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5.16.稽古


 誰も居なくなった場所で、木幕が黙想をしていると、目を覚ましたスゥが上体を起こす。

 机の上に置いてあった水を飲み、一息ついた。


「っ」

「起きたか。レミの様子でも見に行くか」

「っ!」


 スゥが寝ていた時間は、一時間ほどである。

 この程度の時間で津之江の稽古が終わるとも思えない。

 今から見に行っても間に合うことだろう。


 立ち上がった二人は、とりあえずレミが連れて行かれた方向へと歩いて行ってみることにする。

 何処で稽古をしているかなどは知らないので、この辺は当てずっぽうだ。

 室内であることは間違いないのだろうが……今いる場所からでは音などは聞こえない。

 少し離れているのかもしれないなと考えながら、周囲の音を拾いつつ歩みを進める。


 すると足音が聞こえた。

 そちらの方をちらりと見やれば、テトリスが歩いている。


「まだいたのか」

「仕込みだけど」

「手は離せるか? 津之江のいる場所に案内してもらいたいのだが」

「いいけど……」


 そう言って、テトリスは指をさして一つの建物を窓を一度空けて指さした。


「そこに居るわ」

「わかった。お主も後で来い」

「え?」

「津之江にも伝えておく」

「え? やめて?」


 テトリスが何かを言い終わる前に、木幕は指示された場所へ向かって歩いていく。

 裏口から外へ出て、雪道を進む。


 指示された場所は今まで木幕たちがいた場所からそんなに離れてはおらず、すぐに到着することができた。

 どうやらここは他の冒険者も使っている稽古場だということが分かる。

 その証拠に中から木剣を交える音と叫び声がよく聞こえてきた。


 中から聞こえてくる覇気に少し怯えているスゥだったが、こんなもの戦場に比べれば生易しい。

 臆せず足を踏み入れる木幕に引っ張られるようにして、スゥも中へと入って行った。


 そこは少し小さめの共同道場であるようで、中では数人の人物が各々の剣技を磨くための稽古を行っている。

 道場だというので靴を脱ぐ物かと思ったのだが、床は地面となっていた。

 道場というより、訓練場という方が正しいかもしれない。


 その中に、津之江とレミの姿があった。

 靴は脱いで足袋を履き、できる限り裸足に近い状態での稽古。

 本来であれば裸足で稽古するのが普通だが、この世にはあまりそう言った整えられている稽古場がない。

 今まで通ってきた国でもそれは同じだったので、木幕もレミを教えるときは実践に近い形で教える事にしていた。


 今二人は薙刀を持って軽い足捌きと腕の動かし方を練習している様だ。

 刃は下段に置き、できる限り身に引き寄せてのすり足。

 すり足は今までも練習していたものなので、レミは難なくそれをこなしていく。


「いいですね。流石木幕さんから教わっているだけあります」

「う、腕との連動が難しい……」

「慣れですよ。歩いている時、自然と腕が動くでしょう? それと同じです」

「うー……?」


 苦戦しながらも、津之江がやっていることを真似して前進していく。

 まだぎこちなさはあるが、これは次第に解決していくものだろう。


 近場に椅子もあったので、木幕はスゥをそこに座らせてから自分も座る。

 今は邪魔してはいけないだろう。

 ついでに他の者たちの稽古風景を見てみることにする。


 長物の直刀と扱う者や盾と短槍を駆使して立ち回る者。

 少し離れた場所では弓術の修行をしている者と、奇術なるものを扱っている者など様々な武芸者がここは集っていた。

 自らの技術を学ぶためにここで奮闘している者たちには、好印象が持てる。

 思わず少しばかり口を出してしまいそうになるほどだ。


 だが残念ながら木幕に弓術や直刀、短槍の武術は教えれない。

 教えることができるのはせいぜい足捌きや体の動かし方程度である。


「はぁっ!」

「よ、ほっ!」


 しかし、見ていて勉強になることもある。

 小さい盾で攻撃を受け流し、その虚を突いて突きを繰り出す。

 それに対応している直刀使いも中々のもので、その反応速度は突きを繰り出してくる相手よりも速い。


 もしかしたら防がれることを念頭に置いて戦っているのかもしれない。

