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5.32.夢の中の死者


 木幕が目を開けると、あの空間にいた。

 周囲は黒いが、自分の姿ははっきりと見ることができる。

 それはその場にいつ他の者も同じであり、ようやく来たかと軽く手を振った。


 槙田正次、西形正和、水瀬清、沖田川藤清。

 沖田川を見つけて、やはりここに来ていたかと呟いた。

 そして彼には言いたいことがあった。


(じじい)

「ほっほっほ、酷い言われようじゃな」

「謀るのは良くない」

「確認せんかったお主にも非はあるのぉ?」

「はぁー……」


 死人に口なしとは本当によく言ったものだ。

 実際はこういう時に使用する言葉ではないのだが、何故かこの状況としても使えてしまう。


 だが沖田川が木幕を謀ったからこそ、彼は今までの考えを払拭せざるを得なくなった。

 悪い方向には行くことはない。

 だが木幕はそれよりも自分を謀ったということに憤りを覚えていたのだ。

 過ぎた事だし、今とりあえず文句を言うことができたので、これ以上何か言うつもりはないが。


 そこで、ふと沖田川の姿を見てみる。

 この空間は彼らの全盛期を模して再現される。

 しかし、沖田川は老人の姿のままだ。

 ルーエン王国で見た時の姿とは少しだけ肉付きが良くなっているくらいだ。


 それは明らかに筋肉が増えているということが分かった。

 ルーエン王国では暫く食べるものもなかった様だし、彼の体は痩せ細っていたのだ。


 これが沖田川の本来の姿。

 顔だちは全く変わらないが、その立ち姿と服から露出している肌からその屈強さと一切の隙の無さが伺える。

 その手は研ぎ師職人らしい優しい手。

 だが刀を握っていることもあって力強さも兼ね備えていた。


 それを確認した後、木幕は一つの叫び声を聞く。


「うがああああ!! なんっで勝てねぇんだこのくそじじいがぁあああ!!」

「ま、槙田さん! 流石にそれはマズいですよ!」

「うるっせえ! 弱い奴が口答えしてんじゃねぇえええ!!」


 槙田らしからぬ叫び声。

 興奮するとのろりとした口調が瓦解する様だ。

 西形が宥めているようではあるが、聞き耳持たずといった様子で彼を突き飛ばす。

 そのまま刀を持って沖田川に近づいてきた。


「もう一本だぁ……」

「懲りんのぉ」


 沖田川が軽く構えた瞬間、槙田も構える。

 沖田川は一刻道仙を腰に携えたまま構え、槙田は下段に構えて息を吐く。


「炎上流ぅ……輪入道ぅ!!」


 大股で一歩踏み出した槙田は、下段より大上段に向けて振り上げる。

 相手が武器を抜刀していないので、この一撃で切り伏せるつもりで切っ先を振り抜いた。

 そう、振り抜いてしまった。


「ヒョッ」

「うっぐ……」


 沖田川はぬるっとした動きで右側に避け、そのまま抜刀して柄頭を槙田の喉元へと近づけた。

 寸止めだ。

 蛇のようなしなやかな動き。

 そして二歩で槙田に接近。

 相手が踏み込んでくる事を考慮して、その踏み込みは非常に短い。

 踏み込み、というより足捌きという方が表現としては正しいだろう。


 炎上流輪入道は二連撃の攻撃技ではあるが、それを繰り出し切る前に勝負がついてしまった。

 槙田からしてみれば一歩目で見切られ、そして勝負が終わってしまったのだ。


 だが負けは負け。

 それが分からない程、槙田は常識がないわけではない。

 槙田は心底悔しそうにしながら紅蓮焔を握りしめ、一礼をする。

 紅蓮焔も悔しそうにカチカチと鳴っていた。


「ん何故ダアアアアアア!!」

「うるさいわね……」


 水瀬が思わず片耳を塞いで顔をしかめる。

 避難するように逃げて来た西形は、水瀬の背中に隠れていた。


 騒ぎ喚いている槙田を放っておき、沖田川はこちらに戻ってくる。


「さて、何処まで話したかの?」

「というより、この状況を分かっているのか?」

「ああ、それならもう僕が教えたので……」

「理解できたのか?」

「お主に殺されんでもお迎えは近かっただろうからのぉ~。その辺のことは死に間際によー考えたもんだから、分かり易かったぞ。ほほほほ」


 そう言いながら、沖田川はくつくつと笑った。

 そんな理由でこの空間のことを理解できるというのはなんとも不思議なものではあるが、分かってくれているのであれば問題はないだろう。


 西形の話はほとんど分からなかったが、死の世界は確かに存在していると沖田川は考えたのだ。

 自分なりの考えで理解する。

 これは研ぎの技術にも共通するものだった。


「ま、儂のことは別にいいわい。それよりも、次の相手のことじゃな。随分やりにくそうじゃの」

「うむ。沖田川殿は気を利かせてくれたからやりやすかった。津之江殿はやる気だが、周囲がさせてくれそうにない」

「まぁ何とかなりますよ。私は貴方に賭けてるんですから、宜しくお願い致しますよ?」

「善処はするさ」


 言うは易く行うは難し。

 無茶を言うものだと木幕は鼻で笑うしかなかった。


 そこで西形が姉を見ながらつぶやいた。


「神を殺す方法かぁ~。僕は殺してばっかだったから、そういうのは調べてなかったなぁ……」

「そう言えば木幕さん、何か見つかりました?」

「まったく」


 そもそもこの世界では神を崇めている者が多すぎるのだ。

 なので殺す方法など、それこそお伽話でしかないかもしれない。


 それに木幕はこの世界の文字が読めず、本での情報収集は難しい。

 口伝に聞こうにも、信仰する神を殺す方法を教えてくれと言って答えてくれる者はいるのだろうか?

 逆に激情して襲い掛かってくるのがオチである。


「どれ、では一度立ち合ってみるかの」

「む?」

「悩んでいる時は体に聞くのがいい」


 そう言って、沖田川は構えを取った。

 彼の提案を聞いて確かにと思ってしまった木幕も、同じ様に構える。


「二度目などあるのだなぁ」

「これが面白い」

「然り然り」


 二人は笑いながら、二度目の立ち合いを楽しむことにした。

 おずおずとしていた西形だったが、どうしても掛け声をやりたかったらしい。

 持っていた一閃通しの石突を地面に突き、掛け声をかけた。


「始め!」

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