4.……期待と暗闇
二人の会話が終了してすぐに盛大な音楽が流れる。恐らくこれが式の始まる合図のようなものなのだろう。
曲が流れて数秒後にステージを隠していた幕が、音楽に合わせてゆっくりと上がっていく。そしてその幕に隠されたステージが姿を現す。
ステージ中央には演台。その演台の左右には来賓とこの学校の教師が椅子に腰を書け座っている。教師側の席は左側にあり、演台に近い席から順に理事長、校長、教頭という紙が誰にでもわかるようにと貼られている。
「それでは只今より、第一五三回聖翔学園入学式を開催いたします」
女性の声でアナウンスが入る。その声で誰もがまた背筋を正し、正面を見据える。それは万折の隣に座っている干奈も同様だ。しかしとうの万折と言えば、相変わらず背凭れに背中をくっつけ座っている。
式が始まると、入学証明書を校長が読み上げそれを掲げ、その場にいる全員に確認させるように見せる。そしてまた演台の上に戻し自分の席に戻った。
「続いて、理事長先生からの挨拶です。宜しくお願い致します」
女性の声に理事長が席を立つ。そして演台に向かい、そこに立ってあるマイクを自らの高さに調節する。満足すると目線を前に向け、そこから見える会場全体を見る。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
一般的な挨拶から、理事長の言葉が綴られる。
「ここに入学してきた皆さんは、自分が特殊な人だと言うことを自覚していると思います。そして自らのその特殊さを理解し、そして活用するためにこの学園に入学してきたことでしょう。この学園ではそんな皆さんのことをサポートし、成長させることが目的です。この学園のような学校はこの国では三ヵ所しかありません」
理事長の【この国】と言う言葉を合図に、ステージに映像が映し出された。
映し出された映像には日本地図があり、その地図三箇所に赤い点がある。理事長はその中の一点を指差した。
「この点はこの学園と同じような学校を示しています。そして今我々がいるのがここになります。そして他二箇所は大阪と宮城に存在します。その中でも特に施設が充実しており、尚且つ教育内容も上なのがこの学園です」
自慢げに語る理事長は、挨拶と言うよりも演説といったほうが正しいのではないかという内容を話し進める。
「皆さんは、高度な入学試験を通ってきた選ばれた人たちなのです。そしてこの学園は女性しか入学することが許されない場所です。それは何故か、理由はただ一つです!異性の目があると、その目を気にして本来の実力を出すことができないことが証明されているからです」
憂うような表情で辺りを見回す。話が盛り上がってくると、理事長の身振り手振りの激しさが増してきた。このせいで話は完全に演説と化した。
「一昔前までは、この学園も共学でした…。しかし女性は男性の、男性は女性の目を気にして本来の自分の実力を出せないと言うことが何年も何回も続いたのです。そして我々学園は女性の生徒のみを受け入れることとなったのです。なお、本校は女生徒限定ですが、大阪では逆に男子生徒限定校となっています。なので皆さんは他人の目を気にすることなく、学園生活を謳歌してくださいね」
先ほどまで熱気を言葉に込めていた理事長だったが、段々と落ち着きを取り戻していく。そして演説のような話はゆっくりとした挨拶口調に代わっていった。
教師側と来賓側に座っている者たちは、双方ともにうんうんと頷きながら理事長の話を聞いている。話している内容は学園の自慢とどうでもいい歴史なのだが、彼らには何か響いたのかもしれない。
「この学園では様々なことが学べます。各個人にあったカリキュラムが与えられるので、皆さん、これからの学園生活を充実させ楽しんでください。それでは私からは以上です」
長々しい理事長の挨拶はそこで終了した。これで次の工程に進む。恐らく生徒も保護者もそう思ったことだろう。
