彼女の記憶
「オリヴィエ。大丈夫だ、お前は何も心配しなくていい。お前は両親を失ったが、何も心配せずに今まで通りの生活を送りなさい。私は公務でお前の側にいられはしないが、私の心はいつもオリヴィエ。お前と共にある」
ノア様は私の父のお兄様だった。
他のご兄弟の方とはあまり仲が良くなかったと聞いている。恐らく、そんな父が目障りだったのだろう。
私の両親は私が幼い頃にそんな者達に殺された。
ノア様は残された私を守ってくれた。
まるで自分の娘の様に慈しんでくれた。
私はそんなノア様を、とても尊敬し敬愛していた。
王妃が病で亡くなられ、その哀しみを表には出せず苦悩の日々を送っていた事も私には分かっていた。
でも、子供の私にはあの方を慰める術などなかった。
ただ遠くから寄り添い少しでもあの方の邪魔にならぬ様、立派な淑女となり。あの方の恥にならぬ様、生きてきた。
あの方は私にとって神に等しい存在だった。
私がマッティアと結婚して、ノア様は私の幸せを喜んで下さった。心から・・・喜んで下さっていた、筈だった。
「あの小さかったお前が・・・・時の流れとは早いものだな」
その日、私はノア様と大樹の木の近くまで散歩した。
子供の頃時間を見つけては、こうやって私の事を連れ出してくれたのだ。私はその時間が堪らなく好きだった。
「そうですわね。本当に私の様な者を気にかけていただきありがとうございます。今日もこんな所まで連れて来ていただいて」
昔よく、私は大樹を近くで見てみたいとノア様にお願いした。あの、美しい木をもっと近くで見てみたいと・・・その日ノア様は最後の願いを叶えてくれた。
私の、最後の我儘を・・・・・・・。
「オリヴィエ。お前は私の大切な家族だ。お前の幸せをいつまでも願っている」
「・・・・・陛下?」
ノア様が、私の手に触れ、その手の甲にキスをする。
そしてその赤い瞳で私を見た。
私は余りの出来事に混乱した。
これは、一体なんなんだろう?
「すまない。この事は、忘れて構わない」
その時、空からポツリポツリと水滴が落ちて来た。
私達は、思わず空を見上げた。
「・・・・雨?」
そして、その水滴は私達の顔を伝い、そのまま口の中に吸い込まれた。そこからの記憶は正直曖昧で、ただ次に目を覚ました時、私の隣にはノア様がいた。
「オリヴィエ。やっと目を覚ましたね?ちゃんと覚えているか?」
「・・・ノ・・ア様?」
こんな事、有り得ない。
何故私は一糸纏わぬ姿でこの方と抱き合っているの?
「そう。やっと君に触れる事が出来た。私のオリヴィエ。許してくれ。今だけでいい。今だけでいいから」
ワタシハ・・・イママデズットズットガマンシテキタ。
「・・・・・はい。ノア様」
清く正しく。ノア様が恥をかかぬ様精一杯虚勢を張って生きてきた。全ては私を救ってくれた、この方の為。
こんな事許されない。でも、抵抗なんて出来ない。
だって、この人は私の神だから。
神のなさる事は絶対なのだから。
それから暫くして、私が産んだ子供は赤毛で赤い瞳の可愛い男の子。誰も気付かない中で私だけは分かった。
この子は私に与えられた私だけのノア様だと。
ノア様と一緒にいられなくても構わない。
私は誰にも知られずこの子と共にひっそりと生きていく。
この子さえいてくれればそれでいい。
「すまないオリヴィエ。私もお前も大樹に操られていたのだ。その身を破滅させる為に・・・あの子は、ギャドは。私の実の息子なのだろう?」
貴方があんな事を私に言わなければ、私はまだ頑張れた。
貴方さえ黙っていてくれたなら。
「すまないオリヴィエ。あの子は生かしてはおけない。お前の幸せの為にも・・・あの子を私に引き渡して欲しい」
ノア様。
貴方は私の神でした。絶対的な。でも、もう違う。
あの子が生まれた瞬間から私の全てはあの子の物なのです。そしてあの子の全ても私の物なの。
どうしてかしら?
私はずっとノア様を愛していると勘違いしていた。
でも違う。それは、間違いだった。
「オリヴィエ?」
「ノア様。例え貴方でも、私からあの子を奪う事は叶いませんわ。貴方は、あの子に会った事がないでしょう?」
ギャドは、あの子は生まれるべくして生まれた。
あの子が成長するにつれ、私はあの子が神の子なのだと思い知らされる。あの美しい者は決して誰にも触れさせはしない。私以外には!!
「あの子は完璧なのです。本来ならあの子がこの国を治めるに相応しい。でも、そんな事はさせませんわ。あの子はずっとずっと私と共に私の側に。誰にも渡しはしない!!」
例えノア様、貴方であろうと私からあの子を奪うというのなら私は手段を選ばない。
後悔しても、もう遅い。
貴方は私にあの子をくれたのでしょう?
「まさか・・・・お前は・・・まだ・・・」
私の愛しいギャド。
私は貴方がいればそれでいい。
貴方が私を愛してくれる、それだけで私はこんなに満たされるのだから。




