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咲き誇る花々は世界を知らない  作者: 入沢日呂
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6.……初対面とは

「それではただいまから、一年生は教室に向かいます」


 式が終わると、会場は一気にざわざわと騒がしくなる。

 新入生は式のときに座っていた椅子から立ち上がり、誘導する教師の後を付いて行く。教師は先頭に立ち、皆を誘導する。


 一年生はA組・B組・C組・D組と四つのクラスに分かれており、先頭はA組から。そして最後にD組が席を立ち教師の後を追う。

 万折たちC組はクラスのパネルを持った教師に従い、会場を後にする。そのまま今日から自分達の教室となる部屋に向かうのだ。


 並び順は、今まで通り出席番号順。万折の前には干奈が、干奈の前には可奈子がいる。三人とも中間の順番であるが、後ろから、そして前からの視線がそこに向かっている。

 理由は言わずもがな、先ほど新入生挨拶をした坂齋可奈子。彼女の纏う雰囲気やその美貌はこの場にいない男はもちろんのこと、女も魅了している。


 まだ居合わせて数時間しか経っていないためか、誰も可奈子に話しかけようとはしない。恐らく、その雰囲気に圧倒されて話しかけられないものが半数以上いる。


「――ここが今日から君達が日々勉学に励む教室です」


 案内していた教師は足を止め、クラスの生徒のほうを振り向いた。


「暫くの間は出席番号順で着席してもらいます。今のままの順番で、自分の机に移動してください」


 生徒達はその声に従って自身の番号順に席に着席し始める。

 式の間隣にいた干奈は、今度は万折の前に座っている。万折はまた年寄り臭く「おっこいしょ」と言いながら座った。そして乱暴に足を組み、溜息を吐きながらつまらなそうに机に肘を突く。


「帰りてぇな」


 誰にも聞こえない程度の小さな声で万折は言葉を零す。

 すると、万折の前に座っている干奈が呆れたような顔で後ろを振り向いた。


「あんたまだそんなこと言ってんの?」


 先ほどまで案内していた教師は担任ではなかったらしく、案内だけして教室を出て行ってしまった。今は万折たちの担任と思われる教師が来るまではフリータイムと言うわけだ。


「ホントはこんな式サボりたかったんだよ。けど、最初から休んじまったらあとから面倒だろうが。だから仕方なしにこんなめんどい式に出たんであって、私の意思はさっさと帰りたいとしか思いしかねぇ」


 だるそうにつまらなそうに、口を尖らせる。

 その言葉に干奈は盛大な溜息を吐く。椅子を動かし、そして完全に後ろを向き、万折と向かい合う。


「そんなんで三年間乗り切れるの?途中リタイアとか笑えないからね。この難関学園に入れたくらいなんだから、文系がダメだって言ったって他が良かったとか、地頭がいいわけなんでしょ」

「何それ、褒めてんのか?」

「別に褒めてなんかないわよ。思ったことを述べてるだけであって、褒めても貶してもないわ。自分のいいように変換しないで」


 万折の額をでこピンする。じゃれあう程度のでこピンなので痛くもかゆくもない程の衝撃しかない。それを敢えて万折は大げさに仰け反るように反応した。


「あっぶねぇ!急に攻撃するなよ」

「もう!勝手に攻撃に変換しないでよ。誰でも避けられるし、ましてや痛くもないでしょ」


 教師がいないことをいいことに、二人は通常の声の音量で会話をしている。入学式のときは、厳かな式ということもあり、ひそひそと会話をしていた。しかしもう自分達の世界に入っても咎める者はいない。


 だから二人は気づいていない。

 入学式初日で、しかも出会ってまだ数時間しか経っていないにも拘らず、長年の友人のように会話する二人はクラス中の注目の的だ。

 ある者は、入学式で配られたパンフレットを見て。またある者は机に置かれている座席表を見る。そこに記載されているのは、二人が別の地域から、そして別の中学から来ていることだった。


