4.40.盛り上がる
時間が過ぎ、もう日は完全に落ちてしまった。
梟の声が外から聞こえるが、それも夜の美しい音。
鈴虫が鳴いている声も、風が草を撫でる時の音も欠かせないものだ。
月が昇り、空にはいくつもの星が見て取れた。
これだけで酒の肴にできそうではあるが、今は室内にいるのでそれは見えない。
コトンと置かれたグラスに口を付け、くーっと中に入っている酒を飲み込んでいく。
「んー、不味い!」
「はーっはっはっは! これも口には合わなんだか! となるとお主の故郷の酒は相当美味いとお見受けする!」
「これは少し辛い。杯も妙な形だ」
「なんと、これも全て違うのか! うーむ、しかし三十年物のワインが駄目となるとこれは万策尽きる!」
「これが一番うまかったな」
「この中で一番安いエールだぞ!? これまた安上がりな!」
「庶民と貴族では舌の出来が違うのだ」
「確かになぁ! はっはっはっは!」
「どうしてこうなったー!!」
酒を飲みまくっている木幕とバネップの横で、大きな声でレミが叫ぶ。
事の始まりは立ち合い云々の話からだ。
あれからどうも二人は意気投合し合ったらしく、こうして酒を飲むまでに発展してしまっている。
先程まで気絶していたクレインを無理やり起こし、何本ものワインやウイスキーを取りに行かせては木幕に振舞っていた。
因みにリューナはもう寝ている。
流石に子供が起きていられる時間ではないのだ。
しかし……バネップは何本もワインを開けては飲んでいるが、木幕も相当飲んでいる。
だというのに未だ平静を保っているのには驚いてしまった。
木幕はすでに出来上がっているバネップを往なしながら酒を飲んでいる。
何処まで酒豪なのか……。
「レミは飲まぬか?」
「わ、私は良いです! こんな高級なの怖くて口にできないですよ……」
「見方を変えればただの水だ」
「うーん発言が酒飲みの域を超えている……」
そう言って、なみなみと注がれたワインを飲んでいく。
あれだけ飲んでどうして酔わないのか分からない。
体のつくりが違うのだろうか……?
「そう言えば、バネップ殿は何故鉱石を?」
「ん? ああ、孫がもうじき社交デビューに出るのじゃよ。その祝いの品としてよい物をやりたかっただけだ」
「……あ」
木幕は思い出したかのようにして、魔法袋の中をまさぐっていく。
確かあの時、少しばかり小さめのクオーラウォーターも適当に放り込んだ記憶があったのだ。
手の平大の物ではあったが、あれくらいであれば貰ってくれるだろう。
そう思いごそごそと漁っていると、すぐに見つかった。
取り出したのは小さめのクオーラウォーター。
それをバネップに手渡す。
「クオーラ鉱石は砕かねばならぬが、こいつであれば問題あるまい?」
「おお、おお! これもとてつもなく大きなものではあるが、あれよりはましだ! 壊さなくても済む!」
「それとお代は要らぬ。某らはこの鉱石を砕いて売ればそれなりの額になるだろうしな」
「よいのか? しかしそれではこちらが……」
「なに、これだけ酒を振舞ってくれたのだ。それ相応の対価であるよ」
「ふっはっはっはっは! では貰っておこう!」
手の平大のクオーラウォーターをクレインに渡し、違う部屋に運んでもらった。
クオーラ鉱石の一つは既に渡してあるので、後で加工するだろう。
やはり酒が進めば話も進む。
バネップも既に木幕がこの世界の者ではないという事を知っているし、木幕もバネップの家族の事や昔の武勇伝を聞いて楽しんでいた。
その中でバネップの武勇伝は感心する物ばかりだ。
大戦を生き伸びた英雄とか、大蛇を一人で切り刻んだとか、おとぎ話にもなかなか出てこないような内容をさも当たり前のように掻い摘んで教えてくれていた。
レミはそれを聞いて随分脚色しているなと感じたが、木幕はそれが全て事実だと確信している。
それだけの実力者なのだ。
本当に一度立ち合ってみたいものである。
「だが、孫は余りこういう昔話は好かんらしくてな」
「穏やかを望むのか」
「左様。そなたのお爺は凄いんだぞと教えてやりたいが、やはり女の子だからなぁ」
「勇ましい叔父上を持つお孫様は、もしかすると怖いのかもしれぬな」
「だが今更花を愛でるともいかん。困った困った!」
「優しく強くあるのは難しい。その区別を付けねば恐れられる」
「うぐっ……痛い所を突くではないか! はっはっはっは!」
その話を最後に、バネップは酒を置いて伸びをした。
気が付けばもう酒が全て無くなっている様だ。
小さめの酒瓶とは言え、八本全てが無くなっているとは思わなかった。
「今日はもう遅い。ここに泊まるか?」
「心配ご無用。今晩は帰るとする」
「そうか。次来るときはこれを見せると良い。すぐに通してくれるだろう」
そう言い、バネップは紋章の掘られているコインを渡してくれた。
これですぐに通してもらえるのであれば、良い物だと思う。
すぐにそれを懐に仕舞い、小さく頷く。
「確かに」
「次は朝か昼に来い。手合わせをしよう」
「喜んで」
二人は握手を交わす。
バネップの手の皮は非常に分厚く、今も尚鍛錬を怠っていないという事が分かる。
一方木幕の手は皮こそ厚くはないが、とても綺麗な物だ。
だがこれは鍛錬していないのではない。
必要以上に剣を抜かない、奇特な手だという事が分かった。
「変わった志しだな」
「在り方が違う。それは致し方ない事」
「うむ、確かにな。では見送ろう」
バネップに見送られ、二人はようやく外に出た。
まさかここまで長居することになるとは思っていなかった。
レミは心底疲れたという風に肩を落として脱力している。
しかし、公爵の身分である人物が一介の冒険者を見送るなど聞いたことが無い。
どれだけ気に入られたのだろうか……。
まぁ悪い事ではないので、は何も言わないことにした。
冷たい夜風が二人の背中を押していく。




