4.33.話にならない
奇跡的に追跡を真逃れることができた木幕と沖田川は、やっとの思いでギルドへと戻ってくることができた。
色々と問題の品を持っていることを理解している二人は、何とか個室で鑑定をお願いできないだろうかとギルド職員に持ちかけている最中だ。
というか……。
「嘘ですよね」
「……またこれか」
何処かで似たようなことがあったなと思い出しながら、さてどうしたものかと頭を捻って考える。
そもそも何故こうも信頼してくれなうのだろうか。
騙されたと思って話くらい聞く気にはならないのだろうか。
因みに何故「嘘だ」と言われているかというと、クオーラクラブの背中に生えているクオーラ鉱石の採取は時間をかけて行う物であるという常識があるからだそうだ。
日帰りで採掘できていい物ではないらしい。
とは言え実際にあの蟹は討伐したし、その背中にある鉱石も今は手元にある。
しかし、ここで公にするとまた妙な連中に狙われる必要があるのだ。
ここで出すのは絶対にやりたくない。
とは言え、向こうも仕事。
明らかにおかしいと思われる冒険者の報告を、はいそうですかと聞いてはいけない。
「依頼を放棄するのであれば、魔法袋の返却をお願いします」
「だから、依頼の鉱石はこの中に入っている。だが公にするのはこちらが困るから、個室で見てもらいたいと言っておるのだ」
「はぁー……。一体何を企んでるのか分かりませんけど、どうして個室なんですか。別に鉱石の一つや二つここでもいいじゃないですか」
「その一つや二つが問題であるから、こうして頼んでいるのではないか」
「じゃあお預かりしますよ。それでいいでしょう?」
「ならん。先の様子を見てこれがとんでもない物だという事は分かった。某と沖田川殿の目の届くところで見てもらう」
「もー……」
受付嬢はうんざりとした様子で項垂れる。
そうしたいのはこちらも同じだ。
どうしてここまで頭が固いのだろうか。
普通であれば預けてもいい所なのではあるが、こちらにとっても重要な物が何個も入っているのだ。
そう易々と預けたくはない。
それは沖田川も同じな様で、木幕の意見に賛同してくれた。
しかしこれでは埒が明かない。
向こうが折れてくれなければ、面倒ごとを屋敷まで持ち帰ることになるのだ。
あまりやりたくはない事だが、こうなれば向こうが折れるまで徹底的にやるつもりである。
「さて、どうしたものかのぉ……。あれを見た時のただならぬ様子。明らかに人の目に触れてよい物ではないわい」
「うむ。それは理解しているのだが、この小娘……強情な」
「だぁれが小娘ですってぇ!?」
「「お主だ」じゃ」
「はああああ!?」
このような問答が先程から繰り返されてはいるのだが、もう周囲も飽きてしまったようで普通に聞き流している。
そこでふと思い出したことがある。
このギルドには、冒険者を取り仕切る長がいたという話をレミから聞いたことがあった。
多忙故に会う事こそ難しいかもしれないが、その人物であれば何とかできるのではないだろうか。
……とは言え、一介の冒険者風情の話など聞く耳など持たないかと思い、その考えと取り払う。
「……あ」
ギルドがここまで頑ななのであれば、依頼主に直接渡しに行けばいいのではないだろうか。
ここは仲介役を担っているだけであり、鉱石が届けられる場所はこの依頼書では一つだ。
すぐに懐から依頼書を取り出し、依頼主を確認するべく受付嬢に依頼書をもう一度読んで貰う。
回収されても別にもう問題ない。
そこにはこう書かれてあった。
―クオーラ鉱石採掘依頼―
数……規定なし
報酬……現物を見てからの支給 変動有り
期限……無期限
依頼主……バネップ・ロメイタス
―クオーラウォーターの採掘依頼―
数……二つ
報酬……金貨二十枚
期限……一ヵ月
依頼主……バネップ・ロメイタス
「……」
何処かで聞いたことのある様な名前がそこには載っていた。
確かこの人物は、あの屋敷の土地を所有していた貴族だったはずだ。
公爵、という立ち位置の人物らしいが、どれくらい偉い人物なのかはよくわかっていない。
だが所詮同じ人間だ。
話の通じないこの受付嬢より、依頼主に直接届けた方が比較的安全かもしれないというのもあった。
「沖田川殿、行こう」
「何処に行くのじゃ?」
「依頼主の元へ行く。これはもう少し借りておくぞ小娘」
「だぁかぁらぁ! 小娘じゃない! ていうかどこ行くんですかぁ! ちょっとお!」
受付嬢に魔法袋を見せて勝手に許可を取り、依頼主の元へと向かう。
しかし場所が分からない。
そう言えば屋敷にいたメランジェが彼の事を良く知っていたはずだ。
一度屋敷の戻るついでに、子供たちにお土産としてこれを渡せば喜んでもらえるだろう。
そのついでに、沖田川には石の加工をやってもらうことにした。
無理をしてついてくる必要もないので、砥石について詳しい彼にはそっちの作業をしてもらいたいと思う。
レミでもまた連れていくかと考えながら、一つ気になることを沖田川に聞いた。
「沖田川殿は何故砥石についてそんなに詳しいのだ?」
「儂の本職は研ぎ師じゃからの。お主の得物も研いでやるぞ?」
「本職には勝てぬからな。ではお願いしよう」
軽い口約束をして、二人は屋敷に戻った。




