5.30.笑顔は貰えない
外に出て老人の背中を追う。
彼は誰かが後ろからついてきていることに気が付いたのか、足を止めて振り返った。
「どうしたのかな?」
「……メディセオ殿。彼女は勇者の弟子。その子の前であの発言はどうかと思うが」
彼女の目指すものを、完全に否定している発言だった。
それが勇者ではなく他の人物であれば全く別の反応になっただろうが、彼は元勇者。
勇者を目指すものが勇者に否定されては、これからどうすればいいのか悩むのが普通である。
現にテトリスはあの時、相当戸惑っていたように思えた。
知らなかったのであればいざ知らず、彼は勇者見習いだという事を知ってからああ言ってしまった。
狙ったかのように。
「ああ、だが本心じゃ」
メディセオは詫びれるそぶりもなく、そう言い切った。
「少し、話を聞いても良いか?」
「構わんよ。ただの愚痴じゃがな」
そう言って、彼は近くにあった壁に寄りかかる。
木幕もそれに倣って同じ壁に寄りかかり、耳だけを傾けて彼の話を聞く態勢を作る。
大きくため息を吐いた後、メディセオはポツポツと話し出す。
「若い頃は儂も、勇者という立場に憧れを抱いていた。だからランクを上げようと躍起になっておったわい」
メディセオはこの地で生まれ、育ち、若いころから魔物の群れ、更には魔王が指揮する魔王軍とも幾度となく戦って来た。
この土地で生まれた者は、強くなれる。
強い者が集まる要塞なのだ。
その血縁が更なる強者を生み出した。
メディセオもそのうちの一人だ。
だが両親はそこまで強いとは言い切れない。
この実力はメディセオが自力で獲得したもの。
日々戦いに明け暮れ、気が付けばSランクという称号を有し、しまいには勇者と呼ばれるようになっていた。
当時は勇者と呼ばれるだけで気分が良くなり、自らの力を魔物討伐に注ぎ続けた。
だが、ティアーノという名前の女性を弟子にして暫く経った時、ふと気が付いたことがあった。
「儂は、一人だった」
「……」
後ろを振り返ってみれば、誰も付いてきてはいなかった。
尊敬のまなざしを向けてくる者は確かに多かったが、後ろを付いてきている者は本当に誰一人としていなかったのだ。
弟子であるティアーノさえも。
勇者は強くあればあるほど尊敬され、注目される。
だが、彼だけは違った。
規格外過ぎたのだ。
ローデン要塞に魔物の軍勢が現れ、外で作業していた木こりたちが襲われたことがあった。
メディセオは報告の後二分でその現場に到着し、未だなお襲われている木こりたちを助け、魔物を殴殺した。
簡単な仕事だ。
勇者らしい良い仕事をしたと、その当時は思っていた。
勿論助けられた者たちも感謝を露わにし、こちらに笑顔を向けてくれていたはずだ。
だが今思い返してみれば、それはメディセオに向けられたものではなかった。
あの時の笑顔は、安堵からくる笑顔だったのだ。
勇者としての実力は他の勇者の追随を許さない程の実力があった。
だが、彼らはその力を恐れた。
本当に同じ人間か?
そう言われた時の衝撃は、今でも忘れることができない。
メディセオは今まで感謝されていると勘違いしていた。
だが実際は、恐れられていたのだ。
「勇者と呼ばれ、気分が良かった。じゃが……化け物と遠まわしに言われて折れてしまったわい」
「そうであったか」
「ああ。だから弟子のティアーノも儂から多くは学ばなかった。元より才はあったからな」
強ければ弱者を助けれると思っていたメディセオは、やはり勇者など碌なものじゃないと今一度呟いた。
「強ければいいというものでは、ないのだな」
「……だから、あの子には勇者なんてなるのは止めて、あの店でずっと働いて欲しい。勇者と店、両方やるのは無理じゃからな」
「……二つの道を一つに絞るのも、勇気ある者の行動か」
「今回の場合は、じゃがな」
勇者を目指すか、あの店を継ぐか。
テトリスがあの店を継がなければ、近い内に潰れる可能性が出てくる。
その前には決めておいてもらいたいものだ。
軍勢が来ているとなると戦いはお預けになるので、考える時間はまだある。
しかし、メディセオの弟子であるティアーノすらも彼からほとんどのことを学ばなかったというのは、どういうことなのだろうか?
勇者も弟子を取るということは分かっている事ではあるが、そんな弟子など聞いたことがない。
「規格外すぎて学べることがないと離れて行ったのじゃ」
「呆れた……」
「儂もじゃ」
彼が教えたのは素振りのみ。
それ以外にも学べることは多かったのだが、早々に見切りをつけてしまったようだ。
だが彼女の能力は魔物を正面から倒すのではなく、気が付かれずに殺すことを得意としている。
そもそもメディセオとティアーノの戦闘スタイルが違いすぎるのだ。
「それで勇者と名乗って弟子を取るのはどうかと思うが。これでは型破りではなく型抜きではないか」
「はっはっはっは! 確かに何も学ばず勇者と名乗っておるからのぉ! まぁ勇者としての素質はあるのだ。儂が言うことはもうない……。おっ」
ふと気が付けば、牡丹雪が舞い始めていた。
風は先ほどより緩やかになったが、後にまた吹雪くだろう。
メディセオが帰るそぶりを見せたので、木幕は懐に手を突っ込んであの宝石を取り出した。
「これはお主のだったな」
「…………」
それを見たメディセオは、悲しそうな表情を見せて落胆した。
「捨てられたか……」




