表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真の海防  作者: 山口多聞
44/59

戦線拡大 10

 突如として駆逐艦の1隻が大爆発を起こした。夜間であり、さらに長時間の対潜警戒を続けて、気が多少緩んできた所での事態であったため、混乱が起きた。


「何事だ!?」


 護衛艦隊司令官の千川少将は、旗艦である軽巡「千種」の艦橋から、その光景を目の当たりにした。


「船団右舷の駆逐艦「秋雲」が爆発しました!おそらくUボートの魚雷と思われます。」


「各艦に厳重なる警戒を命令!敵魚雷に注意!対音響魚雷戦用意!」


 ところが、千川少将はここで大きなミスを犯してしまっていた。警戒命令を艦隊内のみに連絡させ、船団を構成する商船にし忘れたのである。すぐに千川少将もそれに気づき、慌てて商船にも信号を送るよう命令したが、その最中に敵の第二撃が行われた。


「駆逐艦「山雲」が敵魚雷らしきもの発見!回避行動に入りました。」


 続けざまに行われる敵の攻撃に、千川は他の艦にも回避を命じた。


「各艦も順次回避運動に入れ!」


 ところが、またしても商船に対する通達が遅れた。しかも高速の連合艦隊用艦艇は、機関出力を大幅に上げて回避運動に入ったため、護衛艦隊が船団を置いていく格好となってしまった。


 それでも、今回の船団を構成している船の船長の多くがUボートによる襲撃の経験があった。また、性能の違いから船団による回避運動の難しさなどを心得ている人間も多かった。


 そうしたベテラン船長たちは、護衛艦と船団が乖離し始めるのを見るや、独自に連絡を取り合い、警戒態勢へと入った。


「付近の船との動きに注意しろ!それから海面もしっかりと見張れ!魚雷がいつ来るかわからんぞ!」


 ある船長は、船員たちを叱咤激励して敵潜水艦に抗しようとした。こうした船では、船長に対する厚い信頼の下船員たちは悪化する状況の中でも、高い士気を維持していた。


 一方、彼らを放り出す形となった護衛艦隊では、ようやく敵潜水艦に対する攻撃を開始した。駆逐艦の1隻がソナーやアズディックを使い、敵潜水艦らしき音や影を探知すると、ただちにヘッジホッグや爆雷をお見舞いした。


 また彼らは敵潜水艦が音響魚雷を使用した時を考え、妨害音波を発信するフィクサーの曳航を開始していた。さらに持ち前の高速を生かして、敵潜水艦への素早い攻撃を実行した。


 この結果、不用意に船団と距離を詰めてしまったUボート1隻がヘッジホッグと爆雷の集中攻撃を受けて撃沈された。この潜水艦にとって不幸だったのは、第二撃目の魚雷を装填中に攻撃を受けてしまったことであった。もし二撃目を発射できていたら、少なくとも撹乱は出来た筈であった。


 もっとも、ではこの潜水艦の犠牲が無駄かと言えばそう言うわけでもなかった。この潜水艦の攻撃により、護衛艦隊と船団の距離が離れてしまった。千川もようやく事態に気づき、駆逐艦の半分に戻るよう指示した。


 しかしこれがまた大変であった。戻るといっても夜間であるため、下手をすると衝突してしまう。さらに船団の側も陣形が乱れてしまっていたので、こちらもまた下手な動きをすると衝突を誘いかねなかった。


 こうして護衛艦隊と船団ともに、大きく動きの選択肢を奪われている隙を、Uボートの艦長は見逃さなかった。


「ヤーパンめ!仲間の仇討ちだ!」


 目標となったのは、経験不足であるため船団から遅れてしまった貨物船であった。その船は船齢の浅い戦時標準船であり、船長も経験の浅い人間であった。そのため、ベテランほど敏捷な動きを出来ず、船団からも遅れてしまっていた。


 そして、そこにUボートから発射された魚雷を2本食らった。


 ドゴーン!!


 再び海上に閃光と爆音が轟く。そして被雷した貨物船はあっと言う間に浸水し、傾斜してしまう。もちろん、もはや助かる見込みなどなく、乗組員は慌てて救命ボートに乗り込むか海に飛び込み、脱出した。


 こうして、貨物船は多くの貴重な物資をその腹に抱えたまま海底深く沈んでいった。


「な、なんたることだ。」


 同盟国の貨物船がなす術もなく海底に引き込まれていく姿に、千川は切歯扼腕する。


「ええい!早く潜水艦を片付けんか!」


 怒りに任せて千川はそう怒鳴ったが、ここで彼は大きな思い違いをしていた。彼の任務は船団を無事に目的地まで連れて行くことであって、潜水艦の撃沈ではない。潜水艦の撃沈はあくまで目的のための手段なのだ。それがいつのまにか目的にすり替わってしまっていた。