「続いては校長先生からの挨拶です」
しかし、この学園は挨拶をさせるのが好きらしい。理事長の挨拶だけでは事足りず、校長まで出してきた。
理事長が席に着き、入れ替わるように校長が演台に向かう。生徒は先ほどの挨拶で大半が疲れ始めている。その中には万折も含まれており、彼女の場合は舟を漕ぎ始めている。
カクンカクンと首を揺らしていたが、暫くするとその動きが完全に止まった。これで意識は完全に違う世界へ旅立ってしまったのだろうということがわかる。
一人の生徒が意識を別世界へ飛ばしても、校長の挨拶が中断されることはない。校長は演台の前に立ち、軽く咳払いをした。
「えー、新入生の皆さん入学おめでとうございます。今日は天気もよく、絶好の入学式日和ですね。さて、大体のことは理事長先生がお話された通りです。この学園に入学することができた皆さんは、ある意味選ばれた者でしょう。しかしそこで止まってしまっては、ここに入った来た意味がありません。ご存知でしょうが、この学園は教会の管理のため学費と言うものが掛かりません。その為、実力がない者やこの学園に相応しくないとされた者は、こちらの一存で退学処分とさせて頂きます。厳しい判断だと思う方もいるかもしれません。けれども、我々はこの学園ができてからこのような対応を続けています。この対策は早々変わるものではありません。なので皆さんは、自分に負けずに三年間生き抜いて立派になってください。これで私からは以上です」
校長は先ほどの理事長とは違い、淡々と話した。そして理事長とは対照的に現実的な暗い内容を話した。
この話で高校入学で浮き足立っていた生徒は、急に現実的になりごくりと唾を飲んだ。
会場の雰囲気がガラッと変わったのをきっかけに、長い理事長の話で意識を飛ばしていた万折の瞼が開いた。ゆっくりと項垂れていた顔を持ち上げ、大きな欠伸をしながら辺りを見回す。そして話が終わったと理解したのだろう、満足げにまた背凭れに背中をつける。
ただ椅子で意識を飛ばしたために、首を痛めたらしく首をぐるぐると回し、そして首を押さえ右に傾け痛みを和らげようとする。
首を押さえながら、校長が席に着くのを見届ける。
「ありがとうございました。続いて来賓挨拶と祝電披露です」
一通りの挨拶が終わったと思った万折は、まだまだ続く挨拶の連続にわかり易く大きな溜息を吐いた。それは万折だけではなく、隣に背筋を正して座っていた干奈も同じ溜息を吐いていた。
二人はお互いの顔を見合わせ、暫く見つめ合うが何も言わずにまた前を向いた。
簡単に数えただけで二〇人ほどいる来賓挨拶に、誰もが白目を向きかける。そんなことを知らないとでもいうように、来賓たちは同じような薄っぺらい内容を自信満々に語る。
最後の一人の来賓が挨拶を終えると、会場がほっと一息を吐いたのは誰もが感じていた。その中でも生徒達は特に強くほっとしていた。
「それでは祝電です。まずは、【五翼】の皆様からです」
その言葉で会場の温度がぐっと上がった。静かだった会場は一気にざわつき、まるで有名な芸能が来たのではないかと錯覚するほどの会場の混乱ぐらいだ。
「え、本当にあの【五翼】の方たちからお言葉が来てるわけ!?」
それは干奈も例外ではなかった。
万折を起こしたときの冷たい目つきではなく、好奇心旺盛の小学生のような、乙女のようなきらきらした瞳をしている。
「ちょっと、本当にすごくない!?」
きらきらした瞳を真っ直ぐに隣にいる万折に向ける。しかしその瞳を向けられた当人は誰から見てもわかるほどにゲッソリとしていた。
「え、ちょっと、何でそんなにゲッソリしてんのよ。何、気分でも悪いわけ?」
自分の気持ちを理解されなかったと言う思いがあるのだろうか。また初めて会った時のような冷たい瞳を向けられる。しかし、その中にも気分の悪そうにしている万折を心配しているような瞳もしている。
