4.38.国宝級クオーラ鉱石とクオーラウォーター
客間に案内されてすぐ、外が騒がしくなった。
恐らく先程襲って来た者たちを捕縛してくれているのだろう。
突然の来訪により貴族の中に潜む膿を取り出せたのだから、それなりの報酬は用意してもらいたいものだとレミは考えていた。
とは言え失礼に当たるこの来訪の仕方を帳消しにする形でそれは消されるのだろうなと、ガックシと項垂れる。
仕方がない事なのではあるが、そもそも貴族との接点などない二人だ。
レミは村育ちなのでそのような教養はない。
木幕にはそれとなくあるのだろうが、そもそもいた世界が違うので当てにならないと言っていいだろう。
一々連絡してからじゃないと会えないというのは、面倒くさいことこの上ない。
冒険者であれば尚の事。
少なくとも接点が無ければ会おうなどと思う事もないだろう。
貴族である彼らも、ギルドからの役人を通して依頼しているのだから、本当はギルドが手紙で依頼の品が納品されたのを報告してから届けるのが一般的だ。
今回は異例中の異例。
冒険者が公爵に位置する貴族の屋敷を訪ねるなど、恐らく前代未聞の事なのだろう。
今更ながらやってしまったと後悔しているレミだったが、ぶっちゃけ仕方がない事なのだ。
何せギルドが依頼の品の報告を蹴ったのだから。
悪いのはギルドである。
「でも師匠。ギルドでそれを見せびらかさなかったのは正解ですよ」
「であろうな。洞窟の外での人々の反応は尋常ではなかった。幸い今はまだこちらまで噂は流れていないだろうし、騒ぎになるのはもう少し後になるだろう」
「向こうでは見せちゃったんですね……」
「それ程の価値があるとは思わなかったのだ。沖田川殿の手癖が悪くなければどうなっていた事か」
「……ん?」
なんかイメージとはかけ離れた発言を聞いたレミは一瞬固まったが、聞き間違いだと思ってスルーした。
気になるところではあったのだが、これ以上聞くのは止めておく。
そんな事よりも、今は数人には見られてしまっているという事実の方が問題だ。
恐らくそれは噂として向こうの洞窟付近にいる者たちの耳には完全に入っている事だろう。
となれば、我先にと洞窟の中に行く者たちは多いと思うので、まだこちらにその噂が流れてくるのは時間がかかる。
そうなると襲って来た数人に見せてしまったのはマズかったかもしれない。
だが彼らも宝石目当てに襲ったと自白しても、まず信じてはもらえないだろうし、その辺は別に気にしなくてもいいかもしれない。
とは言えやってしまったものは取り返しがつかないので、後はなるようになれと言う所だ。
コンコンッ。
扉を叩くノックが聞こえてきた。
返事をする前に扉は開き、リューナとクレイン、そして杖を突きながら入って来た老人が目に入る。
リューナとクレインは部屋の隅に寄り、老人だけが二人の顔を吟味しながら歩いてきた。
その佇まいを見た木幕は、今まで見た者とは違う強さを感じた。
沖田川に初めて会った時の軽い重圧とは違う。
この世界の強者に見られる鋭い圧だ。
無意識に口元が緩んでしまう。
彼であればその杖だけで相手を圧倒できそうだという確信があった。
「面白い者もいた物だ。長生きはしてみる物だな」
「バネップ殿とお見受けする」
「如何にも。儂がバネップ・ロメイタスだ。話を聞くに、良い品を持ってきてくれたというではないか。それに……」
そう言って、バネップは窓を見る。
釣られて同じ方向を見てみれば、今まさに兵士によって襲撃者が連行されている真っ最中だった。
「思わぬものを釣り上げてくれたようだな」
「お安い御用だ。あの程度の下手人、足元にも及ばん」
「有難い限りだ」
そう言いながら、彼は椅子に座る。
それに向かい合うようにして、二人も座りなおした。
木幕とバネップの会話を見守っていたレミとリューナは、どうしてバネップが機嫌を損ねないのかとひやひやしていた。
なんせ敬語も何もない普通の喋り方なのだ。
友達か! とも思ったがそう言うわけにもいかず、ただ二人の会話が終わるのを待つしかなかった。
その中で唯一顔をしかめているクレインも、主が何も言わないのであれば喋り方を改めてもらう必要はないとして黙認する。
バネップは、先程の木幕と同様彼の強さを理解していたのだ。
強者同士には剣を交えなくても分かることがある。
木幕はそれを槙田正次と水瀬清の時にも感じていた。
圧は全く別の物だったが、それでもわかるにはわかる。
彼は強く、そこ知れぬ何かを有しているただ物ではないという事が。
久しくその様な人物に会っていなかったバネップは、この様に落ち着いた喋り方をしているが、今は木幕との会話を非常に楽しんでいた。
「ふむ、客人に何もないというのもあれだな。リューナ」
「はっはい! 今すぐお紅茶とお菓子をお持ち致します!」
リューナは一礼をして部屋から出て行く。
小さいのに良く働く子だと感心した。
扉が閉まる音を聞いたバネップは、静かな口調の中で楽し気に話し始める。
「で、冒険者がわざわざ来てくれるとは、一体何があったのだ? クオーラ鉱石を持ってきているとまでは聞いているが……」
「うむ。実は余り見せびらかしたくない物でな。ギルドの個室を借りて見てもらおうとはしたのだが、どうにも信じてもらえなかった故、こうして依頼主の元まで運んで来た次第」
「見せてもらっても良いだろうか?」
「その為に持ってきた」
そう言い、クオーラ鉱石をドンと机の上に置く。
バネップはそれを見て小さく驚き、優しく触れる。
クレインに関しては見間違いではなかったのかと、もう一度驚いてしまっていた。
指で弾いて音を聞き、光に照らして光の屈折を楽しむ。
ずっしりとしている重さに、これが本物だと確信した。
「見事……! これは国宝級にも劣らぬ物だ……! これ一つ掘るのに一体どれだけの苦労を……」
「まだある」
続けざまにドンドンと机の上にクオーラ鉱石を出していく。
その大きさはバラバラではあるが、彼を驚かすのには十分だったようだ。
どれも見たことない大きさのクオーラ鉱石。
そして……。
「これがもう一つの依頼の品。クオーラウォーター」
「なっ……! なんと……! これ程の大きさとは……」
「……っ~~」
「あっ」
クオーラ鉱石と同じ大きさをしたクオーラウォーターを見たクレインは、気絶した。




