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真の海防  作者: 山口多聞
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雪辱 下

 今回は普段より少し短めです。

 戦いは第2ラウンドへと突入した。昨日夜の戦いでは味方の被害無しでUボートの襲撃を乗り切った船団と護衛艦隊であったが、2日目の今日は対潜哨戒機の数が減ってしまっているので、哨戒網に穴が開き、必ずUボートがその穴から攻撃してくるものと考えられた。


 護衛艦隊司令官である千川少将は、配下の駆逐艦部隊にその哨戒網の穴に対する警戒を厳重に行うと共に、積極的な防衛行動を行うように命じた。積極的な防衛行動とは、音響装備をフル稼働して敵潜水艦の位置を先に捕捉し、牽制することである。


 第二次世界大戦開戦前、連合艦隊内部では当時の新兵器電探に対する「闇夜の提灯論」が出ていた。これは電探が電波を発する兵器であることから、こちらの位置を暴露してしまい、戦場では役に立たない兵器であるという考え方だ。


 ただし、これは大きな誤りである。そもそも電波は周波数や波長と言う形で違いがあり、電探の場合もその電波を拾うには専用の逆短が必要となる。つまりは、当時の日本海軍高級士官の電波に対する理解はその程度であったと言う事だ。


 しかしながら、電探に関しては幸いにも霧中航行時や地上基地設置型であれば有効であるという事で陸上型、ならびに艦上型ともに研究は続行され、さらに開戦後はアメリカやイギリスの技術輸入で大幅に進歩した。


 一方、ソナーに関しても同様の問題が出た。それがピンの無闇な発信は味方の位置を暴露するので、極力控えた方が良いと言う考え方だ。


 ソナーには主に2種類あり、一つは相手のスクリュー音などを直接探知して聞く聴音型パッシブ・ソナーであり、もう一つは音波を発してその反射から敵の位置を探るアクティブ・ソナーである。上記の問題の対象となったのは後者のソナーだ。


 ただし、音波を発進しなければ敵の位置を探知できないのであるから、音波を発信するなと言うのははっきり言って本末転倒な問題と言ってよい。現に現場の水測員などからはすぐにクレームが付き、さらにその事を大真面目にアメリカ軍やイギリス軍の軍人の前で話して、呆れられたという事態まで起きた。


 そのため、この時期にはいずれの頓珍漢な問題はほぼ払拭され、電探にしろソナーにしろ積極的に使用されていた。


 護衛艦隊の駆逐艦も、Uボートの襲撃に備えて電探を作動(電探は主に浮上した敵潜水艦を探す)させ、さらに時折ピンを発信して、近くに敵の潜水艦がいないか探した。また音響魚雷による攻撃に備えて、フィクサーの曳航を開始した。


 護衛艦隊に加えて、昨日よりは数が減ったものの有効なエアカバーを提供する対潜哨戒機と水上機が出動し、磁気探知機による敵潜水艦探しを開始した。


 対して、襲撃を目論んだUボートをはじめとする枢軸潜水艦隊は無音潜航や深深度潜航を行うことで敵の目をごまかし、接近を図った。


「今日の相手は戦い甲斐のある相手のようだ。」


 老練なUボート艦長は、上空に対潜哨戒機を上げて、有効に護衛艦を使う敵艦隊を見てそう呟いた。


 日付が変わる頃、戦いの火蓋が気って落とされた。まず空母搭載の「北海」対潜哨戒機が磁気探知機で潜水艦らしき反応を探知、航空爆雷を投下した。この時攻撃を受けたUボートは沈没はしなかったが、航空機に探知されたことで慎重となり、攻撃の機会を逸した。


 続いて30分後、駆逐艦の1隻が自艦右舷前方に微かではあるが、反応をアクティブ・ソナーに探知し、接近の上ヘッジホッグを投下した。この攻撃は空振りに終わり、撃ち込んだヘッジホッグは爆発することなく海に沈んだ。しかし、これによって護衛艦の警戒レベルは上昇した。


 各艦の電探並びに水測兵はその目と耳を研ぎ澄まし、どんな些細な反応を見流さないように身構えた。また見張りの兵士も、それこそ目を皿にして海面を見張った。


 最初のヘッジホッグ発射から20分後、今度は別の駆逐艦が魚雷の推進器音を探知し、直後には雷跡を発見した。この攻撃は音響魚雷によって行われたため、魚雷は駆逐艦の引くフィクサーに反応し、護衛艦と輸送船に対する被害は出なかった。


