2.1.旅立ち
ようやく夜が明け始めた。
村人たちの動きは悪くはない方ではあったが、やはり納得のいかない村人たちが足を引っ張っていたように思う。
だがそれでも、命には替えられないと急いで準備をして、各々の好きな方角へと進んでいった。
本当に長い夜だった。
お陰で全く眠れていないので、足もそろそろ覚束なくなってきた。
これは少しばかり寝なければならないだろう。
さて、そろそろ現実と向き合おうと右隣を見てみる。
するとどうだろう。
女がいる。
「ふふーんふんふーん♪」
聞き慣れない音痴な音程を聞きながら歩くのは少々堪えるが……それよりもである。
レミが何故木幕の隣を歩いているのか。
これには事情がある。
騒動が終わった後、木幕も旅路の準備をするためにレミの家へと戻った時にそれは起こった。
「木幕さん。弟子にしてください!」
「……今何と?」
「弟子にして! ください!」
なんとレミが木幕に弟子入りを申し込んだのだ。
本来であればすぐにでも断った物ではあったのだが、それが出来ない事情が発生した。
木幕が大きく息を吸い、断る、そう言おうとした刹那。
「この世界を木幕さんだけで歩くのは難しいかと!」
そこで息を止めて言おうとしていた言葉を無理矢理押し込む。
レミの言うことはもっともなことであり、確かに木幕だけでこの地を歩き回るのは難しい。
何処に何があるのかも分からない。
何処に侍がいるのかすらもわからない状態で、未開の土地を歩くのは避けて通りたい道であった。
「私が案内役をします! その代わりに木幕さんの弟子にしてください!」
断りたい。
だが断るわけにはいかないこの交渉。
レミは料理も出来るので生き倒れる事は無くなるだろうし、街に入る時だって何かと役に立つ。
何より文字が読める。
考えてみれば利点しかない。
なので断れなかった。
「ぬぅ……んー……はぁ。致し方ない……。良かろう」
「やったああああ!!!!」
そして今に至るという事だ。
だが条件を出した。
木幕の故郷では刀を女が握ると言うことはない。
故に、槍術の方を教えることにしたのだ。
ゆくゆくは薙刀を授けようと思っているため、後は自力での稽古となるが……問題は無いだろうとの考えだ。
「レミよ。後街までどれ程だ?」
「んー……二週間です!」
「…………まぁ……そんなところか……」
あの天女、とんでもない場所に飛ばしおって。
額に青筋を浮かべながら、二週間という長い道のりを歩いて行く。
だが気の遠くなりそうな道のりに速くも挫折しそうであった。
(……風呂に入りたい……)
◆
あの村を出発してから二日が経った。
その間に、木幕はレミからこの世界のことをもっと詳しく教えて貰っていた。
「まもの?」
「魔物です。魔力を持った生物の事を魔物と言いますが、魔力はこの世界の人は誰でも持っているものです」
「では人も魔物のくくりに入るのか?」
「え? あー……。どうなんでしょう……はいる……のかなぁ……」
「はっきりせぬな」
人が勝手にそう呼んでいるだけで、自分たちのことは全く別の存在だと思っているような感じだ。
それはともかく、人が呼ぶ魔物という存在は、過剰な魔力を帯びているたまに異状な成長を遂げた個体のことを指す。
なので普通の犬も居れば、魔物化した犬も居るという事のようだ。
魔物になった生物は凶暴になり、手当たり次第に獲物を襲う習性があるため、それらは冒険者によって日々駆逐されているのだという。
「見分けはつくのか?」
「簡単です。明らかにヤバいので」
「それなら良いが」
「他にも色々あると思うんですが……私たちにとってはそれが常識なので何を教えれば良いのか今分からないので、その都度解説しますね」
「ふむ。それが良いか。見て覚えた方が良いだろうしな」
レミが同行するようになった以上、一気に物を覚えなくても良くなった。
なので急いで知識を吸収する必要も無いだろう。
魔物については、この度の道中で出会う可能性があるので、これだけは先に教えて貰っておいたのだ。
とは言っても、この辺りでは強力な魔物が出るという話しは聞かないらしいので、そこそこ警戒を緩くしながら楽に歩いていたのだが……。
「……」
「? どうしました?」
