5.33.極められた雷閃流
掛け声が聞こえた瞬間、沖田川は前に飛び出した。
待ちだと思っていたが攻めの体勢を取った彼に木幕は驚き、葉隠丸を下段に下ろして防衛の構えを取る。
下がりながら動きを見ていたが、沖田川は一気に姿勢を低くした。
そのままばねの様に体を持ち上げ、その弾みを利用して抜刀。
下段からの居合。
体のしなり、バネ、足、肩、肘、彼が有する異様なまでの握力が織りなすその斬撃は、木幕の刀を圧倒して押し込んだ。
木幕はその攻撃を間一髪防いだが、彼の刃は鍔元まで迫り、ギャリッという音を立てて上へと押しやる。
下段に下ろしていたことが幸いした。
だがこの攻撃は木幕の肩にまで衝撃を与える。
「虚鞘抜刀術」
「葉我流剣術」
沖田川は頭上で虚空の鞘を作り出し、上からの居合を繰り出した。
木幕は下段から身と刀を引いて霞の構えをとり、葉返りを繰り出す。
ギャンッ!
片手だけで振り下ろされた斬撃に対し、木幕はそれを打ち落とすようにして切り込む。
寸分タイミングが狂えば自身の腕に傷がつくことだろう。
だが彼らはそれを往なし、木幕はギャチッと刃を返して二連撃目を繰り出した。
沖田川の力をもってしても、流石にこの攻撃は防ぐことができなかった。
ビタッと止まった刃に気が付き、沖田川はすぐに体を捻って回避する。
またぬるりとしたその動きは紙一重で木幕の攻撃を躱す。
素早い一回転をして沖田川は木幕を見据える。
その時には既に、刃は腰に構えられていた。
左手が鞘というのはなんとも厄介なものだと、横目でその動きを確認していた木幕はそう思って接近する。
「ぬっ!?」
思ったより速い追撃に沖田川は一瞬だけ反応が遅れる。
すぐに刀を振るが、木幕はそれを簡単に受け流す。
「破ッ!!」
「ぐぅっ!?」
身が触れ合う程にまで接近した木幕は、沖田川に掌底を繰り出す。
よろめいた瞬間を逃さず、木幕は追撃した。
「葉我流剣術捌の型! 枝打ち!」
「フッ!」
片手に持っていた葉隠丸を両手で握り、体を捻りながら水平切りへと移行する。
だが沖田川は一気に脱力し、その攻撃をしゃがんで回避した。
刃が通り過ぎたことを確認した沖田川は普通に刃を上に振り抜く。
だがその攻撃は届かず、木幕は距離を取ってしまう。
「げっほ……。そう来たか……」
「某も今の国にきて、体術を蔑ろにしていることに気が付いてな」
「そっちは苦手じゃ」
「では得意分野で行こう」
木幕は葉隠丸を納刀する。
そして、居合の構えを取った。
それをみて沖田川は目を見開いた。
その構えは雷閃流のものとよく似ているが、刃の鯉口は鞘口より三寸ほど離れている。
なので親指に鍔は当たらない。
少し刃を出しすぎな居合の構え。
だがそれも悪くはない。
沖田川も一刻道仙を納刀し、間合いを詰める。
「よし、参るぞ」
「若造が、いい面をしよる」
じりと双方が足を動かす。
間合いまで後一尺。
ここからは掛け合いだ。
相手がどう動き、何時力を込め、いつ刃を振り抜くか。
まだだ。
一歩、双方がまたにじり寄る。
呼吸を整え、意識を集中させ、今か今かと震える腕を必死に抑える。
一歩。
まだだ。
グッと力が入りそうになるところを押さえ、呼吸を止めた。
支えている柄の重さが、次第に増してくる。
一歩、そこで双方が一気に踏み込んだ。
抑え込んでいた力が爆発したかのように働き、鞘に納められていた刀が弾き出されたように抜き放たれる。
ズダンッという音と共にズバッという嫌な音が響いた。
鮮血が吹き出し、木幕が膝をつく。
「……本家には、勝てんか……」
「そりゃのぉー」
木幕は刃を切っ先まで出したところだ。
だが沖田川はそれよりも先に刀を振り切った。
ただ抜くだけだというのに、ここまでの差がある。
流石、それだけを極めて来ただけのことはある。
木幕は意識を集中させて傷を癒してみる。
すると痛みが消え、服も傷も元に戻ったようだ。
立ち上がって葉隠丸を納刀する。
「参った」
「うむ。で、何かわかったかの?」
「そうだな……。今は手詰まりだということが分かった」
「ほっほっほっほ。それだけ分かれば十分じゃのぉ」
考えても分からないということが分かったのだ。
それは成果である。
そしてそれこそが情報であった。
この世界には神を殺す方法が今はない可能性だってある。
文字の読めない木幕では情報だって集められないし、今はあの女神の言った通りのことをしなければならないだろう。
だがそれを成せば、あの女神には会える。
その後どうするかは、後で決めることにした。
まだ時間はあるのだ。
テトリスが道を決めると同じ様に。
「ほえー……。槙田さんは手も足も出せなかったのに……」
「ああぁ……?」
「ひえっ……」
二度目の立ち合いなのだ。
それでいい勝負ができないという方が難しい話である。
槙田は大振りが多い。
だがその分火力は高い。
彼の剣術は相手が防御する、もしくは下がることを前提に作られている流派であり、完全に動かず待ちに徹する沖田川の戦い方とは普通に相性が悪いのだ。
どちらもそのことには気が付いていないようではあるが、沖田川はなんとも遅い素振りだと見切っていた。
だがあの攻撃は受けることができない。
一度でも受ければ弾き飛ばされてしまうだろう。
「で、木幕さん。今日は何しにここへ?」
「……いや、某は任意でここには来れんのだ」
「あ、そうなんですね」
少し確認をして見るが、どうやらまだ時間ではないようだ。
なので今いる者たちに一つ聞きたいことがあったので、それを聞くことにする。
「お主ら、魔王軍というのは知っておるか?」




