0-4話 旅立ちの準備
---ローレンス王国王宮 アウスレーゼ王子の私室---
玉座の間を後にした王子は自室で明日に備えて荷物を纏めていた。
傍らには食事の後と思われる食器が置かれていた。
準備を始めてしばらくしたら食事が運ばれて来たのだ。
いつもなら食堂で料理長が腕を振るった料理を両親や家臣と賑やかに食べていたが、今日は部屋で独りで済ませた。
それは言い様のない虚しさに襲われ、どこか味気ないものに感じられた。
ふと手を止めて窓に目をやる。
城下町が満月の月明かりの下で賑わっていた。
(父上は何故急に今回の事をお決めになったのだろう?)
もちろんどれだけ考えても理由はわからないのはわかっていた、けれど考えずにはいられなかった。
王子が答えの見つからない謎に頭を悩ませていた時、誰かが扉をノックした。
「失礼します。殿下、客人がお見えです。」
(客人?誰かを招いた覚えなどないが・・・。)
突然の来訪者に訝しがりながらも、今日の出来事に理解が追い付かなかった王子はほんの少しでも解決の糸口になるかと思い部屋に入れることにした。
「ご苦労、入れて良いぞ。」
「は!では失礼します。」
衛兵はそう言うと扉を開ける、その向こうには男が立っていた。
年は自分より少し上くらいだろうか?
赤みがかった短い髪に深い茶色の瞳は異国の産まれだと思われる。
身長も自分より少し高いその男は、およそ王宮には不釣り合いな格好をしていた。
衛兵もその男の格好が気に食わないのか、怪訝そうな顔をしている。
「あんたがアウスレーゼ王子かい?」
男が口を開く。
「貴様!殿下に向かって無礼だぞ!」
男の粗暴な口調に衛兵がたまらず荒い声をあげる。
「いいんだ。」
「しかし殿下!」
「彼は客人なのだから、どのような口調でも構わない。」
王子が衛兵を諭すと衛兵は不機嫌そうに男を睨み付けながら口を閉ざす。
「続けてくれ。」
「一言口を聞いただけでああも怒鳴られるとは、ずいぶん慕われてるんだな。」
「お褒めの言葉として受け取っておく。ところで君は何者かな?」
「おっと失礼名乗るのが遅れたな、俺はジーク・シュタッツヴァルト。周りからはジークって呼ばれてる。」
「私はローレンス・フォン・アウスレーゼだ、宜しく。」
王子が右手を差し出すと、ジークと名乗った男も笑顔で握手に応じた。
「それで?私は君を招いた覚えはないが、ここへは何の為に?」
「お前の親父さんに言われてね。」
「父上が?」
「ああ、明日からお前さんの旅のお伴をする事になったんで一緒に旅をする相手がどんな奴か様子を見に来たのさ。」
そういえば父は付きの者を1人同行させると言っていたが、それがこの男か。
確かにジークは城下町に住まう人々とは違う冒険者じみた格好をしていた。
「なるほど、あなたが私の旅に同行してくれる方か。その格好からするに冒険にはなれているのかな?」
「ま、それなりにな。あんたみたいな井の中の蛙が知らない世界もたくさん見てきたぜ。」
「貴様またも殿下に無礼な口を!」
衛兵がまた声を荒げる、その右手は懐の剣に添えられていた。
さすがにそれはまずいだろう・・・そう思った矢先、目の前にいたはずのジークが目にも止まらぬ早さで衛兵を取り押さえていた。
「いたた、貴様何をする!離さんか!」
「おいおい、勘弁してくれ。出発前から騒ぎを起こすつもりは無いぞ?」
「ち、ちょっと待って、彼を離してくれ!」
目の前の事態に困惑しながらもこの場を収めなければと思い王子がジークに言う。
「まぁいいけど・・・。」
ジークはそう言うと衛兵の手を離す。
衛兵は片腕をさすりながらジークを睨み付ける。
「き、貴様ぁ!殿下の御前でよくもやってくれたな!」
衛兵はジークに対して敵意を剥き出しにしている。
王子は目の前の光景に思わずため息を漏らす。
「なぁ・・・ちょっと彼と二人にしてくれないか?」
「な!!」
衛兵は王子の予想だにしない言葉に驚きの声をあげる。
「で・・・殿下!?」
「彼は客人だろ?だから彼と二人で話をしたいんだ。」
「それに・・・君がいては話が進まない。」
「し、しかし私は・・・」
「お願いだ。」
王子がそう言うと衛兵は納得がいかないといった顔をしながら部屋を出ていった。
「部下の非礼を詫びる、すまなかった。」
「いいさ気にするな、あんたがやった事ではないしな。」
「ありがとう。」
「話を元に戻そうか、明日からあんたは俺と一緒にここを離れる訳だが・・・荷物は纏めてあるのか?」
「必要だと思われる物は用意したが・・・。」
「どれ、見せてみろ。」
ジークはそう言うと王子が纏めた荷物をチェックする。
「服と食料、それに小物類か・・・、服はもっと少ない方がいいぞ着ない服なんてのは余計な荷物になるだけだ。他はこんなもので大丈夫だろ。」
「そうか・・・荷物はなるべく少ない方がいいのか。」
「必要な物以外はな。それと服装は出来るだけ地味な方がいい、派手な服は汚れたりした場合洗うのが面倒だからな。」
「わかった。では服は数を減らしてもっと嵩張らない物にしよう。あ、そういえば、父上が言っていたように剣は持っていた方がいいのか?」
王子はジークに指摘された物を取り出しながら尋ねる。
「剣は持っていくべきだな、旅先でモンスターに襲われる場合もあるし、その他にも何かと役に立つ。」
「わかった、ではこの荷物と剣・・・その他に何か持っておくべき物は?」
「これぐらいで大丈夫だろ、必要な物があればその時手に入れればいい。旅ってのはそうゆうもんだ。」
「そうか・・・わかった。」
そういった王子の口元は僅かに笑っているようにも見えた。
「・・・なんだ?旅に出るのが楽しみなのか?」
「ああ・・・、実はそうなんだ。私は今までほとんどをこの王宮で過ごしてきた。王宮の外に出るときも父上のお伴としてだったり、誰か付きの者がいたりして自由に動くことは出来なかったんだ。」
「そうなのか、王族ってのもなかなか大変なんだな。」
「だから今回の旅では今まで見たことも、聞いたことの無いものに出会えるのではないかと期待しているんだ。」
そう言った王子の表情は期待に膨らみ、嬉しそうだった。
「ふっ・・・期待するのはいいが、旅ってのは良いことばかりでは無いぞ、時には辛いこともある。」
「わかっているさ。」
「その表情だと本当にわかっているとは思えんが・・・まぁいいさ。」
まるで王子が能天気だと言わんばかりにジークは軽くため息をつく。
「旅立ちは明日の昼だったな。」
「そうだったな。」
「じゃ、俺はその時に王宮の入り口で待ってるぞ。」
ジークはそう言って王子に背を向け、扉に手をかける。
「もう行くのか?」
「ああ、俺はそろそろ寝る。あんたも明日に備えて今日は早めに寝た方がいいぞ。」
「わかった。」
「じゃあな、また明日に。」
「わかった、良い夜を。おやすみ。」
「お前さんもな、おやすみ。」
ジークはそう言うと部屋を後にした。
「明日か・・・。」
王子は窓に目を向ける。
窓の外では夜空に満点の星空が輝いていた。
星空に明日からの旅への思いを馳せながら眠りについた。