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1.11.能力

 女性が前に出るなど、日の本では滅多にない事であった。

 が、これは敵討ちに近い状況で有り、ここでレミが出ないというのはあり得ないことである。


 山賊のほうの被害はこちらより多いだろうが、少なくともこちらも何処かで死人が出ている筈だ。


 レミは村の代表として、木幕と共に前に出る。


「おいおい……そんな子が戦えるのか?」

「それはお主が決めることではない」


 しかし、戦闘力として心許ないのは事実。

 レミもそれは理解しているだろうし、剣を握っている手も若干震えている。

 だがそれでも前に出てくるレミは、戦士と同じ眼差しを持っていた。

 それに、木幕はレミに少し期待していたのだ。


「レミ殿よ。戦うならお主は直感で動くといい」

「直感……?」

「うむ。好きにせよということだ」


 木幕はこの村に来たとき、出来るだけ気配を消して行動していたのだ。

 しかし、レミはそれに気が付いた。

 それを見て木幕は、レミは何か持っているのではないだろうかと踏んでいたのだ。


 並大抵の力ではその様な芸当は出来ない。

 だからこそ、木幕はレミが前に出ることを許したのだ。


「まず、あの達磨は某がやろう。すぐ終わるがそれまでは持ちこたえるように」

「はい!」


 その言葉を聞いた男が額に青筋を浮かべる。


「ああ……すぐ終わるだぁ……? あんときゃ手加減されてたってわかんねぇようだな!」

「ご託は良い。はよこぬか」

「貴様……殺す!」


 大きく大上段に構えた状態のまま、走ってきて斬り込んでくる。

 これであれば手加減されている時の方がまだ強かったと、ため息を吐き、静かに剣を八相の構えに持っていく。


「葉我流剣術 参の型……葉返り」


 相手が斬り込んで来るのに対し、それを無理なく静かに自分から逸らす。

 すると、相手の剣先は木幕の右へと落ちていくのだが、逆に木幕の剣先は未だに自分と敵の間にあった。


 それを斬り上げる様にして相手の顎を切り裂く。

 相手が踏み込んできているので、剣先で顎を切ることはできず、剣の腹で顎を斬り上げる形になった。


「があああ!? あ……」

「スー……ぬ?」


 すると少々不思議なことが起こった。

 木幕が斬ったのは顎だった筈なのだが、何故か頭が二つに割れてしまっていたのだ。


 男は暫く態勢を維持していたが、すぐに崩れて落ちてしまう。


 あのように斬った覚えはないし、斬るような技術も持ち合わせてはいないと思ったのだが……。

 そう思いふと葉隠丸を見てみた。

 すると、葉隠丸の周囲に葉が舞っている。

 数はあまり多くないが、幾つかが血に濡れていた。


 刀を振ってみると、その葉は刀の動きに従って舞い、また戻ってくるを繰り返しす。


「なんと……葉隠丸は妖刀と化したか……!」


 先程の切れ味……そして防御不能の攻撃……さらにそれが幾つも空中に舞っている。

 これほどまでに恐ろしい妖刀は無いだろう。

 そう考えながら、満足そうに月夜に輝く葉隠丸を木幕は見つめていた。


「さて……」


 こちらは終わった。

 だが問題なのはレミの方だ。


 勝敗がついてそちらの方を見やると、何やらまだ話しているようだった。

 戦わないという選択肢はちゃんと有していたようである。


 レミは剣を地面に突き刺し、戦う意思はないと行動で示していた。


「おばあちゃん!」

「うるさいね! あたしゃ根っからの山賊なんだよ!」

「今ならまだ間に合うから!」

「無理だね。後ろの連中を見てみな」


 レミはその言葉に釣られて後ろを振りむく。

 後ろには怒りの表情を露わにした村人たちが、レナを見ていた。

 誰のせいでこうなったのか。

 誰のせいで死人が出ているのか……それはもう言うまでも無い事である。


 恨みや怒り、全てがこの騒動の根源であるレナに向かっている事は間違いない。


 レミもそれに気が付いたのか、口をつぐんでしまった。


「もうあたしたちゃ終わりだよ。今日生き残ったとしても明日来る山賊たちに締め上げられる。自滅しちまったんだよ」

「そんな……」


 レナの言っていることは事実であるようだ。


 本来であれば、数人の死人だけで済んだはず。

 だが戦いも知らない村の者たちが、まさか立ち向かってくると言うことは、算段に入れていなかったらしい。


 山賊の生き残りももう殆どいない。

 元々人口の多い村ではあるが、それでも他の村に比べて、である。

 山賊の数は非常に少なかったのだ。


 ここから立て直すなど……不可能だろう。


 村人たちにもこの村を放棄せよと言わなければならない。

 恐らく殆どの村人たちはそれを理解しているだろう。


 また新たな山賊がここに近づいていると言うことも、伝えておかなければならない。

 予想ではあったが、それが確信に変わった今、すぐにでもこの村を離れた方が良いのだ。


「レミ殿よ。諦めなされ」

「でも……」

「生きていたとて、もう笑うことは出来まい。それに……やる気のようであるしな」


 レナはこの場を死地と決めたかのように、片手に持っている剣を木幕へと向けた。

 木幕はレミを後ろに下がらせ、下段の構えをとって相対する。


「すぐにでも終わらそう」

「あんただけは斬ってやるよ!」


 そう叫んだ瞬間、レナは飛び込んでくる。

 大きく振りかぶってからの斬り降ろしであるが、その威力は女性のそれではなかった。


 並大抵の者であればこの攻撃は躱すことは出来ないだろう。

 だが木幕はそれを躱さない。

 むしろ半歩前に出て一言呟いた。


「壱の型……発芽」


 相手が剣を振り下ろすか振り下ろさないかの瀬戸際で、木幕がただ一歩、大きく踏み込んだ。

 腕は前に出さず、ただ下段から中段に剣先を上げただけ。

 ただそれだけの動きであったのにも関わらず、木幕の上げた剣先はレナの体を貫いていた。


 振り下ろされなかった剣はレナの後ろに転がっていく。

 剣が地面に落ちる音を誰もが聞いた。

 その瞬間、レナの腕はだらりと下がり、最後には重力に逆らうことなく体が地面へと崩れていった。


「ああ……ああぁ……」


 誰も喜ぶ者はいない。

 だが、悲しむ者も殆どいない。


 その中でレミだけが、大きな声を上げて泣き叫ぶ。

 今日だけでレミに一体どれだけの精神的負担がかかっただろうか。


 襲撃。

 裏切り。

 そして肉親の死。


 それだけのことを見てきて、耐えろなどとは口が裂けても言えることではない。


 今はただ、燃えゆく田畑の轟音と、その中に響く一つの泣き叫ぶ声だけが木霊し、それが今宵の幕締めとなっていたのだった。


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