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5.27.ボレボアについて


 ギルドの奥はなにやら騒がしくなっていたようだが、広間まではそこまで声が届かないので木幕たちはその辺でゆっくりすることができていた。

 あのような大きな魔物に襲われたのだ。

 あれ程にまで本気で刃を握ったのは、沖田川と戦った時以来である。


 スゥと椅子に座って待っていると、奥の方から誰かがこちらを指さして説明している。

 どうやら魔物の買い取りを任されていたギルド職員が、初老の男性に木幕たちのことを説明しているようだった。


 その人物を見て、一緒に休憩をしていた四人が目を見開いて驚く。


「あれ……! ギルドマスターのドルディンさんじゃね!?」

「うわぁ……本物初めて見た……」


 ドルディン・マンドレイ。

 このローデン要塞に集う猛者共を束ねるリーダー的立ち位置に属する人物。


 少し痩せこけているが、茶色い髭がそれを隠すように蓄えられており、年相応の見た目の良さから誰も痩せていることに疑問を持たない。

 しかしその手は年季が入っており、幾つかの傷が見て取れる。

 こちらに歩いてくる足取りは軽やかで、一切の隙を見せつけない。

 茶色のジャケットにベージュの細いズボン。

 加えて白いネクタイを付けている彼のその服装は、何処に出ても恥ずかしくのないものであるように思えた。


 片目についている丸眼鏡をくいと持ち上げながら、木幕の方をじろりと睨む。

 

