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真の海防  作者: 山口多聞
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終盤戦 1

 昭和20年5月、米英連合軍は再度の北アフリカ方面における一大上陸作戦に打って出た。第二次トーチ作戦である。


 この時点で、既に枢軸軍の一大燃料供給地であったソ連は脱落し、さらに中東地域も日英軍による攻勢の連続で製油能力が低下し、地中海方面における枢軸海軍の行動は不活発になっていた。


 さらにアメリカ海軍には最新鋭の超大型空母の「ゲディスバーグ」級や同じく最新鋭戦艦の「アイオワ」級をはじめ、「バルティモア」級重巡洋艦、「クリーブランド」級並びに「アトランタ」級軽巡洋艦、そして「ギアリング」級駆逐艦などが艦隊に配備され、その戦闘力は飛躍的にアップしていた。


 艦載機も最新鋭のF8F「ベアキャット」に加えて少数だが単座攻撃機の「スカイレーダー」が配備されており、こちらも戦闘力を大幅にアップさせていた。しかも第二次トーチ作戦の総艦載機数は1500機と、まさにアメリカの物量を見せ付ける数であった。


 対して北アフリカ方面の枢軸軍の艦隊は仏伊艦が中心であり、Uボートをはじめとする潜水艦も在来艦が多く、しかも燃料が再び不足気味と来ていた。


 航空戦力も中東方面に最新鋭機が引き抜かれている結果、戦闘機はMe109GやFw190D、イタリアのM205が最新型で前者のKやTa152、ジェット戦闘機などは配備されていなかった。唯一誘導弾を備えた対艦攻撃機だけが最新鋭であるが、その数も米英連合艦隊の艦載機に比べたら微々たるものだった。


 一方トーチ作戦と並行する形で、日本海軍もインド洋方面における作戦を英軍と協同で展開する。それがマダガスカル島攻略作戦であった。


 仏領マダガスカル島は、アフリカ大陸東のアラビア海上に浮かぶ島であるが、枢軸軍はここを拠点として艦隊や潜水艦、航空機を進出させ連合軍側の輸送路を攻撃していた。


 島自体が巨大であり、また守備も厳重であることからこれまでその攻略計画は幾度も立案されると同時に廃案となっていた。


 しかしソ連との戦争が終わり、戦力に余力が出来ると同時に物量国家アメリカの力によってさらなる増強が可能となり、さらに枢軸軍自体が弱体化の傾向を見せている今こそ、攻略の好機であった。


 日本海軍は早速インド洋方面に派遣していた艦隊の編成を見直し、マダガスカル島攻略艦隊の編成に着手した。その主力となるのは、当然空母であり最新鋭の「大鳳」級装甲空母にアメリカから購入した「鳳翔」級正規空母、そして既存の「翔鶴」級正規空母や日本版大量生産型の「雲龍」級空母など正規空母8隻、軽空母3隻からなる新第3艦隊を編成した。これに護衛艦として戦艦6、巡洋艦16、駆逐艦36隻が随伴する。司令官は原忠一中将である。


 またマウントバッテン大将率いる英東洋艦隊も少ない戦力を遣り繰りして再編成され、戦艦「ヴァンガード」を旗艦として空母「インプラカプル」と「インディファティカブル」、護衛空母3、巡洋艦6、駆逐艦12隻の戦力をもって、共同作戦を行うこととなった。


 一方、敵潜水艦や航空戦力などによる上陸兵力への攻撃も当然予想された。それまで海上護衛を担当してきた近海防衛艦隊の派遣部隊も、海防艦や護衛駆逐艦の一部を分派するとと共に、本土からの増援を受けて、上陸部隊を輸送する輸送船団の護衛を行うこととした。


 このために動員された兵力は護衛空母3隻、護衛駆逐艦8隻、海防艦24隻、これに加えて上陸支援などを行う特設艦艇の内4隻ほどが対潜戦闘能力を備えていた。さらに、イギリス軍も護衛空母1、護衛駆逐艦、コルベット、スループ、フリゲート、特設艦艇など護衛艦艇19隻を出して船団を護衛することとなった。


 対する枢軸軍の方はと言えば、この時点でかつてのインド洋艦隊は既に解体されてヨーロッパ方面へ戻っており、マダガスカルにいる水上艦艇は港湾防備や船団護衛用艦艇に限られていた。


