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5.10.殺してきた転移者


 体勢を立て直してもう一度構えを取った彼女は、木幕を睨む。

 何故転生者であるという事を知っているのかは分からないが、今は話を聞いてくれそうにない。

 さてどうしたものかと考えたが、それより先に相手が間合いを詰めてくる。


 近くにあった椅子を手に持って、大振りでの攻撃。

 やはり彼女は何か得物を持ったほうが良い動きをする様だ。


 これはマズいと伏せてその攻撃を躱し、頭上を通った瞬間に腕を突き上げて椅子を弾き上げる。

 両腕で椅子を振りまわしていた彼女はまたステンと転んでしまい、椅子を壊してしまった。

 二度も転がされてしまったことが癪に障ったのか、今度は壊れた椅子の足を使って攻撃を仕掛けてくる。


 短刀の様に扱うその動きは卓越しており、流石の木幕も少しばかり力が入る。

 逆手持ちで振り抜いた椅子の足は木幕の服をかすめた。

 その瞬間追撃の蹴りが飛んできたが、それを片手で受けてねじり込む。

 地面に付いていた足が浮いてしまい、またしても転がされてしまう。


「ううー! こんのぉ!」

「レミ。こういう時はどうすればよいのだ」

「私に聞きますか……? えーと、とりあえず話し合いませんかー?」

「でやぁあ!」

「無理そうだな」


 小さく息を吐いた木幕は、椅子の足で突き技を繰り出してくる彼女に向かってダンッと踏み込み、手首を手刀で叩く。


「あぐっ!?」


 残っている片手で握りこぶしを作り、裏拳で腹部を殴った。

 女性に対してここまでの技を繰り出すことは滅多にないのだが、相手が武器を持って挑んでくる以上、半端なことはしていられない。


 体を折って腹部に両手を当てながら後ずさる彼女を見ながら、また考えこむ。

 厄介なことをしてしまった。

 最初に手を出したのは向こうとは言え、ここまでやってしまうと後が怖い。


「ただ飯を食いに来ただけなのだがな……」


 すると、トタトタと奥の方から誰かが小走りで走ってくる音が聞こえ始めた。

 その音を聞いて腹を庇っている彼女はギクリと肩を震わせて隠れようとしたが、時すでに遅し。

 振り返れば濃厚な重圧の笑みを浮かべた美しい女性が睨みを利かせていた。


「テトリスちゃん? これは? 一体何かしら? 説明してくれるんでしょうね?」

「あっ、あぅ、えっと……」

「テトリスちゃん?」

「ヒェッ……」


 鋭い笑みを見せながら近づいてくる彼女に、テトリスと呼ばれた女性は腰を地面に落としてしまう。

 こういう時は他人であろうと親戚であろうと何も言ってはいけない。

 そう言った直感が、木幕とレミに囁きかけていた。


 しかし、まさかこんな所でも出会うことができるとは思っていなかった。

 長い黒髪に白い肌。

 水色という少し寒い色をしている着物を身に付けている彼女だが、顔だちから着物が霞んで見える。

 襷掛けをしてはいるが、テトリスを説教するためにまた腕まくりをして近づいていった。


「何度言ったら分かるの! 例え私を殺そうとする同郷の人でも、ここにいる時はお客! 店の者がお客に手を出すなんて言語道断! 私の顔に泥を塗る気!?」

「ぴぁー! ごめんなさあい!!」

「それを私に言ってどうするの! 相手が違うでしょう!」

「うっ……」


 非常に嫌な顔を向けながら、渋々と言った様にして木幕の近くに歩いていった。

 ゆっくりと頭を下げたが、何処か警戒しているという事は分かる。


「ご、ごめんなさい……」


 苦虫でも潰したような顔をしながら謝った彼女だが、全く誠意が感じられない。

 とは言えそれも仕方がない事だ。

 殺されるという事が分かっている人を守らない訳が無い。

 彼女の行動としては何も間違っていないのだ。


 しかし、ここまで表情に出されると流石にイラッとしてしまう。

 事情は分かったが、彼女には良い印象を持てそうにない。


「はい、貴方は椅子を直しなさい」

「うえっ!? 大工さんじゃないんだからできないですよ!」

「な、お、し、な、さ、い」

「は、はいぃ……」


 怒気を含めて彼女に指示を出してからコホンと咳払いをする。

 彼女は木幕とレミ、そしてスゥを順番に見て行ってから、笑顔になって美しいお辞儀をしてくれた。


「ようこそ、氷輪亭(ひょうりんてい)へ。私は津之江裕子です。さっきはごめんなさいね」

「構わぬよ。某は木幕善八だ」

「レミです。それと、この子はスゥ」

「っ!」


 名前を呼ばれて元気よく挙手をするスゥに、津之江は優しく微笑みかける。

 優しそうな人だ。

 それが第一印象となるのはそう難しくない。


「それよりも、何故あの小娘は某らの事を知っておるのだ?」


 自己紹介が終わって一拍おいた後、木幕はそう問うた。

 一番重要な事は最初に聞いておきたい。

 あの口ぶりからして、彼女は同郷の者との接触があったはずだ。

 だがその後どうしたのかが分からない。


 津之江は少し考える素振りを見せたが、コクンと頷いてから四本の指を立てた。


「木幕さんは?」

「……そう言う事か」


 指の数の意味を理解した木幕は、同じ様に四本の指を立てる。


 これは……殺してきた転移者の数だった。


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