「失礼、貴方がボレボアを討伐したのかな?」

「如何にも」

「良ければその時の話を聞きたい。ああ、申し遅れた。私はドルディン・マンドレイ。ここのギルドマスターをしている老人だ」

「木幕である。場所は移動するか?」

「悪いがそうしてもらえると助かる。どうにも私がここに出てくるとうるさい冒険者が多くてね」


 そう言いながら、ドルディンはリーズたち四人を見る。

 ドルディンの姿を見て騒いでしまった彼らは、ビクッと身を強張らせてお叱りが飛んでこないように身を低くした。

 小さくすいませんという言葉が聞こえたが、彼には届いていないだろう。


 木幕はドルディンの提案に頷き、一度この場を後にした。

 スゥは連れなので連れて行くことにする。

 この子もあの時の現場を見ていたので、証言者にはなるはずだ。

 言葉が発せないので頷くくらいしかできないだろうが。


「ローデン要塞では見ない顔だ。何処から来たのかね?」

「ルーエンとかいう国だった筈である」

「ああ、隣の。随分近いところから来たのだね」

「初めはリーズレナという国の納める小さな村からだが」

「……随分、遠くから来たのだねぇ……。ということは旅人か」

「そうなる」


 感心したようにそう言ったドルディンに淡白に答える木幕。

 興味がないわけではないのだが、少しとっつきにくさを覚えたドルディンは一度会話を切って咳払いし、到着した部屋の扉を開けた。

 中は客室のような場所だ。

 高級そうな家具や花瓶などが置かれているが、なんともその花瓶に活けられている花が詰まらない。


 ただ青い花を花瓶に突っ込んだだけのもの。

 これでは花がかわいそうだとは思ったが、招き入れてもらっているのだから細かいところにケチをつけてはさすがに気分を害される。


「まずは掛けてくれ。ボレボアについて少し話を伺いたい」

「分かった」


 勧められるまま椅子に腰掛ける。

 しかし少しばかり暑かったので、レッドウルフの毛皮で作った羽織だけは脱いで隣に軽くたたんで置いておく。


「……見たことのない服だ。何処で仕入れたのかな?」

「某の故郷の服を真似て作らせた粗末なものだ。それよりも話を」

「ああ、そうだったね。ではまずボレボアを何処で見たのか、そしてどうやって討伐したのかを教えて欲しい」


 それくらいならと、木幕は今しがた経験してきた事を語った。

 話自体は簡単であり、思ったよりもすぐに終わってしまった。

 スノードラゴンを討伐して帰ろうとしたら、ボレボアに遭遇してそれを討伐しただけだ。

 ボレボアの攻撃方法とその特徴だけは重点的に教えると、ドルディンはメモを取って頷いた。


 幾度となく斥候を担って来たとされる魔物、ボレボア。

 その攻撃方法は分かっていても、距離で精度が変わるというのは誰も知らないことであった。

 だがこれは木幕が感じ取った一つの考えだ。

 確約できない以上信じすぎるのは控えてもらうよう、ドルディンに忠告する。


「分かっている。だがこの情報は有益なんだ。ボレボアを接近戦で倒すというのはあまり聞かないからね。勇者でもない限り」

「……すまんがボレボアという魔物についてもう少し詳しく教えてくれないか? あいつらの話だけではどうにも良く分からんことが多くてな」

「何処まで聞いたのかな?」

「ボレボアという魔物が斥候になっており、そいつが目撃された国は例外なく魔物の軍勢が押し寄せるというところまでだ」

「ち、知識不足共め……」


 ドルディンは片手で頭を押さえて嘆息する。

 ここに集まる冒険者は強者揃いではあるが、それ故に頭の方が残念な方向に向かっている。

 勿論冒険者をするだけの基礎的な知識だけは有している様だが、冒険者というのは強さを一番に見られがちだ。

 これも仕方のないことなのかもしれないが、知識がない故に命を落とすということも多々ある。


 ドルディンは考えを改めさせようと、講習会や勢いに乗っている冒険者に注意をしようと心がけてはいるが、成果はあまりない様だ。

 大体の冒険者は強くなって怪我をしなければ何も問題ないと、まさに脳筋思考を携えてまたこのギルドを出て行ってしまう。

 それを嘆いている様だ。


「っと、すまない。愚痴が過ぎたな」

「強さゆえの驕り、強さを求めるあまり周りが見えていない、の二つであるな」

「是非貴方の教えで皆を導いて欲しいものだ……。っとまた話が……」


 歳を取ると次から次に話が飛躍することがある。

 そう言った老人を木幕も何度か見てきたが、今のは木幕がまた掘り下げたからであってドルディンは悪くないだろう。

 だが予想通り話に喰らいついたなと少しばかり面白くなった。

 そろそろ魔物について教えてもらおう。


「ボレボアは以前、Bランクに該当する魔物だった。今はAランクだが、ランクが上がったのには理由がある。まず知性があるということが分かったこと。更に接近戦では戦いが不利になったということ」

なった(・・・)?」

「今までボレボアは、毛を使った攻撃でしか襲ってこなかったんだ。だがそいつも斬ってしまえばただの毛。あの体躯をどうにかさえしてしまえば対処の仕様はいくらでもあった。だがいつからか、魔法を使うようになったんだ」

「あの爆発か」

「そうだ」


 あの爆発を引き起こす攻撃は非常に強力だった。

 降り積もった雪が地面ごと吹き飛ぶのだから、その威力は想像を絶するものだろう。

 しかしこの変化はつい最近判明したことだ。


 そしてこの変化に気が付いた時、ボレボアは斥候の役割を果たしているのではないかとささやかれ始めた。


「ここから馬車で一ヵ月進んだ場所に、ローデン要塞のような魔物と戦う最前線防衛都市、ライルマイン要塞という場所がある。そこでは魔物の生態調査を同時にやっていてな。ボレボアの生態を調査していた調査員が、そいつの後をついて行ったらSランクの魔物と何かやり取りをしていたというのを発見したそうだ」

「……それだけでそう決めつけたのか?」

「そんな訳はない。後日ライルマイン要塞に魔物の軍勢が現れた。その軍はライルマイン要塞の防衛設備が手薄な場所を狙って壁に張り付き、第五城壁ある中の第三城壁まで侵入を許してしまったらしい。そして後になって分かったことだが、その周囲をうろついていたのが、そのボレボアだったのだ」


 調査員の調査は変態ともいえる所業であり、ボレボアの歩幅、歩いた道、壁を見上げた回数、食事をとった回数と水の代わりに雪を食った回数など事細かに記していた。

 それが後に重要な資料となる。


 魔物がこれだけ正確に城壁の弱いところを狙ってくるというのはまずありえないことであり、当時のライルマイン要塞は内通者がいるのではないかと騒ぎ立てるまでに至ったのだ。

 しかし魔物を従えさせるなど魔王でなければできない話。

 内通者と言っても人間に化けているなど考えられる筈もなく、皆頭を悩ませた。


 そこでその調査員がボレボアの歩いていた場所、見ていた場所などを破壊された城壁付近で確認を取っていると、ボレボアが一番うろついていたその場所こそが、魔物が集中して集まって来た個所であった。

 それだけであれば誰も信じなかっただろうが、調査員が見たというSランクの魔物との会話。

 これが決定的な証拠となり、ボレボアの調査がまた何度か行われた。


 調査は難航し、何個のもの村や小国が潰されてしまった。

 だがその陰にはいつもボレボアが存在していたのだ。

 そしてようやくボレボアが魔王軍の斥候であるということが、全ての国に認知されるまでに至る。

 二年前の話だ。


「とまぁ、ボレボアが斥候ということが分かった歴史はこれで以上だ」

「魔物同士は意思疎通ができるのか」

「そう考えて差し支えないと思うよ。人間並みの知性があるなんて今まで知られてなかったことだ」

「防衛の薄いところを狙う、か」


 本当に獣風情の知能だけで、そこまでのことを考えることができるのだろうか?

 そんな事を考えていると、木幕はふと思い出したように懐に手を突っ込んで、あの宝石を取りだした。


「言い忘れていたのだが、そのボレボアと対峙する直前、こいつが光り出したのだが何か知っているか?」

「!?」


 ドルディンは大げさに驚いて、その宝石に近づいた。

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