 しかし、元々敵艦を戦うことをモットーにしてきた連合艦隊の将兵たちにとって、そのことを疑問にする者などほとんどいなかった。敵を倒せば攻撃してくる相手はいなくなる。攻撃こそ最大の防御であった。この命令により、一旦は船団に戻ろうとした駆逐艦も、潜水艦の掃討戦に向かった。


 もっとも、そのために商船は一時的に丸裸となってしまっていたが。空母や戦艦と違い、さらに鈍足な商船が巡洋艦や駆逐艦の運動に付いていける筈がなかった。


 ただし、例外もいた。駆逐艦「夕雲」は艦長が商船学校出身者であったため、潜水艦の追跡命令を無視して一端護衛艦隊の陣形から離脱し、船団との合同を図った。命令違反覚悟で、船団を守る方を優先したわけだ。


 一方護衛艦隊の主力は、ヘッジホッグや爆雷を海中に投射して潜水艦を燻りだそうとした。もちろん、ソナーや音波探信を行うため、時々攻撃を止めて様子をみたりもした。


 対するUボートの艦長たちは利口だった。敵の動きから、相手が高速の巡洋艦と駆逐艦だとわかると勝ち目がないと判断し、一目散に遁走を図ったのである。


 日本の艦隊駆逐艦は、爆雷の搭載数では護衛駆逐艦に劣るものの、この時期にはヘッジホッグや最新式のソナーと言った一応対潜装備一式は搭載していた。さらに35ノット以上のスピードで洋上を疾駆するので、Uボートにしてみれば誠に戦いにくい相手であった。


 結局、護衛艦隊主力の撃沈記録は1隻に留まった。その代わりに、金星を挙げたのはただ1隻離脱した駆逐艦「夕雲」であった。


「夕雲」は船団至近に戻ると、船団側から見て左舷側に占位しようとした。これは船団からみて右舷側で護衛艦隊主力が対潜水艦戦を行っており、そのため敵潜水艦が右舷側からは接近しにくいと判断したためだった。


 そしてこの判断は図に当たった。実はこの時、船団を襲撃したUボートは計5隻で、内3隻が右舷側からの襲撃を試み、この内の1隻が「秋雲」を撃破していた。残る2隻は右舷側の攻撃中を狙って左舷側に移動し、襲撃を試みようとした。


 これは日本側の護衛艦艇が多く、右舷からの襲撃だけでは接近が困難であるとUボートの先任指揮官が考えたからだ。


 結果は見事、船団から落伍した貨物船1隻の撃沈であった。ただし、Uボートにとっても予想外であったのは、それ以外の商船は意外と早く立ち直り、回避運動を行ったことであった。そのため攻撃の機会を一時的に逃がしてしまった。


 そして再度の攻撃のために、攻撃位置に付いた時に「夕雲」の探信義に探知された。


「夕雲」は船団に敵潜水艦の予想位置を発光信号で報せると、早速牽制攻撃に掛かった。この時点で「夕雲」はヘッジホッグと爆雷の残弾に余裕を持っていた。


 対して驚いたのはUボートの艦長であった。攻撃に入ろうとした絶好のタイミングで駆逐艦が向きを変え、しかも高速で向かってきたのである。さらに悪いことに、彼らが魚雷発射管に装填していたのは通常魚雷であった。音響魚雷はこの状況で使えないと判断していたからだ。


 船団への攻撃は無理だと判断したUボートは、魚雷を全部発射すると一旦離脱を図った。しかし「夕雲」は適当に撃たれた魚雷を回避した。しかも、回避後1隻を絶好の射点に収めた。


「撃て!!」


 漆黒の闇に包まれた海中目掛けて、ヘッジホッグと爆雷が叩き込まれた。そしてヘッジホッグの1発が敵潜水艦を捉えた。


 ドグワーン!ドーン!グワーン!


 ヘッジホッグは1発が爆発すると残りも誘爆する仕組みになっている。そのため、連続爆発が起きた。凄まじい水柱が海上にも出現した。もちろん、至近で爆発を受けたUボートが助かる道理はなく、同艦はバラバラになって沈んだ。


「夕雲」は撃沈こそ確認しなかったが、敵潜水艦の音響が消失したため追跡を打ち切り船団へと戻った。


 こうして夜の戦いは終わった、護衛艦隊は敵潜水艦を2隻撃沈(護衛艦隊は確実な戦果を確認していない)したものの、駆逐艦1隻と貨物船1隻を失った。失った艦船数こそ同じであるが、総合的に見れば負けである。


 その後船団と護衛艦隊は順調に進み、なんとかケープタウンに入港することが出来た。しかしこの戦いは、改めて連合艦隊が未だに艦隊決戦主義の呪縛から完全に抜け切っていないことを内外に印象付ける戦いとなってしまった。


「夕雲」のような例外もあったが、それは艦長が比較的商船に対しての理解があったという偶然に過ぎず、帝国海軍は何らかの工夫を凝らさねばならなかった。




 御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