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真の海防  作者: 山口多聞
46/59

雪辱 上

 昭和19年11月下旬、日本海軍連合艦隊艦艇による2回目の船団護衛が実施された。船団司令官は前回と同じく千川清少将で、旗艦も改「阿賀野」級の「千種」であった。空母も「龍鳳」が参加した。ただし、前回と違って戦闘で失われた駆逐艦2隻の補充が未だ無く、急遽近海防衛艦隊所属の護衛駆逐艦2隻を編入した。


 護衛するのは各種貨物船18隻と貨客船6隻、タンカー3隻である。連合国側各国に所属する船が入り混じっており、万が一再び撃沈されるような事態が生じたら、今度こそ日本海軍連合艦隊の威信を地に落ちる可能性大だった。


 船団はケープタウンを出航し、前回とほぼ同じ航路でセイロン島のコロンボ港へと向かった。もちろん、その航海中にマダガスカル島やジブチ・エチオピア方面から出撃した枢軸海軍潜水艦と交戦する可能性大だった。


 前回の戦訓に鑑み、急ごしらえながら護衛艦隊は様々な改正を行っていた。特に、艦隊陣形は護衛の駆逐艦が単純に輸送船と並行して前進するのを止めて、船団の周りでグルグル回る英海軍や近海防衛艦隊が採用している方式を採った。


 早朝に出撃した船団は、船団速力11ノットで東進した。船団航行の場合、最も遅いスピードの船に合わせて走らねばならない。現在の所、日本政府は各船会社に対して海外航路には巡航速度12ノット以上の高速新鋭船を投入するようにしていた。


 これによって近海航路の船は低速小型船が多くなってしまったが、船団航行のリスクを抑えようとした結果である。


 船舶改善助成施設や、アメリカからのリバティー船購入で大分減ったものの、未だ明治から大正期に建造された老朽船を日本の船会社はかなり保有していた。例えば、日露戦争でバルチック艦隊を発見した汽船「信濃丸」は昨年(作中では1943年)まで健在だった。さすがに船齢40年となり引退し、長崎で記念船となったが、こうした船舶がまだまだがんばっていたのである。


 第一次大戦前後、海外との輸出入増加を見越して、当時の造船所ではストック・ボートと呼ばれる船舶をかなり建造した。これは船会社からの発注なしに、造船所が船を建造し、それを船会社が後から買い取った船のことである。そのため、全く別の複数の会社(例えば日本郵船と大阪商船と日本海汽船)に同型船が多数あるという状況であった。


 もちろん、これらの船は第一次大戦前後に建造されたから軒並み蒸気式レシプロ機関である。そのため速度が遅いし加速は悪い、大量の火夫が必要でおまけに真っ黒な煙を朦々と吐き出すと言う、潜水艦がうろつく海域では絶対に使いたくない類の船だった。沈めて下さいと言っているようなものである。


 こんな船をUボートのいる海域に出させるわけにも行かず、国は商船会社に対してディーゼル船をはじめとする高速で船齢の若い船を海外航路に投入するよう要請した。


 このおかげで、日本船籍の商船で大西洋やインド洋に派遣された船舶のほとんどは新鋭の高速船となり、まさに「マルシップ」の象徴となった。しかしながら、国内や近海航路にはまだまだ蒸気レシプロ式船も多数残っていた。


 日本の場合経済的な理由から1930年代に入っても蒸気レシプロ式の貨物船を建造していた。こうした蒸気船が完全に淘汰されるのは、日本が戦後経済成長を遂げる昭和40年代に入ってからである。


 話は逸れたが、とにかくそう言うわけで日本船には高速新型船が多数いたということだ。またアメリカも戦前に船舶の積極的なスクラップビルトを行っていたので、リバティー船のようにスピードこそ遅いが、その他の性能では優秀な船が揃っていた。


 またイギリスの場合はかなり特異な例が存在する。


 戦前、欧州各国はヨーロッパ各地から新大陸(アメリカ)との間の航路で熾烈な競争を続けていた。あの有名な「タイタニック」に象徴されるように、この航路はドル箱路線であった。特に三等船客は彼らにとって金のなる木であった。


 あまり知られてはいないが、収益率で見ると一等船客よりも三等船客の方が遥かにコストパフォーマンスが良い。まあ、格安運賃とは言え狭い空間に大量の人間を押し込み、安い食料を提供する程度で済むのだから当然と言えば当然であるが。


 船会社にとって、一等客用の設備はあくまで見栄と宣伝用であった。そしてもう1つの見栄として売り出されたのがスピードであった。


 当時船会社の間で話題になったのが、ブルー・リボンの争奪である。これは大西洋を横断する船で一番速い船に冠せられた称号である。別に国やどこかの団体が正式に認定するわけではないが、この称号を持つことは船会社にとって何よりも名誉あることであった。