 また航空部隊にしても、独伊空軍は激戦となっている中東戦線やドイツ本国周辺の防空戦闘などに戦力を大幅に引き抜かれており、加えて本来の所有者であるヴィシー・フランス軍は配備している機体が少ない上にいずれの機体も旧式化しており戦力として数えられないと言う状況であった。


 陸上兵力についても、独伊仏軍合わせてその戦力は5個師団10万人であり、フランスの植民地軍などのような二線級部隊もかなり混ざっていた。装備も中東やヨーロッパ方面軍のそれに比べれば旧式な物が多かった。


 これまで連合軍による上陸の兆しが全く無かった上に、本国から海路を使って輸送しなければならない関係上、どうしても戦力強化が後回しにされていた結果だった。


 ただし、枢軸上層部(この場合ドイツ上層部だが)もこのマダガスカルの戦略的重要性は重々承知しており、連合軍がマダガスカル方面への侵攻を企図していると見るや、出来る限りの補給や新兵器の配備を行おうとはした。


 しかし、そうは問屋が卸さないとばかりに襲い掛かったのが日英の潜水艦艦隊であった。日本海軍は水中高速性を重視した「伊200」型に加えて、相手の護衛戦力が希薄であることもあって在来型の旧式潜水艦までも投入し、マダガスカルに向かう伊仏輸送船団に襲い掛かっていた。


 英国海軍も最新鋭とは行かないでも、ケープタウンを拠点として20隻あまりの潜水艦をこの作戦に投入し、日本海軍潜水艦と共にドイツ軍の補給戦を締め上げていた。


 この攻撃のお陰で、航空戦力の切り札として配備予定だったMe262戦闘機60機の内40機が海没し、さらに修理用部品の多くが失われるという大打撃を枢軸軍に負わせていた。


 他国の通商破壊を行うことは大得意の枢軸海軍ではあったが、自国の商船を守ることに関しては、やはり陸軍国であるせいか、そこまで上手とは言えなかった。特に独英仏いずれの海軍にも言えたのが、護衛艦として使える適当な艦艇を持っていなかったことに加えて、その整備能力が著しく遅れていることだった。


 例えばドイツ海軍の場合、そもそも水上艦艇の製造能力がそこまで高くない。そんな状況で「グラーフ・ツェッペリン」級空母や「フリードリヒ・デア・グロッセ」級戦艦の建造を行ったものだから、必然的にそれ以下の重巡や軽巡、駆逐艦の整備は遅れがちで、それさえも艦隊決戦用戦力だった。


 真に護衛艦として使える大きさにある艦艇はT1級水雷艇やF1級護衛艦であったが、これらはいずれも護衛艦としての適性を欠くか設計上に欠落を抱えていた。


 バルト海であれば、Sボート(魚雷艇)やMボート(機雷敷設艇)などでも充分であったが、生憎とインド洋方面では、沿岸部はともかく洋上でそれらの戦力を有効に使うのは不可能に近かった。


 対潜飛行部隊についても、ドイツの場合は空軍と海軍の仲が極めて悪く、水上機と飛行艇、さらに艦載機とその練習用機の運用までは海軍に移管されたが、日本海軍のように陸上から対艦攻撃が出来る機体もしくは対潜哨戒機は持ち合わせておらず、その能力は限定されていた。


 またイタリア海軍に至っては艦艇を運用する上での前提条件が狭い地中海やアドリア海に限定されており、しかも低い造船能力をやはり強力な水上艦艇を中心に戦力を整備したため、護衛艦の整備は進まなかった。


 フランス海軍に至っては、そもそもがヴィシー・フランス政府と言う傀儡政権(と完全に言えるわけではないが)であるのだから、自由な軍備の整備など進むはずが無く、それどころか艦艇を作っても独伊海軍に買い叩かれてしまったのだから、やはりこちらも護衛艦を造る余裕はなかった。


 勝ち戦の時は、そうした面が気になりにくく、戦力強化の重要性を認識するのは難しい。そうしたツケは往々にして後で恐ろしい形で降りかかってくるのである。


 そんなわけで、日英潜水艦はインド洋方面に限って言えばドイツUボートもかくや言う活躍をした。もっとも、決して犠牲がなかったわけではなく、浮上航行中をUボートに撃沈されたり、逆に撃沈し返すなど、壮絶な潜水艦同士の戦いさえ起きていた。


 

 

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