 次の手を考える余裕と、油断しない心構え。

 中々大したものだと心の中で称賛する。


「しかし見ない武器だ。何と言う名なのだろうか」


 木幕が見ている直刀の武器は、両刃の長い鉄の剣。

 この世界でいうロングソードという名で呼ばれる武器なのだが、それは身の丈を優に超えている物である。

 ここまで長いロングソードは滅多に見ないのだが、それを扱う彼は悠々と剣を振り回していた。

 まるで軽く細長い棒を操っているかのようだ。


 その動きに短槍と盾を持っている人物は苦戦しっぱなしだ。

 見た目からしてその重量は重そうであり、実際に何度もよろめかされていた。

 小さな盾ではあの斬撃を防ぎきることは難しいのだろう。


 ガンッ! ドッ!

 ロングソードの下段からの振り上げで盾が上へと弾き上げられた。

 すぐさま弾き上げられた盾を構え直そうとするが、その前にロングソードの柄頭が胸部へと直撃する。

 あの状態からの振り下ろしは時間がかかると判断したのだろう。

 そのまま真っすぐ踏み込んで、剣の腹を肩に置き、飛び出している細長い柄を押し出すようにして牙突を繰り出した。

 中々の判断力だ。


「ぐっうっ!」

「っしー……! っしゃぁ!」

「くそぉおおまた負けたあああ!」


 その反応に、木幕は少し首を傾げる。

 この世での稽古は礼はしないのか。

 やり方にケチをつけるわけではないが、やはり違和感とは残るものだ。


 しかし面白い物を見させてもらった。

 木幕は立ちあがり、その二人の元へと歩み寄る。


「良き動きであった」

「お? 誰だい?」

「ああ、すまん。某は木幕という。ここに入った時威勢の良い二人組がおったものでな。つい魅入ってしまった」

「いやー粗末な剣で申し訳なねぇ。ああ、俺はリーズ。こっちはレイダンな」

「こんちゃーっす」


 ロングソード使いがリーズで、短槍と盾を扱う者がレイダンのようだ。

 二人は同じような武具に身を包んている。

 頭には額当てをしており、後はそこらで見る冒険者の服とほぼ同じだ。

 そんなに高価な防具というわけではない。


「珍しい武器だ。良く扱えるものだ」

「はははは、ちょっと強化魔法使ってるだけなんですけどね。でも武器自体はそんなに珍しくないですよ。普通のロングソードです」

「……その割には長く、分厚いな」

「特注ですからね!」


 リーズは自慢げにそう言った。

 その言葉の後に、座って休憩しているレイダンが嘆息する。


「それでどれだけの出費が……」

「うっ……」


 剣を作るのもただではない。

 特注となれば普通に作るよりも金額は増えるだろう。


 しかしこの発言からして、この二人は共に冒険者活動をしているパーティーなのだろうということが分かる。

 二人だけでしているのだろうかと、気になったので話を聞いてみれば、向こうで弓と魔法の練習をしている女性も仲間であるようだ。

 向こうで鍛錬をしている二人はまだ集中しているようなので、こちらから声を掛けることはしない方がよさそうである。

 それはリーズとレイダンも同じ考えである為、今は休憩をする様だ。


「あー疲れた。武器買ってから全然勝てねーんだよなー」

「お前も武器変えるか?」

「いやいいよ。力もないし」

「では身のこなしで補うのがいいだろう」

「か、簡単に言うなぁ……」

「難しいことではないぞ。ほれ、構えてみよ」


 そう言って、木幕は無手の状態で軽く構えをとる。

 困惑しながら手にしていた武器をそのまま構えたレイダンは、気が付けば地面に組み伏せられていた。


「え?」

「こんなところか」

「え!? え!?」


 木幕がしたことは至極簡単な事。

 構えた瞬間に前に出て手首を掴み、もう片方の手で相手の肘に手の平を置く。

 そのまま手首を握った手を下に引っ張りながら、肘に置いた手を押して相手の体を倒すだけ。


 レイダンが見たのはこちらに一瞬で迫って来た木幕だけだろう。


「これだけできればいろいろ分かるようになる。励めよ」


 そう言って、木幕は津之江とレミの方へと足を向けたのだった。

 離れている木幕の背中を、二人は「すげぇ」と言いながら見送った。

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