2.3.稽古
代わり映えのしない山道を歩いて数日。
だんだんと歩きやすい道になってきており、足が疲れなくなってきているので、一日に進める距離が随分と伸びた。
とは言っても、先日レミが解体したリザードマンの鱗を木幕が慣れないリュックというこの世界の風呂敷のような物に入れて持ち運んでいるので、体は少し重たくなっている。
だがそれを旅の支障に数えるほど貧弱ではない。
レミはそうは言えないようではあるが。
「ぬぬ……」
レミは今の今まで、その辺にあったそれなりに真っ直ぐな木の枝を両手でクルクルと回しながら歩いてきていた。
回し方は非常に簡単なもので、丁寧に両手を使っている。
歩いているときは必ず回させるようにさせているため、腕はすでにパンパンなのだろう。
少し辛そうに棒を回し続けている。
枝自体もそれなりに太い物なので重量が有り、これを回すだけでも力はつく。
回すだけなら振り続けるよりは苦にならず、自分の見合う速度で力を付けることが出来るので、今はレミにただただ棒を回させているだけだ。
本人は多少不満があるようではあるが、これは必要な事である。
取り敢えず移動中はこれをさせるつもりだ。
明日には別の稽古方法を覚えさせることにしよう。
「あの……師匠……。これは後どれ程続ければ……。」
「今日一日だ」
「はぅ!?」
レミはすでに成人しているため、棒を体に馴染ませるためには相当の訓練をしなければならない。
子供であれば、吸収力が高いのでそこまで無理強いさせなくても良いのだが、今回はそうはいっていられないのだ。
そもそも、これくらいでへばるようであれば、稽古など今後させないつもりではあったが。
とは言っても休息は必要だ。
この稽古は持続して続けるのではなく、毎日続けることが重要な物。
今焦らずとも良い物だ。
今回はレミが何処まで出来るのかを確かめる物でもあった。
今は短い時間程度しか振れないようだが、それでも十分だろう。
「レミよ。休もうか」
「はいぃ……」
そう言うとレミはすぐに棒を手放して腕をだらんと下げる。
そして水筒を取り出してカプカプと飲んでいた。
「ふー……。なんか旅するより大変な気がします」
「これからもっと厳しくなるから覚悟しておくように」
「はい!」
こういうときの返事は非常に良い。
この調子で引き続きやって貰いたい物だ。
「まだ街まで時間はかかるな」
「そうですねー……。馬車でも見つけれれば良いのですが……」
「というか……よかったのか?」
「? なにがですか?」
「某と共に旅に出ることだ」
あの時はレミの剣幕に押され、そして自分の事も考えての事だったからそんなに深くは考えていなかったが、木幕のやろうとしていることは人殺しの旅である。
戦も戦いも、昨日まで知らなかったレミにこの旅は少し酷なのではないだろうかと、木幕は思っていたのだ。
「あははは。そんなことですか」
「……む?」
「師匠って神様から天命を授かったのでしょう? じゃあそれがなんであろうと、手伝おうと思いますよ。だって名誉な事ですから!」
その言葉に木幕はぞっとした。
この世界で、あの神と呼ばれる存在の言葉はそれ程までに重いのだと。
人殺しもいとわない。
これはある種の洗脳にも思えたが……それをレミに聞くのは躊躇われた為、一言そうか、といってその話しを終わらせた。
「む?」
「? 師匠どうしました?」
「何か音が聞こえぬか?」
「音?」
耳を澄ませてみれば、人の声が聞こえることに気が付いた。
音を一つ一つ確認してみる。
金属がかち合う音。
人の叫び声。
そして馬の声。
最後に……聞いたことのない汚い声が聞こえていた。
「こういうときはどうする?」
「い、行きましょう!」
「わかった」
二人はそれなりの速度で声の聞こえた方へと走っていく。
近づくにつれて音は大きくなっていくのだが、人の叫び声が小さく少なくなっていっているようだった。
ようやく馬車らしき物が見えてきてた。
数人の護衛らしき人物は、あまり硬そうにない武具を身につけており、両手には両刃の長い剣が握られている。
