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4.35.依頼の品をお届けに


 とりあえず準備は整った。

 沖田川は砥石を制作中であるし、子供たちは貰ったクオーラ鉱石を眺めてワイワイと話し合っている。

 今日はもう掃除どころではないので、作業は此処までにする。


 明日には全ての部屋を掃除することができそうだと思いながら、レミは問題の魔法袋に目をやった。

 これから依頼にしに直接これを売りに行くというのだ。

 場所が分からないので、自分に案内させるつもりで帰って来たという事を聞いた時は普通にため息が出た。

 まぁ仕方がない事なのではあるが、もう少しうまく立ち回れないのだろうか。


「ていうかそろそろ日が落ちますよ?」

「夜であれば必ずいるだろう?」

「かもしれないですけど……」


 考えが安直。

 とは言え間違っているとも言えないので、日が落ちる前にはバネップ・ロメイタスの屋敷を訪ねたい所だ。

 行っても門前払いされる可能性は高いが、実際に経験しなければ木幕が納得しそうにない。


 しかし成果以上の依頼の品を持っているのだ。

 これを見せれば相手の考え方も変わるという物。

 最悪の場合、少し性格が悪い立ち回りをするしかなくなるが、それで中に入れるのであれば木幕も許してくれるだろう。


 だが、相手は公爵の地位に属する貴族。

 周囲の兵士たちをどうしようかと考えながら、メランジェから聞いたルートを辿って屋敷へと歩いていっている最中だ。


 というか、遠い。

 どうして屋敷と屋敷の間にこれほどまでの距離があるのだろうかと呆れるほどである。

 それ程土地が余っているのだろうが、それにしても無駄に広い庭が良く目立つ。

 屋敷などその三分の一にも満たない大きさだ。


 何が目的でここまで広い庭を設けているかは分からないが、もう少しでいいから近くに家々を建てて欲しかった。

 馬車を使いたいとも思ったが、流石に街中で使うわけにもいかないし、貴族御用達の馬車に乗ることもできないし、結局歩くしかない。


 まだまだ時間はかかりそうだし、とりあえず気になることを木幕に聞いていることにする。


「師匠」

「なんだ?」

「沖田川さん事ですけど──」

「斬れるか否かと?」

「……はい」


 レミが言い切るよりも先に、木幕が言葉をかぶせる。

 だが言いたかったことはまさにそれだ。

 これ以上このような関係が続けば、戦い辛くなるのではないだろうかと勝手に思っていた。


 情は剣を鈍らせる。

 彼女の言葉を聞いて、木幕の頭の中にその言葉が浮かび上がった。


 目的を達成するには、沖田川を斬るしかない。

 だが彼がいなくなるという事は、子供たちの支えを取っ払うことに繋がってしまう。

 いつまでもそのような事ではいけないというのは理解しているが、今はまだ早すぎる様に思えて仕方がないのだ。


 結果出した答えは、“まだ斬れない”。

 それ以上の事は何も言わなかった。


「……急かすような事は私もしません。ですがタイミングは絶対に見計らってくださいね」

「承知している」


 子供たちの前で殺しの現場など見せたくはない。

 とは言え、その後の説得も難しいだろう。

 その事も込みで、今後の事を沖田川と相談しておいた方が、後腐れが無いかもしれない。


 暫くの沈黙が流れる。

 これ以上特に聞くことは無いし、今の会話の後だと何を喋っていいのか分からなくなってしまった。

 失敗したなぁと反省していたレミだったが、パッと上を見上げると目的地である屋敷が見えてきている事に気が付く。


「師匠、あれがバネップさんの屋敷ですよ」

「……小さいな」

「ちょっと師匠? 絶対バネップさんの前でそんなこと言わないでくださいよ?」


 屋敷を見た感想としては、ただ建てに長いだけの家だと思った。

 日本家屋は部屋ごとに棟を分けているので、横に横にとどんどん長くなっていく。

 だが洋風建築では二階を増設することによって生活の範囲を拡大している。


 屋敷という割には小さい建物だなというのが、彼の素直な感想だ。

 しかしその建築技法には感心せざるを得ない。


 殆ど石作りの構造。

 中に木材もあるだろうが、際立って見えるのは色のついた明るい石。

 壁にまでこのような物を使用していたのには驚いた。


 綺麗な溝が等間隔で刻まれている為、この屋敷を作った職人は相当な石工技術があると推測される。

 それに庭師も良い腕を持っている様だ。

 花を主に育てているようだが、草も美しく刈り揃えられている。

 これでは木枯しを楽しむことは難しいかもしれないが、年中こうなのであればそれもまた良い物となるだろう。


 庭を楽しみながら中に入ろうとする木幕だったが、レミはそれを全力で阻止する。

 口約束もなしに突然押しかけているのだ。

 一気に玄関まで行けば不法侵入として衛兵に突き出されるのがオチである。


「ではどうすると言うのだ」

「こうします」


 レミは大きく息を吸い、屋敷向かって大声を出した。


「依頼の品をお届けに参りましたよー!!」

「……」

「……」

「もう少しまともな方法はなかったのか」

「ほら、第一印象って大切ですし……」

「その言い訳は苦し紛れにもほどがあるぞ」


 心底呆れる木幕だったが、意外なこともその効果はあったようだ。

 数人の兵士と一緒に執事らしき格好をした人物が、門の所に集まってきて囲まれてしまう。


 堂々と声を上げて来訪を伝えたというのに酷い対応の仕方だ。

 とは言え何の連絡もなしに押し掛けた自分たちも大概なので、お相子という事にしておいた。


「申し訳ありません。実はバネップさんがご依頼されていた……」

「失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


 確かに名乗らないのは失礼にあたる。

 二人はすぐに名乗ったが、相手方はそれを聞いても自分の名を名乗るという事はしないようで、少しむっとしてしまう。


「して……ご用は?」

「先程も叫びましたが、ご依頼の品を届けに参りました」

「ギルドの関係者で?」

「いえ、冒険者です」

「おかしな話です。ギルドには仲介役として貰っているので、その職員が来るのが妥当だとは思っていましたが……どうして冒険者がこちらまで足を運びになられたのですか?」

「いろいろ事情がありまして。とりあえずバネップさんに会えたらなと思っているのですが、駄目ですかね?」

「許可が無ければ不可能です。諦めてください」

「じゃあ仕方ありませんね」


 長い問答を繰り広げたレミは、木幕の持っていた魔法袋に手を突っ込んでクオーラ鉱石を取り出した。

 それを見た執事と兵士は一気に目を見開いて固まる。

 これにはそれほどの価値があるのだという事が分かったレミは、意気揚々と楽し気に語り始める。


「ああー残念です! 出来ればご本人にお渡ししたかった! でも会えないというのであれば仕方がありません……師匠、何処かで換金しましょう?」

「……レミ、お主何を──」

「ですよねー! よしじゃあ早速換金所に行きましょう! 武器にもなるので鍛冶師の所が良ですかね? それとも服屋の方が良いかなー?」


 すぐにクオーラ鉱石を仕舞って木幕の背中を押していく。

 言葉を遮られたところで、ようやくレミの考えていることが理解できた。

 予想通りであるなら……もうそろそろ後ろから声がかかるはずである。


「お、お待ちください!」


 その声を聞いて、ニコッと笑うレミ。

 彼女もまた沖田川に似ている一面があるなと、木幕は鼻で笑った。


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