせいか陣形が妙に取れている。
吹雪ではあるが、遠くの方はよく見えるほうだ。
接近戦での戦闘に置いては影響はほとんどないだろう。
「撃てー!!」
合図と共に投石機が魔物に向かって飛んでいく。
その音がこの合戦の始まりであった。
全方向で開戦の合図の笛が聞こえてくる。
既に接敵していると思われる東の城壁からは、爆発音もしていた。
木幕とレミ、そして津之江は南の城門の外に立っていた。
中で耐久戦などしていると、逆にやられてしまう。
前に出て打ち崩す。
それは他の者も同じであり、数百を超える冒険者や兵士が武器を構えて敵が接近してくるのを待っていた。
小型の魔物が前線を走り、機動力を生かして襲い掛かる。
だが流石戦いに身を投じ続けるローデン要塞の冒険者。
その全てを往なし、逆に刺し殺しては次の標的を見据えて攻撃を仕掛けて行く。
想像以上の働きに木幕は感心した。
だが問題はこの次だ。
中型の足の遅い魔物が、こちらに接近してきている。
そもそも小型の魔物の数が異常に多い。
これらを全て対峙してから中型の魔物を討伐するのはほぼ不可能だ。
頼みの投石機も装填に時間がかかり過ぎる。
弓兵がほとんど役目を果たせていないのも問題だ。
接近戦での中距離攻撃として弓兵は今戦っているが、戦闘能力の低い後方にいる弓兵の攻撃は全くと言っていいほど当たっていない。
風に矢が流されているのだ。
そしてここには魔術師がいないことも、劣勢を強いられる要因となっている。
冒険者も魔法は使えるが、魔術師程の効果力の攻撃を放てるわけではない。
今は小型の魔物を相手にしているので何とかなっているくらいだ。
これから時間が経てば経つほど戦況は悪い方向に傾いていくだろう。
その穴を埋めるのが、木幕と津之江だった。
「そろそろか」
「そうですね~」
木幕は鯉口を斬り、葉隠丸を抜刀した。
津之江も同じように薙刀を構える。
「葉我流奇術、針葉樹林」
「永氷流奇術、氷の拵え」
針葉樹の葉を出現させた木幕は、その葉を敵に向かって放っていく。
その瞬間に津之江が葉を凍らせる。
凍った針葉樹の葉は鋭利な刃となり、甲高い音を立てながら飛んでいった。
凍った針葉樹の葉は、魔物たちに突き刺さっていく。
どれだけ分厚い皮膚を持とうと、回避に優れていようと数の暴力とその鋭利な刃に成す術もなく命を狩られていった。
遠くにいた中型の魔物もそれに当てられ、大きな体躯を地面に背中から倒す結果となった。
広範囲攻撃のこの技は、木幕と津之江の前にいた魔物たちを一掃する。
「む? 意外と呆気ないな……」
「あらぁー……?」
一時的に魔物や兵士の動きが止まる。
兵士はその攻撃の軌跡を眺め、魔物は後ろを振り返って被害の状況を確認した。
呆気に取られていた兵士だったが、すぐにそれは雄たけびへと変わる。
「行くぞぉおおお!!」
『わああああ!!』
予想外の戦力。
これ程にまで心強いものはない。
若干怯んでいた魔物の軍勢は瞬く間に押され返していく。
だがここで引いてはいけない。
魔物たちは何かに恐怖するように、ローデン要塞を目指してもう一度進軍を開始した。
合戦が再開された。
誰もが自分の技量を確かめるように剣を振るい、魔物どもは人間の兵士に負けない程の声で咆哮を上げる。
今ので戦意を喪失していないところだけでも、奴らは立派な兵士だ。
だからこそ、こちらも本気になるしかない。
木幕と津之江は先ほどの攻撃を何度も何度も繰り返し行って行く。
例え三千の兵士がいたとしても、矢の雨を浴びせ続ければどうしたって崩壊していくのが通り。
彼らには魔力という概念がない。
手に持っている業物こそがこの奇術の根源。
無限に湧き続ける刃に宿る魔力は、主を助けるためだけに作り出され技を形成していく。
どうだ! 凄いだろう!
何を! こっちだって負けはしない!
そんな聞こえない会話を、葉隠丸と氷輪御殿はしているような気すらする。
これを繰り返していけば、勝利は確実となるだろう。
三千という数は、この世界の魔法を前にすれば数百と同義になる。
その事を、木幕と津之江はひしひしと感じていた。
「怖いですね」
「うむ」
奇術とは、恐ろしいものだ。
だがそれを振るえば、刀は喜んでいる。
主の役に立っている、主が使ってくれていると思っている様だ。
二人はまた刃を振るう。
何度目かになるこの攻撃は、敵の一掃に拍車をかけた。