 「タイタニック」号が氷山と衝突して沈没した原因の1つに、スピードを上げるために氷山の警告を無視したという話がある。そのことが、当時船会社にとってスピード記録を持つことがどれ程大きなことであったかを示している。


 そして第二次大戦直前も航空機が発達前であったため、むしろ船の性能や建造技術の向上によってこの競争は熾烈さを増した。ドイツの「ブレーメン」、フランスの「ノルマンディー」、イタリアの「ローマ」など欧州主要各国がそれぞれの国の威信を掛けて豪華客船を建造して大西洋横断航路に投入した。そしてブルー・リボンを奪っては奪い返された。


 これらの客船は、需要の関係から日本の豪華客船に比べて遥かに巨大であった。全長が300m近い船もあり、日本最大の「橿原丸」級(全長225m)とは比較にならないレベルの船であった。


 しかしながら、これら豪華客船の内日独伊船は徴用の上空母へと改装されてしまい、しかも軒並み戦没してしまった。フランスの「ノルマンディー」に至ってはニューヨークで改装工事中に火災が発生、消火用の水が船内に溜まったのが原因で横転し、そのまま喪失となってしまった。


 一方連合国側の英国はと言えば、さすがにかつて「タイタニック」や「オリンピック」と言った船を持った国だけあり、この時代も多数の豪華客船を保有していた。


 その代表格は「クイーン・メリー」であった。「クイーン・メリー」は最高速力が30ノットであり、しかもその速度で巡航可能と言う、一種の化け物じみた性能を保有していた。そしてイギリスはこのような大型客船を空母へ改装する必要などなかった。


 イギリスはこれら大型客船を兵員輸送船へと改装した。これらの船は、1回で1万近い兵士を輸送可能であった。そして何より凄いのは、その高速巡航力であった。これによって「クイーン・メリー」は船団に入る必要など無く、むしろ高速性能を押し殺してしまい、無駄であった。そのため戦争の前半期間中、制空権を確保されている海域では基本的に独航で航行した。


 その後音響魚雷や高速Uボートが登場するとさすがに護衛を受けたりもしたが、すくなくとも船団に入ることはなかった。


 閑話休題。


 さて、ケープタウンを出港した護衛艦隊と輸送艦隊はUボートに警戒しつつ進んだ。もっとも、早朝出港したので、日の入りまでは空母「龍鳳」艦載機、さらにはケープタウンの基地航空隊などによって護衛され、潜水艦の接近を阻むことが出来た。


 しかしながら、昼の内からUボートより発信されたと思しき敵電波を探知したので、護衛艦隊と船団の人間は夜間に襲撃してくることを予測した。


 しかし、千川少将は大いに自信を持っていた。1週間と言う短い時間とは言え、彼らは近海防衛艦隊やイギリス艦隊から教えを請い、その戦訓を全艦に徹底させていた。また船団各船との関係を親身にし、いざと言う時の連携を円滑に行えるようにもしていた。何より、前回のような無様な真似は出来ないと言う事実が彼らの闘志を燃え上がらせていた。


「今度こそ守りきる!」


 千川ら護衛艦隊の面々は強くそう誓っていた。


 そして日が落ち、海上を闇が包み込んだ。「龍鳳」からは昼間より数は少なくなったが、夜間哨戒の「北海」が発進し、船団付近の警戒にあたる。また各艦・各船のレーダーとソナーも敵襲に備えた。見張り員も増やされ、Uボートからの魚雷攻撃に備えた。


 緊張した時間が続く。


 日付が変更されるころ、ついに動きがあった。対潜哨戒中の「北海」哨戒機が磁気探知機に反応を捉えたのである。すかさず対潜爆雷を投下して攻撃した。


 続いて海上に照明弾が投下される。すると雷跡が発見された。


「全船予定通りに回避運動に入れ。並びに船団全周への警戒を厳にせよ!!駆逐艦「青波」は「北海」の誘導の元現場海域へ急行せよ!!」


 前回とは違い、退避も攻撃行動も予め決められた手順で行われる。そのため無用な混乱は起きず、各艦船はスムーズに退避と攻撃態勢に移った。また「龍鳳」からは追加の「北海」が発進した。夜間であるため限られた機数だが、それでも出さないより遥かに良い。


「さあ、来てみろ灰色狼め!前回のようには行かんぞ!!」


各艦の爆雷とヘッジホッグに兵員が付き、いつでも発射できるように準備される。護衛艦隊側の戦闘準備はなった。




 


 


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