「……いや、なんて言うか、これまだ続くのかよ。首痛ぇし、疲れたし、だるいし、もういいだろ…。あー、帰りたい」
ブツブツと隣の干奈に聞こえる程度の音量で話す。その言葉の音量とは対照的に、溜息は回りに聞こえるほど大きく吐いた。
「ちょっと、あんた感動とかないわけ?【五翼】の方々からの有難いお言葉なのよ!」
「そんなことはマジどうでもいい……。私はもう座ってることが疲れた、話を聞くことも疲れた。眠いだるい帰りたい」
また大きな溜息を吐く。目を伏せ、全身で疲労感を醸し出している。
「……あんたさっきまで寝てたじゃないの」
先ほどまで干奈の隣で舟をこいで、最終的には意識を飛ばしていたことを指摘する。それを指摘されると、万折は少しむっとした表情をした。
「寝てねぇ。くだらねぇ長い話を聞いてるのは時間の無駄だから、別世界に行ってただけだ」
「いや、それを寝てるって言うんじゃないの」
本当に会って数時間しか経っていないのか?と思うほどに二人の掛け合いはリズムがいい。それを知ってか知らずかはわからないが、漫才コンビのようなリズミカルな会話は続く。
「口は悪いし、態度も悪い。あんたよく入学できたわね」
呆れたように干奈は肩を竦め、首を横に振る。
「別にアタシが優秀な成績を修めたわけでもないけど、あんたより上であると思いたいわね。こんな不真面目な人が主席とかだったら泣けてくるわ」
「安心しろ、私は主席なんかじゃねぇから。実技しかちゃんとやってねぇし、筆記なんて文系嫌いすぎて半分しかやってねぇ!」
「それ、別にどや顔で言うことじゃないから」
干奈の肩にポンッと手を置き、自信げな顔をする。それに眉を寄せ、更に呆れた顔をされる。そんなことを言われても、万折の自信満々の顔は変わらなかった。
「―――以上、来賓祝辞でした。なお、頂きました祝辞はパンフレットに記載されています」
「えぇ!?嘘…、五翼の方々からのお言葉聞けなかった………」
文字通りがっくりと首を落とす干奈は、顔に悲しみと言う感情が映し出されている。そんなショックを受けている干奈の隣の万折は、笑いを堪えるのに必死で肩を震わせている。
「くくっ、笑える…!」
「あんたのせいで聞きそびれちゃったじゃないの…!」
まだまだ式は続いているので二人とも、一応声を今まで以上に潜める。
特別大きな声で話していたわけではないが、だからと言って静かにしていたわけでもないことは、会話からして明白だ。
それでも会話を止めない辺りは、二人の仲がこの短時間で急速に深まっていることを意味しているのだろう。
「でもまぁ、パンフレットに書いてあるらしいから、それで読めばいいんじゃね?」
未だにショックですと顔に出している干奈に、フォローともいえないフォローをする。しかしきつい瞳が更に釣り上がった干奈の様子からして、そのフォローは失敗に終わったと思われる。
「それもこれも全部あんたが原因じゃないの!」
万折に向かって指を差し、問い詰める。だが当の万折は何も感じていないようで、あっけらかんとしている。
その様子が干奈の怒りのボルテージを更に上げてしまう。瞳だけででなく、眉も更に釣り上げって怒りよりも激怒という文字が似合う顔になった。
干奈が文句を口にしようとするが、それよりも前に万折が自身の顔の前に人差し指を当て、しーっと合図する。そして司会をしている女性を指差した。
「急になんなのよ……」
軽く文句を言っても、万折はただ人差し指で静かにしろと合図するだけ。仕方なしに干奈は従うが、その顔は不服そのものである。
「続きまして、新入生代表の挨拶。一年C組坂齋可奈子さん」
「――はい」
女性にクラスと名前を呼ばれると、干奈の左隣、そして万折の二つ左隣の少女が鈴のような美しく可憐な声で返事をする。
二人は声のしたほうに顔を向ける。そこに立っている少女は、本当に同じ人類なのかと疑いたくなるような顔の整いと、艶やかに伸びている美しい髪を持っていた。