 それだけで二人は今日、初めて出会ったのだと誰もが理解できる。


「はぁぁあ…。もうすぐ昼になるってのにまだ帰れねぇのかよぉ」

「うるっさいわねぇ、今日は夕方まで拘束されるわよ。明日からは通常授業だから、今日よりも遅くなるんじゃない?」


 その言葉に万折はわかり易く顔を顰める。仕舞いには明日休もうかななどと馬鹿みたいなことも口にした。


「はあ?初っ端から休んだら面倒くさいことになるからって今日来たのに、明日休んだら意味ないでしょうが!」


 まるで母親のように、干奈は万折の頬を強く抓って叱る。

 それまで二人の会話にはそれまで割って入ってくる者はいなかった。会話の内容が下らない事もあるだろうし、何よりも二人が自分達の空間を作り出していることも相まっているのかもしれない。


「――仲が良いんですね」


 なのでその輪の中に突如入ってきた存在に二人だけでなく、この教室にいる全員が驚いていた。

 そしてそれは、突如入ってきたその人物が人物であったことも由縁するであろう。


「お二人は中学校が違うようですが、元々お知り合いだったりするんでしょうか?」


 万折の席に一つの影。二人は同時にその影の主を見上げる。

 腰まである艶やかで美しい黒髪をハーフアップで纏め、控えめな白のリボンで留めている。

 清純派の正統派女優のようなその顔立ちの少女は、二人の前に座る坂齋可奈子だった。


「あ、突然会話に割り込んでしまって申し訳ありません……。あまりにもお二人が楽しそうにお話していたので気になってしまって……」


 可奈子は申し訳なさそうに眉を下げる。その大きな瞳にはじゃれ合っている二人がくっきり映し出されており、そこだけがまるで特別かのよう。


「……いや、別にそんなことはどうでもいいんだけど」

「今日知り合ったばっかだけど、そんなに仲良く見えっかぁ?」


 話しかけてきたのが可奈子だと言うことに、少なからず驚いている干奈。そして相変わらず気だるい顔で可奈子の質問に答える万折。そんな二人を見て、唇の前に手を沿えて上品に笑う可奈子。


 傍から見てもわかる通り、ジャンルが違う三人が話しているのを回りは凝視する。


「出会ってすぐだと言うのに、こんなに仲が良いという事は相性がとてもいいんでしょうね。とても羨ましいです」

「ただ単に二人とも人見知りしない性質なだけでしょ」


 その言葉に同意を求めるように、干奈は目線を万折に向ける。その視線に気づいていないのか、それとも気づいているのに敢えて無視しているのかは定かではないが、万折は一切干奈と顔も視線も合わせない。


 更にはその言葉と視線を無視して万折は可奈子に話しかける。


「つーか、お前本当に綺麗な顔立ちしてんのな。近くで見ると更に思うわ。あー、えーっと、名前なんだっけか?……さ、さか…?」

「坂齋可奈子です。宜しくお願いします。綺麗なんて言っていただきありがとございます。たまに言って頂けるのですが、何度言われてもやはり照れますね」


 可奈子が名前を言うと、万折は「あー、そんな名前だった」と指を差す。その指を差している万折の手をばしんっと干奈が叩いた。

 綺麗と言われたことに照れているのか、それとも二人のやり取りを見てなのかは不明だが、可奈子はまたくすくすと笑う。


 自分の言動又は行動で笑っている可奈子をじっと見つめる万折は、可奈子の顔に向かってずいっと顔を寄せる。その急な行動に一瞬驚いた可奈子は、反射的に顔を後ろに反った。


「お前、さっきから敬語で話すよな。クラスメイトなのになんでいつまでも敬語で話してんだよ」


 その万折の問いに干奈はうんうんと頷いている。


「あ、えっと…。両親の前でも敬語で話しているので、誰に対しても敬語で話すのが癖になってしまったんです。なので、この話し方が気になるかもしれませんが、深い意味はないので気にしないでください」


 さすがにこれについては照れがあるのか、可奈子はは恥ずかしそうに語る。

 雪のように白い肌が淡い赤に染まれば、なんともいえない色気を醸し出す。


 身長は万折や干奈に比べれば小柄であり、顔も丹精で整って入るが大きな瞳と少し丸い顔のお陰で少し幼く見える。そんな少女から醸し出される色気は、なんとも言えず魅力的だ。


「ふーん、厳しい家なんだな」


 自分から話を振っておいて、万折はあまり興味なさげだ。


 そんな万折を見て呆れている干奈が何か言葉を紡ごうとするが、そのタイミングで教室のドアがガラッと大きな音を立てて開いた。


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