 付近の海上は深い闇に包まれていたが、海中と海上との壮絶なる死闘が続いた。


 30分後、駆逐艦の1隻が再び潜水艦の反応を探知し、全速力でその海域に直行、ヘッジホッグと爆雷を海中へと叩き込んだ。この時Uボートは積極的な反撃に転じ、駆逐艦に魚雷を発射しようとした。ところが、それが裏目に出て、先に探知された挙句ヘッジホッグの直撃を受けて撃沈されたのであった。


 駆逐艦側はしっかりと撃沈を確認できなかったが、敵潜水艦の推進器音の消失を確認したので、取り敢えず安全は確保されたとして現場海域を離れ、船団の元へと戻った。


 こうして最初の軍配は日本側に上がった。


 しかしドイツ側もすぐに反撃に出た。探知を逃れ、商船への絶好の射点に付いた1隻が大型タンカー目掛けて魚雷2本を発射した。


 この魚雷は1本が大型タンカーの右舷に命中し、同船の船足を落とした。しかしこの時タンカーは空荷であり、予備浮力も充分保ったため、沈没を免れた。残る1本の魚雷は、磁気信管が故障を起こして早爆してしまった。

もちろん、そのUボート艦長が地団太を踏んだのは言うまでもない。


「開発局の連中め!!」


 命がけで射点に付いたにも関わらず、魚雷の故障で大量を逸する程悔しいことはない。さらに、攻撃後は射点を敵に探知されて、猛烈な反撃を喰らうことを意味する。現に、このUボートは間もなく対潜哨戒の水上機による爆雷攻撃、さらに駆逐艦によるヘッジホッグ攻撃を受けた。


 しかしながら、幸いにも離脱に成功している。しかも、驚くべきことは浮上して確認してみると、艦橋後部にヘッジホッグの不発弾が刺さっていたのであった。


「不発弾に命を救われるとは、とんでもない皮肉だな。」


 無事ジブチに帰還した艦長はその様に語っている。


 その後も死闘は続いたが、日本側の護衛艦艇はこれまでのような深追いをさけ、徹底的に敵潜水艦の牽制攻撃に終始した。航空隊も危険な夜間発着艦を繰り返して、エア・カバーを提供し続けた。


 それでも、灰色狼は慎重に襲撃の機会を狙い、攻撃を掛けた。その結果、被雷したのはなんと護衛艦隊旗艦である軽巡洋艦「千種」であった。


「千種」は1本の魚雷を被雷し、速力が一気に20ノットにまで落ちると共に、小規模な火災が発生した。


「火災消化急げ!応急対策班は浸水を止めろ!!」


 座乗艦の被雷と言う事態に直面した千川司令官であったが、それでも努めて冷静に行動した。幸いなことに命中した魚雷が1本だけであったので、致命的な被害は避けられた。


 この「千種」の被雷が護衛艦隊と輸送船団に対する最後の襲撃となった。その後のUボートの攻撃は、護衛艦と対潜哨戒機の活躍によって防がれた。攻撃によって船団の隊列は若干乱れたものの、沈没した艦船はゼロに抑えることが出来た。


 千川は護衛艦隊の指揮を2番艦である駆逐艦に譲ると共に、「千種」と被雷して速力が落ちたタンカーを船団の最後尾に下げた。


 速力が落ち、船団の一番後方につくことは危険な行為であるが、幸いにもその後Uボートの襲撃は無く、船団と護衛艦隊は1隻の落伍も無く、全艦船が朝日を拝むことが出来た。


「なんとか凌いだな。」


 千川は旭日旗のような美しい朝日を眺めながら、呟いた。


 この夜の戦闘で、船団と護衛艦隊はそれぞれ中破1隻を出したが1隻の損失も無かった。対するUボート部隊も沈没は1隻のみであった。しかしそうした戦術的な結果は別にして、日本艦隊は船団を欠けることなく送り届ける作戦目的を完遂した。


 船団はその後セイロン島から飛んできた飛行艇や対潜哨戒機、さらには小型の駆潜艇の護衛などを受けて無事にコロンボ港へと入港している。


 この護衛成功によって、帝国海軍連合艦隊は見事に前回の雪辱を晴らし、その面目を保ったのであった。


 欧米系の新聞は、わずかな期間で戦訓を生かして前回の汚名を返上した連合艦隊派遣部隊を賞賛すると共に、労いの言葉を送ったのであった。


 なお、この時の戦訓を元に連合艦隊における船団護衛任務に関する訓練や講習の時間が増やされることとなり、連合艦隊より抽出された護衛艦隊は、以後インド洋や大西洋方面で近海防衛艦隊の護衛駆逐艦や海防艦と共に活躍することとなる。




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