1.……始まって初まった
季節はまだ肌寒い春。暖かい日差しと、少し寒い風。外を歩いている人々は、上着を脱いで腕に持っている者、コートを羽織っている者とさまざまだ。
四月にもなると桜は散り始める。満開だったのは数週間前の話。
散った桜の花びらが、コンクリートの道を桜色に染め上げる。暗い色の道が色鮮やかになるだけで、人々の気分は向上し、話し声も心なしか高く聞こえる。
この時期になると、どこの学校も入学式が開催される。
個性のある色や形のランドセルを背負い、これから始まる学校生活に緊張と期待を胸に抱くきらきらした瞳の小学生。
真新しい制服に身を包み、今までとは違う環境に不安と喜びを抱いている中学生。
自分の好きなように制服を着こなし、アレンジした髪型・少し気合を入れた化粧を施し嬉しさを抑えきれないでいる高校生。
誰もが新しい環境に今日から身を置く事に心躍らせている。それなのにその晴れやかな雰囲気を台無しにしそうなほど、暗い雰囲気を醸し出している少女がいた。
胸の辺りまで伸びている少女の茶色の髪は、肩から下は金色と見間違うほどに色が抜けている。その髪からちらりと覗く耳には何個ものピアスが空けられており、眠たそうにしているためにわかりにくいが、少女の瞳は少し吊っていて目つきがきつく見えなくもない。
制服の上に羽織っているグレーのパーカーのポケットに手を突っ込み、少しゴツイと言われるであろうブーツを履いて足を引きずりながら歩いている。
その少女は気だるいそうなだけでなく、眠そうな目に猫背、ゆっくりな足取りと典型的にやる気のない雰囲気で歩いている。時たま身体中の二酸化炭素を全て吐き出しているんじゃないかと思うほどの溜息を吐き、重そうに足を進めている。
そんな彼女の後ろからまた違う少女が走ってくる。
その少女は気だるげな彼女と同じ制服に身を包んでいることから、同じ学校の生徒であると思われる。肩で綺麗に切り揃えられている黒髪に白のカチューシャをつけている少女は、ニヤニヤと悪い顔をしながら近づいている。
「ま~お~り~ん!おっはよ~☆」
少女は目の前の気だるげな彼女の背中に飛びついた。少女は何かしらのリアクションを期待したのだろうが、飛びついた彼女からは何の反応も返ってこなかった。
「あれ、まお~?まおりちゃ~ん。鈴原万折ちゃ~~ん?」
何度名を呼んでも相手からは何も反応はない。少女は後ろから肩をこれでもかと言うほど揺らし、相手の反応を待つ。
暫く肩を揺らしていると、女の声とは思えない声の低さで「おい」と言われた。少女は待ちに待った相手からの反応に、揺らしていた肩を止めた。
見るからにワクワクした顔の少女の方向に万折は顔を向ける。その万折の表情はとてつもなく不機嫌なものをしていた。それは声の低さからして、怒りともいえる感情であることはまず間違いないだろう。
「……おい、奏。痛ってぇんだよ」
不機嫌な表情、そして低い声で万折は奏を睨みつける。それでも奏は笑顔を崩すことはなかった。
「だってぇ~、後姿からだるだる~って感じがしたから、元気出してあげようと思って~☆」
てへっ☆と舌を出す。その表情はまるで自分は別に悪くない。こんなことをさせた万折が悪い、とでも言いたいようなものだ。その顔に万折はわかり易くイラつく。
「あー、うっぜぇ。ただでさえ気分もテンションも下がってるっているのに、朝からめんどくせぇ奴に絡まれるとか最悪でしかねぇわ」
万折は奏に向かってちっと大きな舌打ちをした。元々眉間に皺がよって不機嫌な顔であったが、このせいで万折の顔は更に不機嫌さが増す。
「まぁまぁ、それよりも早く行こうよ~。今日は待ちに待った入学式だよ☆クラスは一緒かな~?一緒だと嬉しいな~」
「絶対嫌だ。家も近くて学校も同じで、更にクラスも同じとか絶対拒否する抗議する。学校でもお前みたいな騒がしいのと一緒とか頭痛くなるわ」
頭を抱える素振りをしながら、万折はゆっくりと重たい足を動かす。その後に奏も続く。
桜並木を歩いていると、ハラハラと桜の花びらが降ってくる。二人の周りには同じように入学式に向かう小学生や中学生、高校生。そしてそれらの保護者が同じような方向に歩いている。
二人が向かっているのは地元の駅だが、小学生や中学生は駅周辺に立っている学校に向かっている者が多いだろう。高校生は地元の高校に進学する場所が存在しないので、二人と同じように駅に向かっている。
奏が万折に向かって話しかけ、そんな奏を万折がぞんざいに扱う。周りから見るとコミュニケーションが取れているのか不安になるような二人だが、これが長年の付き合いの賜物だと思えば微笑ましいものだろう。
春風に揺れる二人のスカート。まだ新品で汚れも皺もない真新しいもの。高校生活を過ごしていくうちに自分自身の歴史を詰め込んでいくのだろう。
二人の進む道には桜の花びらだけでなく、春の色取り取りの花々が咲き誇っている。花達も新しい道に進む少女達を見守っているかの如く、咲く誇っている。