5.31.捨てられた宝石
悲しそうな表情を露わにしたメディセオは、木幕が差し出した宝石を手に取った。
冷たく肌触りの良い感触が、その手に伝わる。
「捨てられた?」
「これはな。ティアーノに手渡した加護宝石なのじゃ」
「……」
師から貰ったものを捨てたという事実が、木幕にひどい憤りを覚えさせる。
メディセオはその事を気にしていないのか、逆に慈しむようにしてその宝石を見つめていた。
だが木幕の様子が変わったことに気が付き、首を横に振る。
「いいのだ」
「何故だ」
「化け物から貰った物など、持っていたくないだろうからな」
そう言った後、それを押し付けるようにして木幕に手渡した。
思わず受け取ってしまったが、こんな高価な物を自分が持っていていいのだろうかと悩む。
木幕が考え事をしている内に、メディセオは歩いてこの場を去ろうとした。
それを一度呼び止める。
「メディセオ殿」
「構わん。儂には不要な代物だ」
こちらを振り向かずにひらひらと手を振る。
その後ろ姿はやはりどこか悲しそうだ。
木幕は静かに、手に持っていた加護宝石を懐に仕舞った。
捨てられたのがバレないように、下町まで行って捨てたかと思うとやはり腹立たしい。
だが彼は構わないと言った。
それが彼の本心であれば、これ以上あの女に構う必要はない。
明日、一体どの面を下げてあの二人と対面すればいいのだろうかと悩んでしまう。
妙なことに首を突っ込んでしまったものだと反省した。
しかしこの加護宝石を貰えたのは幸運だった。
これで魔物が接近してきたというのがすぐにわかる。
どれ程にまでに高価な物なのかということは一旦置いておいて、有効活用させてもらうことにした。
とりあえず帰ろう。
次第に強くなってくる風が、早く帰れと急かしているような気がする。
◆
氷輪亭に戻ってみると、そこには四人の人物が椅子に座ってくつろいでいた。
津之江、テトリス、レミ、スゥ。
もう起きて来たのかと、スゥを見て思った木幕はそのままそちらの方へと足を運ぶ。
なにやらテトリスが不安そうな顔でこちらを見た。
さて、どう切り出したものかと思いながら、木幕は空いていた席に腰を掛ける。
「テトリスよ。お主はこれからどうしたい」
「どう……って言われても……」
「簡単だ。勇者を目指すか、この店を継ぐか。どちらかを選べということだ」
「えっ」
木幕のその問いに、津之江とレミは小さく頷く。
二人はどちらか片方しか選ぶことができないことを知っていた。
勇者になるという道を選べば、この店で働くのは難しくなる。
店を継げば、勇者になる為に必要な修行を蔑ろにしてしまう。
両立は不可能なのだ。
これは津之江にとっても重要な案件だ。
彼女もテトリスが次にする言葉を待っている。
だが中々決めれないのか、テトリスは俯いて黙ってしまった。
「木幕さん。話はさっきレミさんから聞きました。彼……元勇者はあのあと何を貴方に伝えたのですか?」
「メディセオ殿は一人だった。それを嘆いていたな」
「師匠、どういうことですか?」
「分からぬのであれば、分からない方がいい」
「?」
あの話は、おいそれと簡単に人にしてはいけないものだ。
勇者の道を未だに残しているテトリスの前では特に。
だからこれ以上のことは言えなかった。
勇者であったメディセオに、勇者など碌でもないと言われたテトリス。
それがどういう意味を持っているのか、流石に教えることはできない。
テトリスのためを思って聞きに行った木幕だったが、言葉にすることができないということをここに来て気が付いたのだ。
悪いと思いながらも、まずは彼女の選択を聞くことにする。
「テトリスちゃん。貴方がやりたいことをしてくれると私は嬉しいわ」
「で、でも……」
「あら? 私が負けるとでも思っているのかしら? それは心外ねぇ」
「いやっ! ちがっ! そ、そうじゃなくて……」
「ティアのことね」
「……はい……」
テトリスは、彼女に見込みがあるとして弟子にしてもらった経緯を持っていた。
ティアーノと出会うまでは剣術など齧ってもいなかったが、彼女の見込み通りテトリスは強くなり、今では冒険者としても活躍できるほどの実力を持つ。
ランクで言うとまだCランク程度なのだが、技術や経験を積んでいけばさらに上に上り詰めることができるだろう。
勇者に見込まれた、認められたことが、テトリスは嬉しかった。
だから彼女の期待にも応えたい。
しかし長年一緒にいた津之江のことを捨ててしまうのはもっとやりたくない。
その二つの壁が、テトリスに迫り悩ませていた。
そこで、津之江がテトリスにもう一度話しかける。
「ティアはね。木幕さんのことを魔物だと思ったのよ」
「……え?」
「あの子が奇術を使うのは魔物だけ。他の冒険者なんて奇術を使わなくても素の力だけで勝てるのよ。でも木幕さんには勝てなかった。あの子は初めて人に対して奇術を使ったの」
「それが……なんなんですか?」
「フフッ。守るべき人間に対して奇術を使ったあの子は、勇者かしら?」
「え……」
木幕とレミ、スゥがあの場を去った後、津之江はティアーノに軽い説教をしていた。
勇者という存在の在り方を知っていた津之江。
それ故にティアーノが間違ったことをしたと思って注意をしたのだ。
何故か津之江に絶対的な信頼を置いているティアーノ。
それを真摯に受け止めたようではあったらしいのだが、心の何処かではへそを曲げていた。
それが分からない程、子供の扱いが苦手なわけではない。
だから、ティアーノの様な勇者になるようであれば、津之江はテトリスを全力でこちら側に引きずり込む予定だった。
個人的に店を継いで欲しいという考えもあるが、ここから先はテトリスが決めること。
この後何も言わず、ただ静かに彼女の言葉を待った。
「う……うぅん……」
「ま、悩むといい」
すぐに決めなければならないということではない。
急かす話でもないのだ。
木幕は立ち上がり、階段へと向かう。
そろそろ夜の時間だ。
ここに居ては邪魔になると思うので、そっと上へと上がったのだった。