明らかにこちらを見ながら殺気を放ってくる何かを感じ取ったため、木幕は葉隠丸に手を置いて抜刀の構えを取る。
「分からぬか?」
「? ……? わかりま……」
レミの言葉を遮るように、木の倒れる音がした。
無理矢理へし折られたような音であり、破片がこちらまで飛んでくる。
流石にレミもこれには驚いたらしく、盗賊から奪った剣をわたわたとしながら抜き放つ。
「びっくりした!」
「随分と大きそうだな……」
木が数本倒れた辺りで、ようやくその存在を目視することが出来た。
体表は鱗で覆われており、粗末な鎧を身に纏って居るトカゲのような生物がこちらを凝視しながら歩いてきていた。
その大きさは木幕の身長の二倍ほどで、屈強な肉体のみで木をなぎ倒していたようだ。
「ええええ!? リザードマン!?」
「りざ……? なんだそれは」
「見ての通り危険な奴です!」
それでは説明にならんだろうとツッコミそうになったが、相手から注意を逸らすのはよろしくない。
説明は後でして貰うことにして、今はこいつをどうにかすることを考える。
明らかな殺意を持っているようなので、逃げることは愚策だろう。
体格差もあるし、どうせすぐに追いつかれる。
体つきはヤモリのようであるため、四つん這いになって走れば相当な速度が出せるはずだ。
その態勢になった時のことも考えておかなければならない。
だが相手は空手だ。
それに対してこちらには武器がある。
なので決して勝算が皆無と言うことはないだろう。
問題はこの体格差をいかにして潰すかである。
「ひいい……」
「……」
弟子が使えない今、ここは自分が何とかするしかない。
だが所詮生き物。
「斬れば死ぬ」
刀身を鞘から抜き放ち、中段の構えに持っていく。
丁度妖刀と化した葉隠丸を試したかったので、これは良い機会とも言えるだろう。
そう考えていると、葉隠丸を抜いて数秒後にヒラヒラと周囲を葉が舞い始めた。
漂っているのか、停滞しているのか、妙な舞い方ではあるが刀を動かしてみる度に葉が着いてくるので、これは葉隠丸が操っている膚ということが分かる。
そして、あの男を切り崩したときのような鋭さを刀に伝える。
未だ動かないリザードマンは、警戒を緩めては居ないが、どちらから先に狙うかを迷っているように思えた。
だがその迷いは戦場で死を招く。
リザードマンの目が一瞬レミに向かったのを確認した木幕は、集中して意識も鋭くなった状態で一気に踏み込み刀を突き出す。
「発芽!」
明らかに踏み込みは足らず、リザードマンにその刃は届かない。
だがしかし、それでもリザードマンに届く刃はあった。
「グギャアア!?」
葉隠丸の周囲を舞っていた葉が、リザードマンを切り裂いたのだ。
距離など関係ないと言わんばかりに、葉はリザードマン目がけて飛んでいき、その鋭い刃となった一撃でリザードマンを切り裂いた。
「え!?」
「ほぉ……。やりおるわ」
そのまま次は刀を横に斬る。
すると葉もそれと同じ動きをしてリザードマンをもう一度切り裂く。
リザードマンは一撃目をもろに受け、正面の体には穴がいくつも空いた。
その痛みから追撃を躱しきる事は出来ず、今度は右横からもろに切り裂かれ、腕が千切れる。
恐ろしいほどの切れ味に感心する木幕であったが、レミは口をパクパクさせながら眺めていた。
結局リザードマンはその攻撃で力尽きたようで、地面にドサリと崩れ落ちる。
案外呆気なかったものだ。
魔物というものに少しばかり驚いていた自分が阿呆らしくなる。
刀身自体で何かを斬ったというわけではないが、それでも血振るいをしてから納刀する。
これはもう癖になっているので今更辞めるなどと言うことは出来ない。
「さ、食料だ」
「え、あ。あ、はい!」
自給自足というのはなかなかに面白いし、なにより達成感がある。
あと一週間ほどは村から持ってきた食料で事足りるとは思うが、食料が確保できるんであればするに越したことはない。
この世界の食事は少々野性味が溢れているが、それも悪くないだろう。
「悪くない旅立ちであるな」
「師匠強すぎません?」
「む?」
「後なんで国宝級の武器を所持しているんですか……? それマジックウエポンですよね?」
「……なんだそれは……」
レミは少しばかり呆れながら、説明をしてくれた。