4.43.夢の中の死者
「何が起きてるのだ」
木幕は眠りについた後、あの空間にまた飛ばされていた。
任意で来ることのできないこの場所は、どうやら眠った時にだけ来訪できるようだ。
好き好んで来たくはない場所ではあるが、それよりも目の前で飛び散っている火花の方が気になる。
槙田正次と水瀬清が己の得物を抜刀して戦っていたのだ。
流石強者同士、見どころある立ち合いではあったのだがやはり槙田の方が上手である。
「炎上流ぅ……輪入道」
「あぐっ!」
脇構えから右足を踏み込み肘を突っ張った状態で斬り上げる。
そのままの勢いを利用して今度は弧を描きながら左脇構えに落とし、また斬り上げた。
この脇構えから斬り上げられる二連撃の攻撃は、水瀬の持っている鏡面鏡を一つ一つ吹き飛ばしていった。
あの時とは違い、しっかりと鍔元を狙っての攻撃。
手から日本刀が離れて弧を描きながら後方へと飛んでいく。
最後の槙田が水瀬の喉元に切っ先を向けたところで勝負が付いた。
大きく息を荒げている水瀬に対し、槙田は息も上げていない。
鼻で呼吸をしている所を見るに、まだまだ余裕であったようだ。
「女子にしてはようやるぅ……。だが軽い軽すぎるぅ……。受けではなく回避に重きを置くべきだぁ……」
「簡単に言いますね……」
「見事見事。刀を納めよ」
「木幕か」
「え!? 木幕さん!?」
「ふぉふはふはん!?」
随分と顔が丸くなった男に変な声を掛けられてしまった。
誰だこいつはと思ったが、持っている片鎌槍を見て西形正和だという事に気が付く。
何故こうなってしまったのかは大体想像がつくが、聞くのは止めておこう。
しかし、こうして死者に会うのは二度目だ。
メランジェを含めれば三度目になるのかもしれないが、こうして自由に話ができる場所は本当にありがたい。
木幕が腰を下ろすと、槙田も同じように胡坐で座った。
水瀬は正座をし、その隣に西形も胡坐で座ったが水瀬にひっぱたかれて正座に変更する。
上下関係が良く分かる……。
「久しいな、二人とも」
「そうなんですか?」
「あれから一月は経っているからな」
「ふぉうはんへふは!?」
「……」
何を言っているのか全く分からない。
しかしこの空間は自分で肉体の状態を変更できるはずだ。
槙田がそうであったのだから、西形にもできなければおかしい。
それを説明すると、すぐに顔が元に戻った。
だが彼の全盛期が殺された瞬間であったためか、それ以上の変化は訪れない。
どうやら自分が通って来た老化の中での肉体変更であればできる様だ。
仕組みは全く分からない。
「おお……治った……」
「何か言う事は?」
「この度は! 本当に申し訳ございませんでしたぁ!!」
強烈な圧に押された西形は全力の土下座で木幕に謝る。
思う事が無いと言えば嘘になるが、もう既に彼はその痛みを自身の身に刻んだのだ。
これ以上何か言う事はない。
それに……。
「構わん。それにお主の考えも間違ってはいないのだ」
「木幕さん……」
彼は彼なりの信念を貫いた。
届かぬ願いだったが、これも全ては敵討ちの為。
「お主も某らの考えと同じ理由で行動した。思いやりのある小僧ではないか」
「うう……もくまくさぁん!」
「こーら人に泣きつかない!」
「ぐえぇ……」
何をやっているんだと呆れるが、まぁこういうのも悪くない。
さて、せっかくここに来れたのだ。
少しやりたいことがある。
以前は槙田とここで立ち会った。
今度は二人の番だ。
とは言え水瀬はもう十分渡り合ったので、今度は本当の実力での西形と戦いたい。
彼から学ぶこともあるだろう。
自分より下の相手に後れを取ることはほぼないが、自分より弱い者から学ぶことは意外と多くあるのだ。
是非とも立ち合いたい。
そう言うと、西形は大きく頷いて片鎌槍を持ち上げた。
「望む所です! 叔父上から引き継いだこの技、幾度でもお見せいたしましょう!」
「良い面構えになったな。これであれば少しは楽しめそうだ」
「少しなどと言わないでください! めい一杯楽しませます!」
「その意気やよし!」
木幕は抜刀して中段に構える。
対する西形も同様に中段に構え、槍の鍵を自分の外側に向けた。
今彼は左に槍を構えているので、鍵が左に出ている状態だ。
ギュッと槍を握り込んで狙いを定める。
今度は首を狙う必要はない。
奇術という卑怯な御業を捨てて己の全霊をかけて強者に挑む。
これ程にまでない緊張感が西形を襲うが、それもなんだか心地いい。
「生光流槍術開祖、西形幸道が孫、西形槍術道場次期師範代、西形正和! 我が得物一閃通しと共に、押して参る!」
「若い口上だ。よかろう。葉我流剣術開祖、木幕善八。いざ参る」
二人が口を閉じた後、大きな号令が槙田の腹から飛んだ。
「はじめぇい!!」