護衛はすでに五人ほどが倒れてしまっているようで、今戦っているのは三人だけだ。
そして敵対している生物なのだが……緑色の餓鬼のような生物だった。
だが数が多い。
三十から二十匹はいるだろうか。
身につけている物はみすぼらしいったらありはしないが、それでも凶器には変わりない。
これだけの数に囲まれれば流石の木幕も救出は難しいと踏んでいた。
だが見てしまってから背を向けて逃げる等と言うことは木幕には出来なかった。
「……すでに乗ってしまった船か……」
木幕は葉隠丸を抜く。
数相手の敵には漆の型、木枯らしで斬り捌いていく。
枯れ葉が宙を舞って地面にひらりと落ちていく光景に、緑色の餓鬼は首をかしげていた。
足に伝わる枯れ葉を踏む音を確かめながら安全も気にする。
「グギャ」
「ガギャアア!」
「カキャァ……」
敵は身長が低いので下段からの斬り上げで十分に対処することができた。
動きが速い訳でもないし、冷静に対処すれば全く脅威にならない存在だ。
そのまま足を運び続けて緑色の餓鬼を斬りふせていく。
「ご、ご助力感謝します!」
「良いから動け」
残っていた三人も、木幕に続いて一気に減った緑色の餓鬼と戦っていく。
三人は木幕の協力で士気が上がったのか、動きが先程ちらと見たときより良くなっていた。
数に苦戦はしているようではあるが、それでも優勢には立てているようだ。
最後の一匹を木幕が斬り伏せて、この場での戦いは終わった。
「……レミ」
「はいっ!」
「戦わぬのかお前は……」
「無理です!」
「腰に携えているその武器は何のためにあるのだ……」
後ろの木陰でその様子を見ていたレミは、何故か自信満々に戦力外宣告をしたのだった。
◆
倒れた五人はどうやら毒にやられてしまったらしく、助けに行った頃にはすでに助からない状態であった。
護衛の三人はすぐに死体と緑色の餓鬼を積み上げて魔法という物を使って火を起こして火葬した。
皆燃え尽きるまでの間は浮かない顔をしている。
先程まで話していた人物が死んだのだから当然だ。
炎が消えて燃え尽きた後、一人の護衛が木幕に頭を下げた。
「ご助力感謝します。お陰で生き残ることが出来ました」
「よいよい。しかし、先程の敵はなんだ?」
「? ゴブリンですが」
「酷く弱かったぞ」
これは素直な感想だ。
ただ突っ走ってくるだけでろ碌な攻撃的をしてこなかった。
まぁ確かに武器を振り下ろしてはいたが、どれもこれも威力が弱すぎる。
あのような生物に不覚を取るとは。
声には出さないが、木幕はそう心の中で呟いていた。
「……」
木幕の言葉の裏の意味を理解したのか、衛兵の一人はしばらくの間真顔になる。
だが一度ため息をついた後、「確かにそうだ」と呟いた。
「数はあちらの方が多かった、油断した、では済まされない問題でしたね」
「それはただの言い訳でしかないからな。ま、死を嘆く暇があれば、前を向けと某は言うぞ」
「そうですか。あ、申し遅れました。私はCランク冒険者のダイルです」
「木幕である」
ダイルは木幕に手を差し出す。
あまり気乗りしない木幕だったが、無下にする理由もないので素直にその手を取った。
あまり鍛えていない手だ。
手に力強さが感じられない。
そんなことを考えているとダイルが声を出す。
「木幕さん。もしよろしければ護衛を頼めませんか?」
「目的地は?」
「リーズレナ王国です」
「乗った」
報酬は別に気にしない。
今の木幕達の目的は、何処でも良いから国に行き路銀を稼ぐことだ。
ついでにレミの稽古。
なので馬車に乗せて貰うだけでも良い報酬と言えよう。
だが……。
「報酬がいらないってのは駄目です! そんなんだと足下すくわれますよ!」
「ぬ? そ、そういう物なのか?」
「そういうもんです!」
初対面に早速怒られてしまった。
やはりこの世は理解しにくい事が多いと、木幕はまた頭を悩ませる事になった。
この世の常識は、本当に故郷と違うのだなと再確認させられた後、馬車に乗って目的地へと進む事になったのだった。